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第45話 ストレス社会と若者達

ここはアレイルスェン教会上層部のとある部屋。

原因不明の謎の爆発(本当はキエルが爆弾を開封して起こった)によって廊下に穴が開き下層部まで被害が出て、しかもその後の戦闘によって破壊と殺戮の限りを尽くされた礼拝堂は当面の間使用不可能、立入禁止となった。

しかし建物の骨組みにまでは影響がなかったようで、爆破された階より上層においては、物が落ちたり割れたりした程度で機能を保っていた。


上層において一等広いこの部屋も例外ではなく、窓からの爽やかな光が射し込む中、静謐で清潔な雰囲気を保っていた。

その部屋の中心で長机を囲むように、ある人物は沈痛な面持ちで、数名はにこにこ微笑みながら、数名は死んだ魚のような目をして座っていた。


「さて、会議を始めようか……うーん……」

「マセリア様、お加減が悪いのですか?お休みになられては?」

「マリー優しい!流石マリー!でも俺にはマリーしかいないのに他の男の話すんなよー」

「…………はあ」

「…………はあぁ」



その場にいるのは全部で五名。

「いや、ちょっと待とうか。大事な話だから真面目に聞いてくれないか」

扉から見て一番奥に座っている金髪の年齢不詳の男性、つまり神マセリアが、言い含めるように全体に向かって声を掛ける。



「ゼクスレーゼが死んだんだよ」

「マセリア様、すべての生命は巡り世界の平穏は保たれます。何も悲しまれることはありません」

「流石マリー!マリーは賢いな!でもマセリンに話し掛けすぎ!」


扉から見てマセリアの左手前に座っているのは、白い衣装に身を包んだ女性、教祖マレグリット。その横に……というより身体の片側に密着して座っている猫背の男性、暗殺者ダルネが言葉を続ける。


「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ、マレグリット。彼女の死を悼む気持ちはまあまあそこそこあるが、問題はそこじゃないんだ」

「ご心配になるようなことは何もありませんよ、今日もラウフデルは平和です」

「流石マリー!」

「マレグリット、ダルネ。人の話……いや、神の話は最後まで聞こうか」

「はあ……」

「いつまでやるのこの茶番……僕もう部屋に帰るね」

「キエル、ミラディス!まだ始まってもいないから!あからさまにダルそうにするんじゃない!」

「はあ……まあ……」

「ふわーい」

「返事は『はい』だからな!?大事な話をするからちゃんと聞こう、な!?」



マレグリットとダルネの向かい側には背中に羽を持つ歌姫キエル。その護衛ミラディスはキエルの隣……ではなく、なぜかマセリアの隣に椅子を用意されている。しかもやたら近い。ダルネのことをとやかく言えないくらい密着している。


そのマセリアはこの場における唯一の神にして最高の立場にいるはずなのだが、なかなか本題に入らせてもらえず早くも疲れた表情をしながら話を続ける。



「手元の資料を見てくれ、上に書いてあるのが先日の被害とその後処理の進捗だ。そしてその下にはゼクスレーゼが受け持っていた仕事を一覧にしてある」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「騎士団がほぼ壊滅している以上、早急に必要な対応についてはマレグリットが司祭達を動かしてくれている。修繕については自在なる鋼鉄(アロイ・スティール)を使用した応急処置はできているが、長期的なプランは都度見直しが必要だからこれは暫定だ。他の業務の割り振りの案も次に書いてあるからそれを叩き台に……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「話し合おうと……思うんだが……」

「」

「」

「」

「」





「聞いてるか!?!?!?!?!?!?!?」

「はい、最後まで聞いていますよマセリア様。これでいきましょう、仰せのままに」

「さすマリ」

「ミラディスくんこれなんて読むんですか?」

「僕3行以上の文読むの無理なんだよ……ね……ねむ……スー……スー……スヤァ……」




「ゼクスレーゼ……帰ってきてくれ……そして落とし前をつけてくれ、今すぐに……!!!」



そう、ゼクスレーゼはいないのだ。

「マセリアの指示を真面目に聞く」という点ではマレグリットも真面目ではあるし、加えて言えば扇動力も大衆からの人気もずば抜けている。マセリアの言葉のままに淀みなく動く、まさに教会の偶像そのものである。

