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第50話 マスターキー、それは

「ちょっとどういうことなんですかマレグリットさん!フロアくんの会社をばくはつさせるなんてひどい!」

「落ち着いてくださいキエルさん。私達は何も関与していませんよ、事故の可能性が高いです」

「しらばっくれないでください!フロアくんの友達を殺したくせに!」

「あれも悲しい事故ですよ、立入禁止区域に一般の方が迷い込んでセキュリティが働いたというだけの話です」

「よくもそんなこと言えますね!この前だってバノンくんが倒れてたらしいじゃないですか!それにその後、ミウちゃんが死にそうだったのに!」




ミウとフロアが夢で会話していた頃。つまりハーフラビット新聞社爆破事件の当日、夜。

アレイルスェン教会にて、キエルは教祖マレグリットの部屋を訪問するなり詰め寄っていた。



白くシンプルだが美しく計算された彫り模様がつけられた重厚感のある椅子。そこから一歩も動かずに普段通りにふんわりとほほ笑んでいるマレグリット。その前には遮るものなど何もなく、手を伸ばせば届く距離にキエルは立っていた。



「ミウちゃんに、バノンくんに、フロアくんに手を出しましたね!わたしもう、あなたたちに協力する理由なんかありません!もう二度と歌いませんから!」



だが、そこまで言ったところで背後に誰かが現れる。

直接触れているわけではないが、それが凍り付くほどの殺気であり、一瞬で自分の命を奪うことが可能な人物がいると確信する。

自分より高い背から、それがダルネであることをキエルは振り返らずとも理解する。

ゴミのように打ち棄てられた記者の遺体が脳裏をよぎり、身震いする。



だけど。

キエルはマレグリットから視線を逸らさず話し続けた。


「……わたしが死んだら困るくせに。わたしが歌わなかったら成り立たないくらいぐちゃぐちゃになってるくせに!今だってすぐに殺せるはずなのに殺してないのは、そういうことなんでしょ!」




キエルは知っている。バルコニーから毎日見下ろせる狭い景色が、一日一日少しずつ狂っていることに気付いている。

最初は気のせいだと思っていた。でもゼクスレーゼの死から、その傾向に拍車がかかっていることも目に見えてわかってしまっている。

ミウやフロアの目にどう映っているのかはわからないが、キエルにはラウフデルの日常の異常さが、その本当の姿が見えている。



「ミウちゃんに、いえ。街中のみんなに、全部全部言っちゃいますから!あなたが使っている『それ』は、恵みでも救いでも何でもないってこと、はっきりわかりました!」



そしてそれは彼女にとって、目の前と背後の人物にいる人物を拒絶するのには十分すぎる材料になっていた。




「いいえキエルさん。私達は仲間としてあなたの身の安全を保障したいのです。ラウフデルは平和な街ですが、時折こういった不幸な事故が起こるのです。残念ながらまだ完全な平和とは言えないのです。あなたも世界を守るためにここまで来てくださったんでしょう?同じ理想を持つ仲間が不幸な事故で失われないように守るのは当然の務めです」

「なにが仲間ですか!友達を傷つけるような人と仲間になったつもりはありません!」

「キエルさん、あなたには使命があるのでしょう?私達は全面的に協力しますよ。あなたの歌がすべてを救う鍵なのですから」

「あなたたちの協力なんかいりません!自分でがんばります!もう帰してください!」


「……ダルネくん」

「はーい、マリー」



殺される。そう思い目を瞑る。

しかし、首に当たったのは刃ではなく、皮膚の感触で。

急に体が浮いたことで首根っこを掴まれていることに気付いた頃には、抵抗する暇もなく部屋の外に摘まみ出された。



「そんじゃーね、頭冷やしたら?キエっちゃん」



内側から扉を閉めるダルネが言った不可解な文字列が、彼からの自分の呼び名だと理解するころには扉は静まり返り、叩いても叫んでも何も起こらなかった。辺りは静寂に包まれ、人ひとり通る気配はなかった。




