第42話 薔薇の聖騎士
ラブコメを挟まないと死ぬstyle
東の島・中部地域
俺はエメルド・アイフレンド!どこにでもいる村人改め、魔導士だ!今は弟を奪還する旅に出てるんだけど……。
「お前は何回言ったら気が済むんだこのヘボ紫ひよこ野郎!魔法を使う時は周辺環境に十分に気を配れとあれほど!!」
「ヒエーすいません!すいません!巨大なムカデ型魔物にとどめをさすため良い感じに特大の雷撃出せて調子乗ってました!」
「衝撃で土砂崩れを起こしてどうする!!私達の進路ごと消え失せただろうが、ばかめ!土に顔埋めて反省しろ!」
「返す言葉もございません……!」
今日もまたヨイテに怒られてます!
「近くに人里はないようだな……」
「そっか、被害がなくてよかったあ」
「良いわけあるかこのクソボケカスゴミ!なぜ雑魚魔物との交戦や自然災害や人助けに次から次へと巻き込まれるんだ!お前といると命がいくらあっても足りん!!」
そう、次から次へと色々あったのだ。
唯一の通り道が亀型魔物に占拠されてたり、突然の大雨で道だったものが沼になってしまったり、通過地点の村を賊が襲ってたり、やっと街に泊まれると思ったら宿に強盗が押し入ってきたり、その他諸々。
なんとか対処しないと進めないので、というか死ぬので、ヨイテに助けてもらいながらどうにかこうにか新しい魔法の使用方法や細かい制御を覚えていった。でもその分時間を食ったり遠回りになったりで、最初に立てた予定よりかなり長引いている。
「一週間で色々ありすぎたよな……」
「ああ、一週間だ。契約の無料保証期間は今日で終わりだ」
「なのにミラのいるラウフデルどころか北の港にすら辿り着いてない……!これやばくないか!?いや絶対やばいよな!?魔法の精度を上げるってもっとこう、もっと……。瞬間移動とかそういうのなかったのか?ミラ絶対えげつないほど情緒不安定になってるって!レトだって寂しがってるだろうし!あわわわわどうしよう……!!」
「ええい知らん!文句なら神に言え!お前が焦ろうが慌てようが私の知ったことではない!良いか、終了といったら終了だからな!今後は私なしでやっていけ!」
そう言ってヨイテは踵を返すが、視界に何も映らないほどの暗さに、足を踏み出すのを止める。
辺り一面、夜闇が広がっている。土砂崩れのせいで地形に変化があるし、無闇に移動すると危険が大きすぎる。お互い離れるに離れられない。
「やっぱりここで野宿するしかないよな……」
「お前本当にふざけるなよ」
「すいませんわざとじゃないんです怒らないでください!」
「超過期間分はきっちり請求させてもらうからな……!」
「めっちゃ怒ってるーー!!」
魔法で出した炎の光を頼りにビバークの準備を整えるのも、幸か不幸かもう結構手慣れてきた。焚き火を囲み、荷物の底の方に入れていた高栄養の非常用クッキーを開ける。
「ヨイテ、あのさ」
俺が話し掛けてもヨイテは特に返事しない。
知識や経験の差が大きくて、その時々で何を考えてるかも俺にはよくわからない。ふわふわした緑髪の奥から覗く大きい瞳も、無言で非常食をかじる横顔も、掴み所がなくてちょっと猫みたいだなと思う。
でも二週間もそばにいれば、黙っているのは「聞いているから続けろ」って意味なのはわかる。
「ありがとう」
ヨイテの手が一瞬止まる。視線もほんの少しだけこっちに向けられる。
「一週間前、言えてなかったから。ていうか、二週間前もか。だめだな俺。あんなにいっぱい助けてもらったのに、迷惑ばっかかけて、嫌なことも言って。ごめん」
「……別に謝ることじゃない」
少し俯いて、わざとらしく顔を背けられる。なんか珍しいな、この反応。
「俺さ、ミラにめちゃくちゃ嫌われてた頃があるんだ。親が死んでしばらくくらいかな」
「…………」
