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第57話 大切な人のいない世界

死体と人形で埋め尽くされた狂った空間の主が私で、そして――


ああ、だめだ。目が霞んできた。




「……続きは休んでからにしましょう。長い話になります」


キエルの声がまだなんとか聞こえる。


「ミラディスくんとソフェルちゃんもよく見たら怪我してますし」



いくつかの扉を開ける音がする。


「ヒッ、ベッドに……これ全部……」

「別の空いてる部屋ないの!?」

「……ありました。こっちに」



そんな会話が聞こえて、少しだけ歩く程度の距離を進んだ気がする。

そこで身体を横たえられ、視界は闇に沈んでいく。


背中から僅かに身体が沈む感覚、消毒液の臭い、からからと近付いてくるカートの音。

いやに明るい部屋の中、取り囲むようにカーテンが閉められてほんの少し暗くなる。



ああ、これも知っている。

大嫌いだったからすぐ思い出せる。




思い出せる。

思い出せる。













「――ミウ」


声が、聞こえる。



どこまでも青い空、靴の裏から伝わってくる土の感触。

差し伸べられた傷だらけのごつごつした手。

そのまま肩に担がれて、――に帰って。

その横で――が笑ってて。


「おかえり」


駆け寄ってきた――は私と同じ目線の高さまで屈んで、頭を撫でられて。

ぼろぼろだったけど、でも世界で一番ふわふわしたタオルに包まれて。

奥から――のコーヒーの香りが漂ってきて。


ああ、それで――が言ったんだった。



「今日も君が世界を救ったんだよ、ミウ」






そうだ。

私は世界を救う――だったんだ。



世界で一番強くて、可愛くて、正しかったんだ。





ああでも、どこで間違えたんだろう。



みんないなくなって、全部全部間違ってて、私以外が全部正しくて、あの世界に私は――



























「ミウ!」



はっと目を開けると、焦げ茶色の瞳が私を見下ろしていた。


「起こしてごめん、ミウ。うなされてたから」


「……バノン」


私が寝かせられたベッドは薄緑色のカーテンに囲まれていて、ベッドわきでバノンが手を握っていてくれている。外から他の三人の話し声がうっすら聞こえる。


そうだ、私はラウフデルの地下にいるんだ。Dreaming world にいるんだ。

でも、でも、でも。




「バノン、私、私ね」

「うん」

「思い出せないことがあるの」

「……うん」

「死のうと思う前のこと」

「……うん」

「ろくでもないことばっかりの人生だったけれど、その中のほんのわずかな時間だったけど、その時だけは本当に楽しくて、嬉しくて、誇らしくて、幸せだったはずなの」

「……」

「でも、そこにいたはずの人が、今は顔も名前も思い出せない」

「ミウ」

「大好きだったの。大好きだったはずなのに、そんなことも忘れてたの。それに、それに私は……全部間違ってて、全部なくなって、全部私が悪くて、全部全部持ってない自分に耐えられなくなって」

「ミウ!」

「死のうと思ったの」

「もういい!」




身体が重い。

バノンが私に覆い被さっている。


私にしか聞こえないくらい小さい声が耳元で震えてる。



「思い出さなくていい」


私の呼吸も、つられて乱れていく。うるさいほどの鼓動が、私のかバノンのかわからない。

落ち着きを取り戻そうと必死で指を絡め合わせているのに、なんだかひどく冷たい。

吐息と間違うくらいの微かな声が届く。


「ミウの一番大切な人は誰なの」




「……バノン、」




ふっと身体を離されて、よすがをなくした手がシーツの上を泳ぐ。

傍らの椅子に座ったまま顔を背けた彼女の声はいやに無機質に、私だけに突き刺さる。





「誰にも渡さない」





その言葉にどう返したらいいのかわからないまま、何もない白い天井を眺めていた。




バノンは何も言わない。

外の会話だけが意味のある音として、ニュース番組のように淡々と流れていく。





「ーーじゃあ、二人ともお父さんもお母さんもいないの?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

「ミラディスくんは海を渡って来たんですよね?」

「……うん。英雄マセリアに救われた村、それが僕の故郷アイルマセリア」

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