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第47話 死神インワンダーランド

ウワーー!!

ウワーーーー!!

バノンかわいい!かわいい!すごい好き……!



「ミウ、よそ見しないで。こっち向いて」

「違うのよバノン、あなたがあまりにも眩しすぎて直視できないのよ!むぐぐ……」

ふわふわのパンに挟まれた魚のフライの香ばしい風味が、噛むごとに口いっぱいに広がる。

でもあまりにも具がぎっしりで、はみ出た野菜が口からこぼれていく。

そんなぴちぴちおさかなバーガーのおかげで私は今バノンに口許を拭いてもらえてるわけなんだけど……。


「バノン、何かあったの?」

「ん?」

「私別に口くらい自分で拭けるっていうか、あなた前はこんなことしなかったじゃない」

「そうだっけ?」

「そうよ」




ここラウフデルは海沿いだけど結構広くて、それでもなおあまりあるほどの人口を有している街なんだとわかってきた。最北部のアレイルスェン教会以外も、東西南北におおまかに区域分けできる。それを細分化するともっともっといろんな地区の名前があるみたい。教会だけに権力が集中していて他に身分制度とかないみたいだし、見たところ貧富の差が大きいわけでもなさそうだから、それぞれの産業ごとに自然と集まっていって、それが特色になってるみたい。


東と南の区域は海に面している。私達がこの街に初めて着いたのも南側だ。その中でも西寄りに漁船、東寄りに貿易船が多くなっている。

漁業とものづくりに従事している人達はだいたい南側に多いみたい。

西と北の区域は住宅地と、あと農地もあるみたい。


もちろん交易相手がいるのかどうかさえよくわからないし、地図で見た畑もこの人口を賄える程の面積には思えない。でもまあそれもフロアが言ってた、いつの間にか勝手に補充されてるってことでしょ。世界としての整合性より、神にとって都合がいいことの方がこの世界にとっては大事ってことなのよね、要するに。



なお、中心には住人のための物がいっぱい売ってある商店街や市場が南北に並んでいて、一定の間隔ごとにそこそこ大きい広場がいくつかある。そこまで教祖マレグリットが出てくることもある。

ハーフラビット新聞社も広場の近くにある。

「ラウフデル広しといえどこの最上階からの眺めにと勝負できるような建物、アレイルスェン教会くらいじゃないかな?しかもこっちは全館冷暖房完備だし社員用の屋内プールもジムもあるからね、申し訳ないけどカルト教団と一緒にしてもらったら困るなあ」

とか何とかフロアも言ってた。




で、だ。

私達がいる、この東部区域。

張り巡らされた水路を小さいボートでゆっくり進みながら、他の地域と比べてやや古風な木造建築の街並み、それから街角の至る所に植えられた色とりどりの花を眺めている。

ここは観光地だ。

他の国や地域と関りがあるのかどうか怪しいこの街で、観光?どこから来た誰のためにそんなものが?



そんなの決まっている。

私だ!!!


正確に言えば、外の世界から来た私達神々だ。

この街には忌々しい印象しかないけど、それは教会(と、どっかのいきなり生け捕りにしてきたうさ耳野郎)のせいだもの。

あからさまな「良い街」として作られた場所は苦手だし、観光にも興味はあまりないのだけれど。でも情報収集のために観光という立場をとれるのなら利用しない手はない。

そういえばこの街に来てからキエルとの買い物以外でちゃんと見て回ったことなかったな、まだ知らないことがあるかもねーって話になって、バノンと二人でやって来たのだ。




ゼクスレーゼとの戦闘の後、私は瀕死の重傷を負ったけどやっぱり一晩寝れば治った。神はすごいのだ!

まあその後夢鏡(プリズム・ドリーム)をキエルに繋いでみたら、号泣しまくって

「ミウぢゃん本当に死んぢゃうがどおもっだんでずよズビズビ」

みたいなことしか言わなかったけど。どっちみち私は死ぬんだからしっかりしなさいよ。




キエルは相変わらずだからまあいいとして、問題はバノンよ。

いや全く困ってるわけではないし、むしろハッピーではあるのよ?でも。


「ねえミウ」

「何?バノン」

「呼んでみただけ」

「うん」

「ねーえミウ」

「何かしらバノン」

「えへへ、なんでもない」

「そうなのね」


なんかすごく頻繁にかまってくる……!

今まで私から繋いでた手も、がっちり全部の指を絡められて、意地でも逃がさないってくらい固く握られるようになった。今はボートを漕いでるからそういうのないけど、その代わり片時も目線を私から外そうとしない。

こうなった理由には心当たりがある、むしろ心当たりしかない。



死にかけたからだ!

よりにもよって同じ相手との戦闘で、二回もバノンの目の前で、彼女を置いて死にかけたんだった!

一回目はともかく、二回目はバノンの秘密を知って「私がそいつ殺すわ」とか宣誓した矢先にこれで、しかもそいつに回収されたりしたからだ!