「言われたよ、『兄さんは上っ面だけ』『そうしなきゃいけないから優しくしてるだけで本当は誰のことも見てない』って。それから色々あって逆にあんなにべったりになったんだけど。でもその時は何のこと言われてるのか本気でわからなかった。でも今はちょっとわかるような気がする」
ふう、と少し息を吐き出してから続ける。静かに燃える炎を見てると、普段誰にも言えないことも言える気がした。
「こうやって魔導士になって、旅に出て、何も知らないことばかりで、自分ではどうにもできなくて、助けてもらわないと生き延びることすらできない状況もあって。力だけは大きいのに、俺自身はちっぽけで大したことなくて。これからもこんな力を持ち続けるの、今でも正直怖いって思うよ。でも、村にいた頃だって同じだったんだと思う。長男の俺がしっかりしないと、ミラとレトを守ってやらないとって責任や義務ばっかり考えて、本当は何もできないのに大人ぶって身の丈に合わない立場を必死で保って、二人に気を遣わせて。あいつには最初からそんなのお見通しだったんだよな。ヨイテに言われた通りだよ、俺だって子供なのに。……ありがとう、ずっとついていてくれて。馬鹿なことしても何回間違っても、ちゃんと怒って、見捨てないでそばにいてくれて。君が助けてくれたのは、魔導士としての俺だけじゃないって思うんだ。ただの何でもない俺のこと、見ててくれてありがとう」
「………………別に……」
独り言かと思うような、消え入りそうな返事が聞こえる。
蜂蜜みたいに甘い声質が、今日は口に含むと消えてしまう綿菓子みたいに聞こえる。
こっちもなんだか気恥ずかしくなってきて、ついつい頬が弛んで言葉を重ねてしまう。
「それに『お前は普通の人間だ』って言ってくれたし!あれ嬉しかったんだあ」
「は!?あの時お前寝て……いや起きてたのか!?」
「いや半分寝てたし、その前後に言ってたことまでは聞こえなかったけど」
「うるさい!ヘラヘラするな腑抜け!生ゴミに湧くウジ虫の方がお前よりずっと崇高な精神を持っている、この底辺生命体め!いつもいつもへにゃへにゃ笑ってよっぽど仕置きをされたいらしいなド変態のゲス性悪!狸寝入りは気持ち良かったか、そんなに睡眠時間を持て余しているのか怠け者!今ここで永遠に眠らせてやる!この期に及んで息をしていることを後悔しろ!!」
「いだいいだいいだいやめてください!」
この一瞬の間にヨイテの顔は目まぐるしく赤くなったり青くなったりして、綺麗な顔立ちを差し引いても可愛いなーって思う。こめかみを拳でぐりぐりされてさえいなければ、だけど!
「しかしお前がここまで荒療治が必要な性格だとはな。弟もそれはそれは苦労しただろうな、聡い奴だから」
「はあ……」
ヨイテがぱっと手を放し、長めに溜息を吐く。その発言の意図がよくわからなくて曖昧に返事をする。
「お前まさか弟のことただのアホだと思っていないだろうな?」
「まあ勉強は苦手だけど明るいし優しいし良い子だよ、俺には勿体ないくらい可愛い弟っていうか」
「そういうことが言いたいんじゃない。あいつは他人の心の機微にものすごく敏感だ。悪意にも嘘にもすぐ気付くし、最適な反応だってすぐに導き出せる。それに加えて神の子孫ならではの身体能力だってあるんだ、あの歳で既に剣士として完成しているのも頷ける。敵意を向けられた時はこの私ですら少々まずいと思ったぞ、要は対人技能が強すぎるんだ」
「えへへ」
「おい自分のことのように照れるな、保護者面談じゃないんだぞ。正確に危機感を持てと言っているんだ!」
「え?」
「人の悪意に敏感ということは、人一倍引きずられやすいんだ!お前の祖父の真意も弟が置かれている状況も知らないが、欺瞞や敵意に晒され続けたらすぐに精神的に消耗するぞ!」
「えっえっ」
「陽気ぶってるのもただの処世術だって、お前気付いてないのか?情緒不安定になるところまで把握しておいて?クソ鈍感か。あいつ直接自分が危険な目に遭っていなくても、他人から他人への悪意を目にし続けるだけで壊れそうなくらい危うく見えるぞ」
「…………まずくないか」
