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第51話 メルティーハニーストロベリィ

私は百合を書く、止めないで

ハーフラビット新聞社が爆破された翌日。いつも通りの晴れ渡った空が私達を出迎えてくれる。



宿の中に食堂もあるけど、テラスの方がおすすめだとスタッフに言われたので、外の赤いパラソルの下の席で朝食を摂っている。朝早いこともあって、周りに人はまばらにしかいない。

パンケーキのうえにバターをたっぷり滑らせながら、昨夜の夢の内容をバノンに伝えた。



「ふーん、幽霊なんているのかな?」

「Dreaming world にそんなのいるわけないわ。いや、そういうのが好きな『神』もいるっちゃいるけど、出すなら出すで運営がエリア指定とか予告とかするんじゃない?」



神にとって不愉快になるような状況が自然に出来上がることはあっても、わざとそんな設定をつける意味なんかない。

そういう意味で言ったのだけど、自分でなんとなく引っ掛かりを覚えた。


小さく切り分けられたパンケーキの上に新鮮なフルーツとたっぷりのクリームを載せて口に運びながら、バノンは小首をかしげる。あーー、可愛いのいい加減にして欲しい!私が急に考え込んで手を止めたからなんだけど。




「そもそも私が呼んだら出てくるものなのかしら?」



いや、ないでしょ。死ぬのにワクワクドキドキハラハラとか普通にいらないでしょ。

そう自分で突っ込みながらも、ふと気付く。

そういうのをマセリアとかが求めてたら街全体がホラーナイトになる可能性も捨てきれないんだったわ。ない設定は所有物(ポゼッション)遺物(レリック)でなんとでもなるんだし。



まさか。

口いっぱいにシロップの風味が広がるけど、頭の中では考えが膨れ上がる。




「ホラーのテーマパークを作ろうとしている、とか……」

「テーマパーク」

「うさんくさい教会、不気味な歌声、存在していたはずの騎士団……夜な夜な響き渡る誰かの悲鳴……」

「あはは、キエルに怒られそうだね」

「他の国や地域から海や湿地を挟んで離れて存在しているし、閉鎖的な空間としては持ってこいの場所よね、ここって。生前にそういうのに興味があったとか……ちょうどいい土地を見つけたからせっかくだから開発してやろう、的な……」

「そうなのかなあ」



ない可能性から潰そうと思ってボンクラな予想から最初に口にしてみたけど、割としっくり来てしまうことに気付いて我ながら驚いた。



バノンはきょとんとしてる。せっかくなので前髪が目にかかるくらい俯いて、できる限り低い声で囁いてみる。



「きっとそのうちパンケーキを数える女とか首がない騎士とかも出てくるのよ……」

「幽霊がパンケーキを数えるの?」

「そうよ、そして足りないと怒り狂って周りの人を襲って頭から食い散らかすのよ……ゴリッゴリとね……。そして後には骨と血痕しか残らないのよ……」

「凶暴なんだね、幽霊って」




ちょっとは怖い気分になってくれたかしら。


「怖がらなくても良いわよ、ずっとこうしていたら良いんだから」


正面からバノンの手を包み込むようにぎゅっと握る。

いつも体温が高くて気持ち良い。



でも最近なら、こんな風に手を握ったらもう片方の手を上から添えて握り返してくれるのに、今日は何の反応もないし一言も発さない。

不思議に思って顔を覗き込んでみる。




「バノ……」

「知ってる?ミウ」

「何を?」

「……こういう話してたら、憑かれるんだよ……」

「えっ」

「一枚、二枚、三枚……」

「えっえっ」

「一枚、足りない」

「バノン?ちょっと何言ってるの?」

「ああ、ここに美味しソうなモノがあルなあ……」

「え?ちょっとバノン?どうしたの?さっきから変よ?」



瞳に暗い色を湛え、壊れたようなイントネーションで喋りながら身を乗り出して、顔を近づけてくる。



「まって、何がどうなって……」




出まかせの話だったのに。本当にとり憑かれちゃったの!?どうしよう、私のバノンが!







思わず目を瞑る。





口のすぐ横にざらりとした感触が触れる。





びっくりして目を開けると、鼻が当たるくらい近くにバノンの顔がある。

彼女は小さく出してた舌を引っ込めると、いつもの笑顔に戻る。




「ふふ、甘い」

「んっ!?」



今、舐め……えっ!?


「ついてたよ」

「あ、シロップね!うん、そういうことなのね!あーびっくりした……」




なんだか動悸がひどい。すごく暑くなってきた気がする。

それなのに何事もなかったかのようにバノンはこっちをじっと見ながら話しかけてくる。




「ミウは可愛いね」

「!?!?!?」



そんなこと言われたことあったっけ。あったようななかったような……。

悪戯っぽく、というか、いくらか挑発的な目をしてるような気がする。



「ほんとに俺がおかしくなっちゃったって思った?」

「いえ、その、そんな」

「食べられちゃうって思った?」

「まさかそんなこと!バノンが私を!?そんなの有り得ないわ、ただちょっと突然だったからびっくりしただけなんだってば、そうよそうなのよ」



あいつと入れ替わった様子はない。瞳の色は全然変わらない。

なのに、なんだかほんとに以前までと全然違う。なんていうか、なんて言ったらいいの!?




「ミウってさ」

「は、はい」



思わず敬語で返事をしてしまった。こんなこと今までなかったのに!なんてことなの、私まで変よ!



「俺のこといつも可愛いとか綺麗とかって言ってくれるくせにさ」

「え、ええ」

「自分が可愛い自覚は無いんだよね」

「は、はあ」

「言われ慣れてないんだね」

「えっと、その」

「可愛い」



もうやだ頭が、頭が動かなくなってきた!

つまり何がどうなってこんな状況になってるの!?

いつも通りいちゃいちゃしてただけなのになんでいつもみたいな「そうなんだー」「ありがとー」くらいのゆるい返事が返ってこないの!?

いや最近は「俺も好きだよ」くらいは言われてた!言われてたけども!





「ミウ」

「な、なにかしら!?」


バノンの笑みが一瞬消えたような気がしたけど、気のせいだったのかもしれない。すぐに笑顔が戻ってくる。だけど全然瞬きせずに見つめられていることは変わらなくて、思わず目を逸らしてしまう。




「こういうこと言われるの嫌?」

「いいい嫌なわけない、嫌なわけないわよ!」

「嫌いになってない?」

「なるわけないわよ、ちょっとバノンどうしたのほんとに」

「ミウ、覚えておいてね」

「な、何を」










「俺、君ほどは優しい女の子じゃないからね」










その言葉の意味を問い質すことができないくらいに、0と1だけになっているはずの心臓がばくばくうるさかった。

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