で、あるのだが、荒事や細かい事務についての話を振られても笑顔で小首を傾げているだけである。つまりは「よくわかりません」とアピールしているのだ。


ダルネは相変わらずマレグリットにくっついているが、もはや追い払うことすらされず完全に無視されている。彼のことを真っ向からストーカーだと指摘する騎士団長はもういないので、彼の発言は拾われることなく虚空に消えている。その上、一応全員の上司にあたるマセリアの、というかマレグリット以外の話をまともに聞く気がない。



キエルはマレグリットに正面から微笑まれ、居心地悪そうに手元を見ている。キエルと同じ空間にいる時、マレグリットはキエルから目線を逸らさない。可憐で穏やかな笑みを浮かべたまま、ただじっと見つめている。

その視線の意図は「逃がさない」というアピールか、それとも観察されているのか。見つめられている当事者にはどうにも判断がつかないが、しかしどちらにせよ気分の良いものではない。とは言え尋ねたところでまともな返答が得られるとは思っていない歌姫は黙り込んでいる。



ミラディスにとっても教会の運営のことなどどうでもいい。自分が人質である自覚は十二分にある。だからこの会議に出ている意味もないと感じている。

ただ、武力で圧倒し拉致してきたはずの祖父が、何も説明しない割に、ことあるごとに自分のそばにおいては慈しむような視線を向けてくるのが気味悪いと思っている。





そんなわけで、場の雰囲気はいつになくぼんやりしていた。空中分解寸前である。

例えばここにゼクスレーゼがいたら、マセリアの指示を現場レベルに噛み砕いて、自分や騎士団ができることを踏まえて目標設定し確認を取ってくれる。

何でも抱え込んでしまうきらいはあるし大雑把具合もマレグリットとそう変わらないが、有り余るほどの人材をまとめる統率力はあった。それゆえ事務や備品の維持管理が得意な部下がそれなりに余裕を持って業務にあたることができていた。そのノウハウは騎士団のみにとどまらず、司祭達にも適用されてきた。それゆえ、マセリアやマレグリットは重大な決定以外に目を向ける必要はなかった。

本来なら騎士団からかなり正確な報告が上がってきて、現況把握と計画の見直しにそれはそれは役に立ったはずなのだが、残念ながら彼女は死んで騎士団は巻き添えをくらって壊滅している。




そう、彼女は死に方以外は有能だったのだ。死に方が最悪すぎたのだ。

戦いの中に身を置き続け、戦いの末に死ぬ。それは武人としては理想的な最期かもしれない。最後まで諦めず敵に損害を与えようとした心意気は見事だったのかもしれない。

それに、神と戦うにあたって戦力となるだけの素質がある人物は実質ここにいるメンバーだけなので、騎士団がなくなったからと言って敗北するようなことにはならない。

むしろ「人」の騎士団長など、有事の際には神や教祖の代わりに真っ先に矢面に立つ役割として見ていたし、彼女一人の喪失は十分に予想できていた。



しかし、しかしだ。マセリアは頭を抱えた。

「どう調整しても人手が足りない……!」



そうなのだ。

いくら神だからとは言え、いや神だからこそ、「人」の組織運営はちょっと大変なのだ。

組織の理念と方針とか真の目的とかそういうのもあるのだが、幹部並びにその下の千人規模の集団がまるまる機能しなくなり、本拠地のハードもボロボロになったので大幅に軌道修正が必要なのである。

マセリアにとって本来実務的な話をできる相手がゼクスレーゼなのだが、というかゼクスレーゼさえいればわざわざマセリアがこんなこと考えなくて良いのだが、そのゼクスレーゼのせいで彼はいつになくてんやわんやしているのだ。


マレグリットとだけ話してもよかったのだが(ダルネはどのみちついてくるので計算に入れない)、あわよくば才能が開花しないか……と思い歌姫を呼んでみた。しかし森育ちで先日まで他人を見たことすらないキエルに組織運営のことなどわかるはずがなかった。あと、その護衛である自分の孫は思っていたより深刻に読み書き計算が苦手だった。