「そう言っている」
一日一緒に過ごしただけでそこまで読み取るヨイテの洞察力にも、他人を通して伝えられるミラディスの見え方にも驚かされるし、改めて急がなきゃって思わされる。
夜が明けたら、早く出発しよう。
「……ただ、そうだな。お前の接し方もそんなに間違ってはいなかったのかも知れない」
「と、いうと?」
「別に鈍感でも動じなければ良いんだ。せめて大人になるまでで良い。誰に何を言われても窮地でも、誠実に堅実に自分の意志を貫ける人間が近くにいれば病まずに済むんだ、ああいうのは」
「そんなメンタル強い人、都合良くあいつのそばにいるかなあ……」
「それでいてまともな善性を持つ人間となると、まず絶望的だろうな」
「……せめて戦いに巻き込まれてなければ良いけど……!」
ラウフデル・アレイルスェン教会礼拝堂
私が扉を開けると、一番奥でキエルが拘束されてもがいているのが見えた。その少し手前に剣を携えた私と同い年くらいの少年がいる。
爆発によって教会内部が破壊されたようで、だだっ広い天井に穴が開き、あちこちがぱらぱらと崩落している。
だが、遠目に見てキエルに目立つ外傷はなさそうだ。優先順位の修正は必要なさそう。
私とキエルの間にいるのはアレイルスェン教会騎士団。その中心にいる人物に声を掛ける。これが私からの最後通告だ。
「そこを通しなさい、ゼクスレーゼ。キエルを引き渡してマセリアのいる場所まで道を空けるなら、見逃してあげても良いわ」
「お断りします。我等が教会に仇なすなら、神といえど不倶戴天の敵!ここで討ち取ってみせます!」
ゼクスレーゼはそう言うなり神殺しを構える。
私も懐に手を入れて武器をいつでも出せるようにして走り出す。
周囲の騎士達も昨日のように群がってくるが、相変わらず私の敵ではない。上下左右にタイミングを合わせて軽く跳びながら駆け抜けるだけで、あっという間に突破できる。
ーーミウ、ゼクスレーゼの倒し方を教えてあげる。
バノンには扉の前で待機してもらってる。
「あの槍に反撃したことをかなり屈辱に思ってるだろうから、ミウ以上に狙われやすいと思う。だから俺は姿を見せるのやめとくね。でもミウのすぐそばにいるから」
そう言われた。
バノンの説明をもう一度思い出す。
ーー神殺し、ミストルティン。あれは俺の、いや彼の××××××と同じカテゴリの聖遺物だよ。聖遺物でありながら、所有物と同等……下手すればそれ以上に強い。ミウの今の所有物は戦闘用じゃないからそれだけで不利だって覚えておいて。
そうね、バノン。そんなことも知らずに立ち向かうのは無謀だったのよね。それに。
ーーミストルティンが発動すると、それよりも格下の所有物や聖遺物の効果を打ち消す。だから普段は起動せずに、普通の聖遺物である「無限増殖の金属」「何らかの防御効果のあるマント」を発動させているはずだ。そして、ミストルティンが発動している間はそれらはただの金属、ただの布となる。
ゼクスレーゼや騎士達の肌に聖遺物が長時間触れ続けても身体への影響が少ないのは、定期的にミストルティンの光を放って、そのデメリットごと打ち消しているからじゃないかな。
そんな単純なことだったなんて。すごいトリックでも使ってるんじゃなくて拍子抜けよ。でも、単純なら話が早いわ。
ーーでも、そのカテゴリの聖遺物にはデメリットがある。
普通に発動するだけなら所有物や聖遺物と同じで、名前を呼べばいい。でも本来の力はそんなもんじゃない。最大出力なら、街どころか国を一撃でどうにかできてしまうくらいの威力があるはずなんだ。
そしてゼクスレーゼはミウを最大限に警戒している。普通の発動で倒せなかったからね。だから次は絶対に「それ」をするはずだ。「それ」をすることで、ミストルティンの中に眠っている力がすべて目覚めるから。
私とゼクスレーゼの距離が縮まる。あと十数メートル。
彼女の口から言葉が紡がれる。