つまりきっとアレだ。信用を失っているのだ。

「縄付けとかないといつ勝手に死ぬかわからないから見張っとこう」くらいに思われたに違いない。

なんてことなの!私がバノンを守ってあげなくちゃいけないのに、ここまで心配させるなんて一生の不覚だわ!なんとしてでも挽回しなくちゃ!


「ミウ、暑くない?こっち側の方が建物の陰で涼しいよ、おいでよ。漕ぐの代わるから」

「え、ええ……。」


ほらこうやって今もちょっとしたことで近付くたびに頬にキスされて、余計に身体が熱くなって……。




これはこれでオッケー!!!!!!

正直最初は申し訳なさで死にそうだったけど、よく考えたらこれは愛以外の何でもないのでオッケー!!



せっかく漕ぐのを代わってもらったんだから、周りをじっくり見渡してみる。

橋の欄干にもぎっしりと花を植えた鉢が並べられていて、ほのかに香りが風に混じってる。

行き交う人々も穏やかに笑って、白い鳥が悠々と飛び回っている。


こういう街を「理想の死に場所」にしたがる神が少なくないことは知ってる。元の世界で観た映像でも、こんな雰囲気の街を映してはあれこれ言葉を並べて「人生の楽園」だとか「ゆったりとした丁寧な暮らし」とか褒めちぎってた。

でもそれを見せられた私の感想は、見せてきた連中が望んでいたものとは違ったみたいで、精一杯隠されてはいたものの表情が歪んでいたのを私は見逃さなかった。


あの時私は何て言ったんだっけ、確か――



「ミウ」


はっと意識が現実に戻る。


「誰のこと考えてた?」


バノンがいつも通りの笑みを浮かべていた。

そう、私にとっての「いつも」に戻ってきた。


「私のことよ」

「どんなこと?」

「もう終わった、意味のないこと」

「……そう」

「そんなことより、今ここでバノンといることの方が大事よ」

「うん、そっか」



それ以上何も言われなかったし、私もそれ以上思いを馳せるのはやめた。

そう、意味がないんだ。元の世界で私の身体はもうないんだから。



ぬるい風に乗って、歌が聞こえている。午前中からずっと。





「キエル、最近長いわね」

「うん。ずっと歌ってるね」

「……おさかなバーカーの店」

「うん。『うちに娘なんかいないよ』って言ってた」

「……騎士団のこと、道で聞いたりしたわよね」

「『どこからか神から遣わされた少数精鋭の部隊で、市民は所属していない』ってみんな言ってたね」

「ゼクスレーゼのことも」

「『おとぎ話に出てくる伝説の騎士様を神が遣わしてくることがあって、実在の人物じゃない』って」

「……フロアは」

「最近ずっと耳栓してるね」

「バノン」

「ちゃんと覚えてるよ。……彼もね」



教会がキエルにさせていること。

つまりは、そういうことなんだろう。

あの歌は眠らせるだけじゃなかったんだ。記憶領域まで干渉している。

それができること、キエルは知っていたのかしら。知ってたけど使おうとしていなかったのか、知らなかったけど教えられたのか。

なんにせよ望んでやっているとは思えない。



私やバノンに効いていないってことは、明らかに普通の遺物なんだけど。

でもゼクスレーゼの神殺し(ミストルティン)や、それを圧倒したバノンの中の奴が使っていたものはきっとそれとは違う。


だけど。


バノンの顔を見て、言おうとしていた言葉を引っ込める。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもない」


(セイクリッド・)聖遺物(レリック)って何?


――それを答えられる者とは、話したくないから。

そいつと話そうだなんて、バノンに言えるはずがないから。



言えないこと。

言いたくないこと。

言う必要がないこと。



そんなものは、私からバノンに対しては存在しないと思ってた。

でも今は、口から出せない言葉が胸の中で募っていって、身体が重くなってきたような感じがする。



こんなところ早く出ていきたい。

早く二人きりになりたい。

私達以外誰もいない場所で、何もないところで、早く。


そしたらきっと幸せに、全部全部終わるから。




なんとなしに眺めていた風景が、ふとモザイクがかかるように乱れた気がした。

ふと注意を向けると、何事もなかったかのようにさっきまでの整備された街並みに戻る。





――美しい街。自分の意志で終わらせた肉体が見ていた元の世界。あの時自分が言ったことが、頭の中に勝手に甦ってきた。



「私なら三日あれば壊せるわ」




この街は、壊そうと思えば壊せるのかしら。

勝手に壊れて、勝手に直っていく街。

それとももうとっくに壊れているのかしら。



いいえ、関係ないことを考えるのはよそう。


「ミウ」


ほらバノンがまた話しかけてきてくれた。それだけで十分じゃない、他に心配することなんか……


「あれ、何?」


バノンが西の方角に目を向ける。

同じ方を見て、目を見開く。

急いでボートを停めてもらって、バノンを抱えて走り出す。



目指すのはラウフデルの中でもひときわ高い建物。

ただし、アレイルスェン教会を除いて。



ハーフラビット新聞社から煙が上がっているのが見えた。

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