「人形のくせに、人のふりしてるんじゃないですよ……!」



扉に向かって吐き棄てた言葉は闇の中に消えて行った。










一方その頃。







「ミラディス、怪我はないか?病気にはなっていないか?お腹は空いていないか?」

「べつに……」

「顔色が悪くなってないか?歌姫だけなら大人しいから君だけでお世話できるだろうけど、あの暴れん坊までは荷が重いだろう、ストレスは溜まっていないか?私が山に捨ててきてあげようか?」

「いや犬じゃないし!別にいいよそんなの、ていうか何なの、そんなこと言うために呼び出したの?」



ミラディスは祖父である神、マセリアの部屋に呼び出されていた。つまり護衛のいない隙を狙ってキエルはマレグリットの部屋に突撃していたことになる。

大した用もないのにキエルからもソフェルからもマークを外してまで二人きりにされていることがどうも不可解だった。



はっきり言って彼からすればキエルもソフェルと同じくらい何をしでかすかわからないし、そのソフェルのことは彼自身も内心、狂犬扱いしていた。

つまり彼女達がストレスの源なのは図星だったが、そんなことを言えばこの神はあっさり二人を殺しかねない。根拠はないが、そんな気がしていた。



なぜなら、彼が今いる場所はマセリアの膝の上だからである。

もちろん座りたくて座っているわけではない。でも部屋に入るなり膝を叩いてじっと見つめて来る、無言の圧力に屈したのだった。


もう13歳の男子だというのに、長毛種の猫のように頭を撫でられて落ち着かない。そもそも自分はこの神を家族と認めたわけではないのに。

警戒心を隠しもせずに斜め下からじっとマセリアの顔を観察しているが、祖父と言われてもいまひとつ納得できないという気持ちばかりがミラディスの中で膨れ上がる。神は基本的に加齢しないので、見た目が父親世代とあまり変わらないことは納得できる。肖像画で見たのと同じ顔をしている。髪や瞳の色が可愛い妹や今は亡き父のものと同じことも嫌というほど分かる。顔立ちがどことなく愛する兄に似ていることも見てとれる。


それから。村には老人もたくさんいたし、それぞれの孫や、家族でなくても村の子供たちに、とても愛情深く接していたことも理解している。




けれど、細められた双眸に、するすると髪を通っていく長い指に、何か違う感情が籠っていることを感じ取れないほど彼は鈍くはなかった。

それでも、それを本人の前で口にするほど向こう見ずでもなかった。



「ミラディス、辛いことがあったら何でも言いなさい。ここにいる限り、何でも望みを叶えてあげるからね。ああ、でも。あの二人のことは見張っていなければいけないけれど、好きになってはいけないよ。特に普通の『人』はいけない。根本的に相容れないものだ」

「……自分は結婚したのに?」

「その方が周りからの印象が良いからだよ。集団の中で受け入れられるには、一度同じ立場に立ってから力を示していくのがいい。もう何十年も前だけど、あの村の掌握なんて簡単だったよ。所詮『人』なんて下等生物さ」




さあもう遅いし寝なさい、と部屋に帰されたのはそれからしばらく後のことだった。

途中、廊下に掛けてある鏡がふと視界に入る。そこに映っていた自分の顔はひどくやつれて、灯りが頼りないこともあり、一層顔色が悪く見えた。




「雑な身内認定してんじゃねえ!」




少女のような愛くるしい顔をこれ以上ないくらい思いっきり歪めて、鏡を叩き割った。












また一方その頃。





キエルもミラディスも部屋から出て行った。しかも今は、教会の規則で休息を定められている時間帯だ。日中より司祭達が少ないはずだ。

だからこれがソフェルにとってまたとないチャンスだった。



個室の扉に取り付けられた錠を壊すために、仲間の命を奪った金属の使用を試みる。

この部屋に運び込まれて以来、おぞましくて部屋の片隅に放置していたぼろぼろの鎧に、あの日耳にした名前でおそるおそる呼びかけてみる。



自在なる鋼鉄(アロイ・スティール)……」



『人』である彼女が、初めての聖遺物(レリック)をまともに扱うことは難しい。無限に増殖する金属なんて、逆に定義が広すぎてイメージが湧かない。そもそも良い感情を持っておらず、発動した瞬間怖くなって手放してしまった。だから、立派な武器や防具など作ることはできなかった。