ーーそれをしている間も通常発動に近い効果が周囲に出ているはずだ。つまり、鎧もマントも意味を成さなくなっている。わかる?ミウ。その瞬間こそが、ゼクスレーゼの最大の隙。間に合わなかったらミウが死ぬ。でもそのギリギリのタイミングこそが最大のチャンスなんだ。
ミストルティンから発される光がゼクスレーゼを包み込む。その光を浴びるだけで身体に痛みが走っていく。
低く唸るようなゼクスレーゼの声が響く。
懐から武器を取り出す。
ーー世界におけるその聖遺物の役割を思い描き、最大限の正確な言葉でなぞり、本当の名前で呼ぶ。
さすればそれは、使用者の心の奥底とDreaming worldを繋げる媒介となる。
それが「詠唱」。
「大聖遺物No.8 フェーズ3 本運転 詠唱開始。死の荒野にて、嘆きの大地にて絶望を振り撒く邪よ。誤った正義を、悪しき権威を滅するは閃光の穂先、人が持てる最強の力!吼えよ!」
そう、今!
「神殺し!!!!!」
最初に耳に届いたのは破裂音。
同時に全身に鈍い衝撃が走る。
しかし痛みは感じない。あの忌々しい光も目に届いてこない。
間に合ったことを確信する。
発動直前、ほんの一瞬。その刹那を勝ち取った。
槍は騎士団長の手から離れ、床を転がる重い棒と化して沈黙している。
何も掴んでいないその右手は、自らの血で赤く染まっていた。
彼女は自分の身に何が起こっているか最初理解していないようだった。しかしすぐに苦痛に顔を歪ませ、穴の空いた手を押さえ蹲りながら恨みがましく私を睨む。
狙い通りの攻撃ができた。できてしまった。
そのことは私にとっても決して喜ばしいことではないのだけど、ここで負けてしまうくらいなら、もう一度これを手にすることだって受け入れなきゃいけないと思ったから、そうした。
「あなたはこれを知らないでしょうね」
「おのれ……おのれ邪神め……!」
「もう一度言うわ。ゼクスレーゼ、道を空けなさい」
黒く無骨な塊を彼女に向ける。剣より槍より、もしかしたら手鏡より軽い、私の掌に収まるほどの大きさの物体。
それでも鉛色の物体はいとも簡単に人体を抉ることができる。
銃を持つことなんて、他人に向けることなんて、もう二度とないと思っていた。
とても単純な目的。人生を終わらせる意志。それにはこんなもの必要ないと思っていた。
安楽死のための理想の世界にはこんなもの存在しないと思っていた。
でも私はまた戦いの中に身を置いて、文明レベルが釣り合わず意味すらろくにわかってない相手に銃口を向けている。
こんなのは同じだ。
殺して、殺して、数えきれないほど殺した、元の世界の私と同じだ。
逃亡して辿り着いたはずの世界においてですら、私は私の生きてきた世界から逃げられない。
せめて保護なんて、矯正なんて、治療なんて、教育なんてされなければ。
善悪なんて、常識なんて、尊厳なんて、安楽なんて認識しないままただ生きていけたかもしれないけど。
でももう私、手遅れだから。
なおも立ち上がろうとするゼクスレーゼの足にもう一発撃ち込む。
がっ、とよく知る掠れた悲鳴が聞こえる。
「もう理解したでしょう?これは人の手で作られたもの。ミストルティンの詠唱中でも関係ない、影響なんか受けない。そしてあなたより長い間合いで、あなたよりずっと軽い力であなたを殺すことができる」
警告はした。次に銃口を向けるのは頭で良い。これで投降しないなら話し合いの余地はない。
もっとも、最初からなかったのかもしれないけれど。
ゼクスレーゼの足下に転がる薬莢が、ところどころ消えている燭台の光を受けて鈍く光っていた。
再び引鉄に指を掛ける。
これで終わる。
まだだ。
そう彼女の目が言った気がした。
反応するより速く、拳が飛んでくる。
大振りだったから、避けるのは簡単だった。でもふらふらとこっちに向かってくるからこちらの狙いが定まらない。
なんて根性なの、手足を撃たれても臆さず向かってくるなんて。それも銃なんか知らないはずの人が!
