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第46話 ご指名ですよ、歌姫様

ソフェル・カウレア

14歳、9月生まれ

家族構成:両親、弟、祖母

身長:158㎝

出身:ラウフデル西部地区

好きな食べ物:辛いもの

好きな動物:犬(大きめ)

触ったことのある聖遺物:なし

使用武器:槍(数日前訓練始めたばかり)

階級:下級騎士



「うーん、清々しいほど普通だね君!こんなに外連味が全くないプロフィール見るの久々だよ、周りのトンチキカーニバルな人達に流されずにそのままの君でいることをおすすめするね。騎士やめたいんだって?大正解だよ、実家にでも帰ってレストランの店員さんにでもなりなさい」

「人の情報勝手に読み上げてアドバイスしてくるこの人一体何!?気持ち悪!」

「フロアくん、ほんとにちょっと気持ち悪いです~!」


いつどこから入手した情報なんだそれは。そんな疑問はきっとラウフデルで最大手の新聞社の敏腕社員、フロアの前ではあまり意味がないだろう。

とはいえ年頃の少女であるソフェルとキエルが引いてしまうのも無理はない。



「それよりソフェル、どうやって部屋から出てきたの!?外から鍵かけといたのに!」

「僕が外しちゃった。ひとつだけ厳重に施錠されてる扉なんて『とっておきの宝物があります、開けてください』って言ってるようなものだからね。それにしてもまさかこんな可愛い猛獣が出てくるとはね、ははは。見ての通りか弱いうさぎちゃんなのでお手柔らかに頼みたいよ」


ミラディスが割って入るがフロアは余裕を崩さず、どこからかポットを出してきてお茶を淹れ始めた。


「誰が猛獣だっていうの!」

「だって出したげるや否や、僕のこと追い回して捕らえようとするからさ。何かの罠かと思ったよ、古典的だなーって」

「キエル様の部屋に入ろうとしてたでしょ、窓も開いてたし!女の子の部屋に勝手に入るなんて変質者以外いないよ!」

「変質者なんてひどいなー、秘密の恋人かもしれないじゃないか」

「えっ!?そうなんですかキエル様?」

「全然ちがいます」

「ほらやっぱり変質者じゃん!!」

「うーん、びっくりするほど素直。どうかこのまま変わらないでいてほしいものだね」



(いや、少しは変わってほしい……)

そう思ったのはミラディスだ。ミウとゼクスレーゼの戦闘からの数日間、彼は本当に大変だった。




口喧嘩の収拾がつかず、キエルの歌で眠ったソフェルを部屋に引きずり込んだは良いものの、目を覚ましたら覚ましたで廊下という廊下を駆けずり回って誰これ構わず抜け道を聞いて回ったり、「口で言ってだめなら書くもん!このペン借りるね!」と退団届をがりがり書き上げるなりマレグリットの部屋にまっすぐ突撃しようとしたり、マレグリットの部屋の前で一日中正座して出待ちしたり、あの夜にあったことをレポートにまとめて窓からばらまこうとしたり、正確な死者数の公表に関する嘆願書を書いて署名を求めてきたり、挙げ句の果てにはミラディスを訪ねてきたマセリアを見逃さず話に割り込んで食ってかかったり、片時も目が離せなかったのである!



それはもうキエルも遠い目をして

「なんか……わたしのことはもういいんで、ソフェルちゃんについててあげてください……」

とか言うくらい。


マセリアも目を逸らして

「責任持ってお世話しなさい、とりあえず南京錠あげるから落ち着くまで閉じ込めときなさい」

なんて言うくらい。



要は面倒事を押し付けられた形になる。

誘惑(テンプテーション)を使ったら使ったで、頼んでもいない身の回りの世話を勝手にてきぱき進められそうになって、操ることは断念した。

そんな日々が続き、元々体が弱く持久力のない彼はへろへろに疲れきっていた。一人になると虐殺のことを思い返して気分が沈んでしまうが、一人でなければ何でもいいわけじゃない。


形式上はミラディスが上司ということになっているが、そもそも彼女は納得してないので言うことを聞かないし呼び捨てされている。

でも自分の監督責任が問われたら、兄が、妹が、村がどう扱われるか。それが彼にとっての最大の懸念である。教会にとって身内である騎士団ですらあっさり消されるくらいだ、焼かれるくらいじゃ済まないかもしれない。


(でも、まあ。冷静に考えたら世間ずれしてなくて駆け引きもできない女の子ってことだよね。なんか地味だし垢抜けないし。一つ年上、ねえ。なーんだ村のおばちゃん以下の難易度じゃん。楽勝楽勝)



だから、彼は決意した。



「それよりフロアさんだっけ?あなた新聞記者なんだよね?」

「フロアでいいよ、この娘も様なんかつけなくていいからね」

「なんでフロアくんが決めるんですかー!」

「ここであったことを記事にしてほしいの。騎士団について知ってること全部話すから」

「わあ、唐突に協力的になってくれてお兄さん嬉しいや」

「お願いします。実は……」


これ以上好きにさせてはいけない!今、やるしかない!