できたのは、無骨な太い棒。

どの隙間も通らず、外からかけられた鍵なんか開けられるはずもなかった。



だから彼女は、心底がっかりした。

仲間を殺されて、幽閉されて、ありとあらゆる牙を抜かれようとしている自分が許せなくて、情けなくて。


「うがあああああ!!!」


精一杯の怒りを込めて、棒で扉を殴りつけた。




すると。


「うそ……穴開いた……」


さっきまで扉だったものが残骸になっていることにソフェルは呆然とした。

少女の腕力でいとも簡単に扉を破壊してしまうアロイ・スティールの威力に一抹の恐ろしさを感じた。たぶん自分を運び込んだミラディスもよくわかってなくて放置したんだろうけど、こんなものを今まで自分達は身に着けていたのか。ますます嫌悪感が強くなる。それでも、今の自分にとって武器と呼べるものはこれしかない。

威力と釣り合わない軽さの棒を担いで、彼女は部屋を飛び出した。




物音を立てないように慎重に、それでいて素早く。

堂々とした騎士の振る舞いに憧れて自分なりに身体を鍛えてきた。イメージトレーニングもしてきた。誰にも見つからないようにこっそりと動き回ることなんて考えたこともなくて、緊張で手が汗まみれになっている。何度も棒を取り落としそうになりながら、それでも運良く誰にも会わずにある部屋に辿り着く。



「人は、いない……」


普段はミラディスにくっつかれてまともに身動きできず、把握しきれていなかった部屋がある。要人の部屋、下に行く階段に繋がる扉、司祭達の控室等が並んでいる。その中でも特に人の出入りが少ない扉が気になっていた。


隠し扉や通路があるかもしれない。そう期待しながら錠を破壊し、そっと扉を開けると、黴の臭いが鼻を衝く。

せき込みそうになるのを堪えながら、廊下からぶんどってきた灯りで部屋の中を照らしてまわる。




そこは狭い部屋だった。背伸びしても届かないような高い位置に小窓があるだけで、他の扉など見当たらない。埃をかぶった小さい机が中央にあり、扉以外の三方は本棚で囲まれている。机の上には紙の束が無造作に積まれているが、どれも古びて色褪せている。

落胆しながらも何かの手掛かりはないかと本棚に目を向けるが、本らしい本などなく、机の上にあるのと同じような紙の束が積み重なっているだけだった。

それでも何か。例えば、教会内の見取り図のようなものはないか。積まれた紙をぺらぺらと捲るが、年若い彼女には難しい文章の連なりが襲い掛かってきて軽く眩暈を覚える。

古いラウフデルの地図や人口表のようなものがあるが、それを見て現状と食い違っているのかどうか即座に判断できるほどの知識が彼女にはない。

もっと勉強しておけばよかった。唇を噛みながらもなんとか読めるものを手元に集めていく。



すると、机に置かれていた紙の中に、一束だけ他と様子が違うものがあることに気付く。

他のものとは違い文字はなく、その代わり全く意味が分からない線が何本も書いてある。





「なにしてるの」




背後から声を掛けられて紙を取り落とす。

この甘ったるい囁き声は。背筋が凍るよりもっと速く、首に腕が回されている。

声を出すより先に、薄紅色が視界の隅で揺れ動く。頬の横の髪をくるくる指に巻き付けて弄ばれているのが見える。



「だめじゃんソフェル、部屋から出ちゃ。そんなに僕がいなくてさみしかった?帰り際に君のこと見つけちゃうなんて運命だね」

「ミラディス、放して!」

「うーん、どうしよっかなあ。せっかく二人きりなんだし、一線超えちゃう?」

「あたし今それどころじゃないの!見てわかんない?」

「うんうん、こんなところずっといたら不安だよね。でも大丈夫!僕がちゃーんと守ってあげるからね☆」

「……よ」

「ん?」


「人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!!」


肘鉄を食らわせようとしたが、ひらりと距離を取られる。いつもこうだ。反撃しようとしても動きが読まれている。

自分より戦い慣れていることは実戦経験のほとんどないソフェルにも十分わかった。

正しいことをしているに決まっているのに、この仕打ちは何だろう。まともに戦うこともできずに、どうしてこんなに侮辱されなければならないんだろう。その答は彼女の中でとうに出ていた。