マセリアはううん、と唸って、ふっと表情を緩めた。



「マレグリット、人的な損害は『なかったこと』にしようと思う」

「今までと同じように、ということですか?」

「ああそうだ。『聖歌(ヒュプノーゼ)』と君の持つあれなら可能だろう?」

「ええ、もちろん。キエルさんのこともお任せください」

「えっ、わたしが……?それに『聖歌』も……?なかったことって、一体……?」



急な話の展開にキエルは身震いする。

自分の方になおも向けられ続けるマレグリットの穏やかな視線に、刃物が突き付けられたときのような恐怖を感じた。

極めて大雑把に、それでいてシームレスに。

具体的なことはわからなかったが、穏やかな口調で穏やかでない取り決めがされていることは理解できた。


神の視点で、神ならではの力によって、強引に軌道修正される。

それもそのはず。人の視点を強く持つ幹部が失われたなら、人の組織運営などにこだわる必要はないのだ。変えようもないこと、ままならないことをあの手この手で無理矢理変えてこその神なのだ。きっと彼等にはそれくらい可能なのだ。

計算が合わないなら合わせなくていいのだ。

何かが壊れていても、無理矢理直してしまえばいいのだ。

何人死んでも、死ななかったことにすれば……?


そこまで考えてキエルは先日のおぞましい虐殺を思い出し、意識が遠のきそうになる。ふとミラディスの方を見ると、顔面蒼白になり、僅かに指先が震えているように見える。きっと自分もこんな顔色をしているのだろう、なんて可哀想なわたしたち。そんな風にどこか他人事のように考えないと、この気色悪さに押し潰されてしまいそうな心地がした。



マレグリットとダルネが「人」であるはずなのに人らしくないということは、キエルも感じていた。直感的にそれを判断するには彼女はミウほどの知識も人との関わりの経験も持っていない。

しかし、自分と同じように「神」の子孫であるミラディスの方がまだ「普通の人」に近いように思えた。そしてそれは、神でも子孫でもハーフラビットでもなく聖遺物も持たない「普通の人」、とある少女と出逢ったことで、確信に変わりつつあった。



(なんでしょう、この二人……。『あらかじめ決められたこと以外できない』ような……。ずっと笑ってますけど、ミウちゃんやバノンくんみたいに表情が変わらないとかじゃなくて『感情がない』ような……。ゼクスレーゼさんどころかマセリアさんとも違って、寝て起きて食べて、ってしてるところがまるで想像できないような……。うーん……何かあるんでしょうか……。でもなんだかわかりません!そしてわたしは一体何をさせられるんでしょう!もうこんなところいやです~!)



頭の中でぐるぐる考えて、どんどん表情が暗くなっていくキエルをよそに、話題はダルネの発言でまた転換する。



「そんなことどうでもいいじゃんマリー。レーゼの神殺し(ミストルティン)の方が大事だろ」

「それはそうなんですけど……」

ダルネにマレグリットが返答するのもマレグリットが言い淀むのも珍しいことなので、それだけダルネも珍しく的を射た発言をしているということなのだろう。

マセリアがその話題に言及することでそれは強く裏付けされる。


「確かに神殺し(ミストルティン)の使用者は失われた。でも、あれは本来、まともに使える者が現れるような代物ではないんだ。奪われずここにある、それで十分だよ。議論の余地はない」

「じゃなくてさ、マセリン」



(マセリン?レーゼ?なんですかその呼び方……ていうかこの人マレグリットさん以外とも一応しゃべれるんですね……)

キエルは驚きながらも口を挟むのはやめておいた。



「マセリンですら扱いに困るような、神からすると一番厄介なものが正面突破されてんだろ?バカスカ権限や聖遺物(レリック)ばっか使ってるからわかんないもんなのかね?これってまずいんじゃないのー?これからもぼーっと迎え撃つだけじゃレーゼだって死に損じゃん。もうちょっと策練った方が良いと思いまーす」