「ソーーフェーールーー!!!」

「ぎゃーーっ!?!?」


背後から豪快かつ大胆に首に抱き着く。


「今日もやっぱりソフェルは可愛いね!」

「は!?何!?放してよ!」

「いやー初めて会ったときから思ってたんだけどソフェルってめちゃくちゃ可愛くない!?ふにふにして抱き心地いいよね!他の男の人と話さないでね、絶対話さないでね妬けるから!!」

「へ、へ、変態ーー!!」

「ソフェルは照れ屋さんだなあ、あんまり可愛いこと言うと食べちゃうぞ☆」

「触んないでよ暑苦しい!くっつかないでよ、けだもの!ちょ……アゴ撫でるのやめてくれる!?頭もだめ!手がやらしい!」

「んー?何ー?聞こえなーい☆『ミラディスくん、だあいすき(はあと)』って言ってくれるまではなさなーい!」

「誰が言うかーー!!!」


物理的に彼女の動きを封じ込めるには密着するしかないのだ!

ついでに、あわよくば落としてしまえればこっちのものだ!



彼は自分が美少年だと自覚している。もう少しだけ幼い頃から、親がいないことを差し引いても、村の年上の女が自分にやけに甘いことにも気付いている。鎖骨の一つや二つをちらつかせながら目を潤ませて甘ったるい声を出していれば自然にそこらへんの女(と一部の男)がばたばた悶え転がるし、同年代の女の子は人懐こくて足が速い男の子に勝手に夢を見て寄ってくるので、その気になれば村中の女という女(と一部の男)を掌握できる。

……その気になれば、というのは、彼はその溢れんばかりの魔性を「兄に言い寄る悪い虫(ミラディスの主観)を引き剥がす」ことにしか使っていなかったからである。


そもそもエメルドは目立つ行動をする方ではないし、剣も弱いし、いつも畑仕事や家事をしているから土や埃にまみれているし、わかりやすくモテてはいない。だからこそ「よく見たらかっこいい」のである。


「あの子の魅力を誰も気付かないけど私だけは知ってるわ!」

「ミラディスくんのお兄ちゃんってなんでもできるし優しいし素敵だよね……」

とかいう勘違い女ども(ミラディスの主観)をガチ恋勢にして量産してしまうくらいのポテンシャルがあるのである。

それゆえ兄と女のフラグが立つ度に自分の美少年力を発揮してちぎっては投げ、ちぎっては投げ、女どもの意識を逸らさせてきたのである。


(兄さんの一番は僕とレト以外認めない……絶対に、絶対にだ!僕の一番だって兄さんとレトだ、二人のためならなんでもする、なんでもだ!)



そう、なんでも。

だから今、抱き着いてるのか羽交い締めにしてるのかよく分からない状態の暴走狂犬のことも、惚れさせて手綱を握って言いなりにさせるなんて朝飯前だと、きっと一週間もかけずに手中に収めることができると直感が告げている。


(だから、兄さん)


彼はある人物ーー突然兄をかっさらっていった悪女(ミラディスの主観)を思い浮かべる。

正直レベルが何段も違う超絶美少女だったが、だからと言って譲ってはいけないのだ。兄に可愛がられながら守り支えるポジションは自分のものなのだ。


(ヨイテちゃんには絶対絶対負けない……!)



「いい加減にして!!!」

「がはっ……!もーうソフェルったらお・ちゃ・め・さん♪」


だから今は真っ赤になったソフェルに振り払われて机に激突しても耐えられるのだ。








「あの二人いつもあんななの?」

「うーん、いつも暴れてはいますけど……」

「そうなんだ、じゃあ放っといて良いかな」


キエルとフロアは少し離れた椅子に座って紅茶を飲んでいた。


「それにしてもフロアくん!箱がどかーん!ってなるなんて聞いてませんでした!ほんとにびっくりしたんですよ~!」

「ああ、ミウから聞いたよ。確かめるだけで良いって言ったのに開けちゃったんだって?大胆なことするよねキエルも」

「わざとですね!」

「開けちゃだめって書いてあったらしいじゃないか、人聞き悪いなあ。はいこれ、東の地区の老舗で新商品のサンプルもらったからどうぞ。手堅く美味しいよね、いつも良い仕事する店だなあ」