(あたしが、弱いから)


それでも彼の言葉を受け入れることなんかできなくて、睨み付けながら最大限の嫌悪を口にする。


「あんたなんか大っ嫌い!もう話しかけてこないでよ!」

「ツンツンしたところも可愛いね☆」

「だーもう!」





その時。


「あ~!ここにいたんですね~!ミラディスくんはいつまでも戻ってこないしソフェルちゃんのところの扉は壊れてるし、心配したんですよ!」


間延びした声と、黄緑色の長髪。

眉を顰めた歌姫が部屋に飛び込んで来る。



「ふたりとも声が大きいです~!夜なんですよ~!」

「キエルこそ声大きい!ていうかみんな揃っちゃうなんて最悪!これじゃ台無しじゃない!」

「もー、ソフェルったらそんなに二人っきりがよかった?」

「ソフェルちゃん、この紙なんて書いてあるんですか~?」

「こっちが『所属者名簿』でこっちが『聖遺物一覧』、そっちのは『人口統計』『都市計画図』って……。だけどこの紙だけはよくわからない。見たことない形だらけで……記号か何かなのかな?」

「何でもいいじゃん、もう部屋に帰ろうよ。こんないっぱい文字見てると僕、眠くなってきちゃう……ふわわぁ……」



「……!」



急にキエルの表情が変わった。真剣な目付きで紙を何回も上から下まで眺めている。

ミラディスとソフェルは戸惑いながら顔を見合わせて、声を出さないように口をぱくぱくさせて、身振り手振りを交えながら会話する。



(ソフェル、なにあれ?)

(よくわからないって、さっき言ったじゃん!)

(すっごい眼力なんだけど、あんなキエル僕初めて見たかも……こわっ)

(声かけたほうがいいのかな?さっきからずっと黙ってるけど)

(集中してるみたいだしやめたほうが……でも部屋にそろそろ戻らないと……どうしよう)

(今のうちに他の資料も見てみるから見張りお願い!)

(あーもう余計なことしないでってば!……じゃなかった。ねえねえ、もっと僕とお話しようよー)





「ちょっと」



「ぴゃっ」

「ひぇっ」



「……なんですかその反応。怒られるとでも思ったんですか~?」


キエルは呆れた顔を二人に向け、顔の前でその紙をひらひらさせる。


「これ、わたしたちの言葉です」


二人は慌てて否定する。

「えっ文字!?そんなはずないよ!ね、ソフェル」

「そうだね。どんな言葉も通じなきゃおかしいでしょ。通じないなら言葉なんかじゃないってことだよ?」


Dreaming world においては、元の世界に話者がいる言語はすべて自動(オート)で翻訳される。

もちろんこの世界にやってくる『神』のためだが、様々な場合を考慮し『人』同士にもそれは適用される。つまり、通じない言葉などないはずだ。

その疑問にキエルは簡潔に答える。



「これは話し言葉じゃないんです。だれも話せません。でもセルシオールなら知ってます、これは文字だって」



「話されない言葉?何それ変なの」

「それで、何て書いてあるの?」

「……話すための言葉じゃないってことは、そのまま言うのが難しいってことです。それに、読めるからって意味がわかるわけでもないです。でも、これがここにあったらおかしいことはわかります。いえ、他のところにあったら余計おかしいんですけど……ミウちゃんに相談しなきゃ……」

「ミウってあの神?やだよ僕、またあいつが夜襲かけてくるの怖いもん」

「キエル。タイトルみたいなのはないの?内容は説明できなくても、それが何かだけでも教えてくれない?」



その問いにキエルは躊躇いがちに答える。


「そのまま読み上げますね」










「Dreaming world 運用マニュアル」


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