「ダルネくん、それはつまり戦いをこちらから仕掛けろということですか?いけませんよ暴力は」

「まー俺はマリーさえ無事なら良いけどね、関係ないし。俺一人で十分守ったげられるし」


それだけ言うとダルネはマレグリットの肩を抱き寄せ、興味なさげにマセリアから目を逸らす。


「マレグリット。ダルネの言うことも一理ある。野良の神一体だけ対処したら良いわけではない」

「マセリア様まで……」

「ゼクスレーゼが……ミウだったかな?あの白い神と最初に交戦した時に負った傷。ミストルティン発動中にあそこまでのダメージを与えられたんだ、『格上』のものを使われたと見ていいだろう」

「!ということは……」

「私達が探し求め、存在を感じ取りながらも捕捉までには至らなかった(セイクリッド・)聖遺物(レリック)の、上のナンバーの持ち主……それがミウかもしれない」

「それでは……!」

「そう、なんとしてでも私達の『仲間』になってもらわないとね」

「うふふ、それはいい考えですね」

「あはは」

「ねーマリー話終わったー?俺とあそぼー」




あはは。

うふふ。











「あははうふふじゃないですよ……!」

憤りに任せて柱を蹴るが、太く丈夫なそれはびくともせず、鈍い音だけが僅かに反響しただけだった。

「キエル、また建物破壊しないでよ。僕もうあんなのこりごりなんだよね」

「わたしだっていやですよ!でも、でも……!」

「この階に戻ってきてからずっとイライラしてるじゃん、物に当たるのやめてよね」


食事のメニューを選ぶかのように、真剣に。でも全く重みの欠片もなく、和やかに。

先程の会議の最後に三人が話していた内容をキエルは振り返る。


「なにを探しているのか知りませんけど、ミウちゃんをつかまえるですってー!?そんなの絶対だめですー!!それに……」

それに。

ゼクスレーゼが負ったとされる謎の傷。

ゼクスレーゼが死んだ日に見た、知っているはずの人物の知らない顔を思い出し、なぜか頭の中で結び付いてしまう。

「バノンくんだって……」


二人の友人が教会に狙われる。つまりはそういうことになるんだとキエルは理解する。

しかし、だから自分に何ができるというのか。


「あーーんもう!ミラディスくん!なんとかしてください!」

「なんとかできてたら最初からこんなことにはなってないんだけど!?」




二人はまたやいやい言い合いながら扉の前まで辿り着く。

先日の爆発で二人の部屋も半壊したので、別の階に新たに部屋が設けられた。

今までの部屋のような横並びの個室ではなく扉を挟んで共有スペース、その奥にまたそれぞれの個室への扉が続いているというつくりになっている。



ただでさえあんな酷い戦いを見せられた後なのに、無神経でうさんくさい大人達に連れられ、気が滅入る話し合いに参加させられてへとへとの二人は、もう頭が働かない。だから油断していた。

何の予想もできていないまま扉を開け、その光景に絶句した。





「どこから侵入してきたの不審者!おとなしくお縄につきなさい!」

「刺激的でロマンチックなメッセージを届けに来たのさ、優しく扱って欲しいものだね。あっキエル、良いところに。助けてくんない?」




「え?」

「は?」



キエルとミラディスが見たもの、それは。


箒を振り回すピンク髪の少女に追いかけ回される、お馴染みの白黒の兎耳を持つ闖入者。

無惨に倒された机、椅子、花瓶。



「フロアくんなにしてるんですか!?」

「ソフェルなにやってんの!?」



階が高くなってもお構いなしにどこからか登場してくる新聞記者。

祖父から「部下?……仕方ないな、その代わり部屋から出さないようにしなさい」と命じられたため軟禁していたはずの騎士の生き残り。


その二人が共有スペースでわちゃわちゃ暴れ回っているのを見て、キエルとミラディスはなんかもう色々面倒になって、悟りを開いたような笑みを浮かべ、扉をそっ……と閉じようとした。



だが。




「キエル、心配して来てあげたのにあまりにもひどくない?」

「ミラディス……あんたまた見て見ぬふりしたね……。ちょっと、話しよっか……」


フロアにドアノブをガッと掴まれ、その上ソフェルが扉の隙間に挟まってきて、それは叶わなかった。

それどころかフロアとソフェルの怒りの矛先がなぜか自分達に向けられている理不尽さに、歌姫と護衛は言葉も発せられないままずるずると扉の奥に引きずり込まれていった。



お前ら仲良しか(仲良死)

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