口を尖らせるキエルにナッツ入りのクッキーを勧めながらフロアは続ける。


「でも、まあ。本当にありがとう、キエル。役に立ったよ」

「フロアくん。あの箱……とあの数字、なんなんですか?」

「あの箱はここに取材に来て……帰らなかった記者がこっそり置いていったものだよ。見つからずに残ってて良かった。数字の方は、そうだね」


カップをソーサーの上に置いて、彼は一呼吸してから答える。


「その真実を僕は知らない」

「じゃあ、いかにも知ってそうな動きしないでください~!」

「君は知ってるかもしれない」

「なにがですか?」

「セルシオール、君達と僕達ハーフラビットは似ていると思わない?」

「似てませんよ?わたしたちはうさぎさんの耳とか生えてないですし、そんなに小さくもないです!フロアくんだって羽根も触角もないじゃないですか」

「見た目の話じゃないんだよ」


フロアの蒼い瞳はミウのそれより少しだけ明るい色をしている。

見た目も性格も立場も違うが、その瞳が時折ミウのようにぎらつく時があることをキエルは知っている。でもそれはきっとミウのような、誰かを守る時や戦う時のものではない。

彼が何を前にすると目を輝かせるのか、それは。



「君の一族はセルスが存命の頃から歌を代々継承してきたって言ってたよね。そう、まるで僕達が記録を続けてきたように」

「ええ、まあ。でも、意味がよくわからない歌もいっぱいあるから、昔のことなんか全然知りませんよ、わたし」

「いいや。『失われず残っている』ことに意味があるんだ」

「はあ……?」

「僕達は墨色の文字だけで、この世界で起こった事実のすべてを、取りこぼさないように、より正確に、より幅広く、より厳密に記すことで、歴史を綴って世界を繋いでいるのさ」

「世界を、つなぐ?」

「そう。ここが神のためだけの作り物の世界だってことは君だって知ってるだろう?それでも、人は人のまま生き続けなくちゃいけないから。神からしたらなんでもないくらい短い時間を過ごして死ぬだけの空間だとしても、人は細切れの時間を少しずつ過ごしているわけじゃない。ずっと続く人生を、継がれゆく世代を生きなきゃいけないんだよ。どれだけ無茶苦茶されたって、辻褄を無理矢理合わされたって、いずれは時代が変わっていく時が来るかもしれない。もし世界の姿が変わってしまったとしても連続性を保証するのはきっと、言葉の力なんじゃないかなって思うんだ」

「言葉の、力」



長い話だ。キエルには理解するのが難しい、抽象的な話だ。でも聞いているだけで頭が痛くなってくるのを堪えてでも、その話の続きに興味がないと言えば嘘になる。


「キエル、君は今何をしている?何をしようとしている?」

「えっ、わたし……ですか?」

「君には最強の力があるじゃないか」


自分に話の中心が回ってくるとは思わずキエルは困惑する。

それに、最強と言われても。捕らえられて逃げられず、刃物を突き付けられたり縛られたりして抵抗もできず、言いなりになっている自分が?



「君の望みは、歌を振り撒くことかな?大勢の人に聴いてもらいたいのかな?眠ってしまうくらい気持ち良くさせたいのかな?」

「……」

「君の目的は、ミウに助けてもらうことかな?友達が満足するのを手伝って、そのまま見送ることかな?それともずっとそばにいて守ってくれるよう頼むのかな?」

「……フロアくん」

「君の役割は、セルスを復活させることだったのかな?セルシオルの希望に沿って意志を持たずに歌を捧げ続けるだけの簡単な仕事かな?それともマレグリットの希望かな?」

「わたしは……」

「僕の耳はどんな真実も取り逃さないためにあるのさ。それなら君の声は、君の羽根は、どこに届くためにあるんだろうね?」


キエルの掌に汗が滲む。


「わたしに教会の中をさぐれって言いたいんですか?助けてくれようとしてるミウちゃんのことなんか無視して、あんな怖い人たちからほんとのことを聞き出せって?」

「そういうことでもないよ」

「じゃあなんなんですか!」


思わず声を荒げたキエルにフロアはにっこりと微笑んで、でも真剣な目で続ける。


「僕は今日、頼み事をしに来たんじゃない。君がこのままでいることがあまりにも惜しいから、老婆心ながらも忠告にーーあるいは質問に来たのさ」

「質問?」




「キエル・セルスウォッチ。君は何のためにここにいる?何を願って何を伝えようとしている?」




「……それ、は、その……」

「今すぐにとは言わない。今まですべて与えられてきた役割の中でしか動けなかったんだろう。でも舞台にとどまり続ける限り、この問いからは逃れられないさ。ーー自分の中にある答を、自分の言葉で教えてくれる気になったら改めて取材させてね」


内容によっては思いっきり批判するからさ、覚悟して。

そう付け足すと、彼はまた窓から身を乗り出して、ひらひら手を振りながら姿を消した。


「えっーーフロアくん!?」


言葉に詰まっているうちに反応が遅れたキエルが我に返って窓の外を見ても、やはりその姿はどこにもなかった。



「ちょっと!あんたが邪魔するから帰っちゃったじゃないのよー!!」

「ソフェルには僕がいるからいーじゃん、怒った顔も可愛いね♪」



背後の喧騒をよそに、キエルの胸中は静かにざわついていた。



「わたしは、なんのために」

次の更新は9月になると思います!

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