神相手に必殺の一撃を出す奥の手であるミストルティン。それをもう手放してしまっているのに、どうして素手で戦おうとするの!?
「血塗れの女王、自在なる鋼鉄!」
「!!」
ミストルティンが沈黙しているということは、他の聖遺物が発動可能だということだ。それがどうした!どんな効果だろうが、ただの聖遺物は神である私には効かない!
そう。
私には、効かない。
だから、何が起こっているのかすぐには理解できなかった。
「あ、あああ!!」
「いやああああ!!」
「からだ、からだが……」
周囲からいくつもの悲鳴、いや。断末魔が聞こえる。
その声の主は、礼拝堂中にびっしりと配置されていた騎士団だった。
身体を覆っていた甲冑が不自然に膨張し、みるみるうちに頸部を圧迫されて倒れていく。
それだけではない。咄嗟に兜を脱いで致命傷を免れた者も、急に増えた負荷によって、全身に硝子のようにひびが入り、膝をついた瞬間に粉々になって砕けていく。
ゼクスレーゼに近い場所にいる部隊から一人また一人と順に呆気なく生命が奪われていく。
ふとゼクスレーゼの手足を見ると、流血が止まっているように見える。そんなはずはない。何の処置もしていないのに、こんなにすぐに止血できるはず……。
そこまで認識して、二つの聖遺物が起こす最悪の事態に思い至った。
「……気付きましたか」
「ゼクスレーゼ、あなた……!なんてことを!」
「そうです、この金属は私が命じる限り、いくらでも増えます。もともと人の身では支えきれない力。いずれは皆こうなっていたのです。それを早めただけで、何かおかしい点でもありましょうか」
「そのマント……あなた!味方を、自分の部下の命を喰っているのね!」
「この血塗れの女王、人が死ぬ時に放出される力を回収して使用者の傷を治癒する、回復に特化した聖遺物。ですが何も無為に命を喰い散らかしているわけではありません。同じ神を信じ同じ理想を持つ仲間だからこそ私を信じて命を捧げてくれるのです。私は彼等の献身に報いるために、あなたをここで倒します!」
「ごちゃごちゃうるさい卑怯者!!!」
白目を剥いて泡を吹いている騎士。
惨劇を目にして震え上がりながらも、逃げる間もなく砂のように崩れていく騎士。
その場から逃げ去ろうとしながらも石のように動きを止め、そのままごとりと首が落ちていく騎士。
絶望や恐怖でパニックになった騎士達の悲鳴が飛び交い礼拝堂中に響き渡る。
しかしゼクスレーゼは彼等のことを一瞥もしない。私に殴りかかることだけ考えている。
この混乱の中では、銃弾が頭や左胸に命中しない。肩や四肢、腹部を鉛玉が貫いても、周囲の騎士を犠牲にいくらでも回復してしまう。
次々に死体が積み重なっていく。何百人、もしかしたら千人ほどいるかもしれない。フロアが用意していた弾倉の数に余裕はあったはずだけど、きりがない。
間合いを取ろうとしてもすぐに詰められる。いちいち狙いを定めて隙をつかれるリスクが高いこの状況では、銃の優位性なんか無い。
慈悲なんか与えてはいけなかったんだ。
猶予なんか必要なかったんだ。
この騎士は、いや、騎士と呼べるの!?
自分を慕って集まった者の命を消費していくなんて、傲慢さをこじらせた神が人に対して為す行いにも等しい。ただの人である彼女が、どうしてそんな真似できるの!?
いや、どうしてかなんてどうでも良い。
死体の手から離れ転がる槍を拾い、彼女は私に向かって斬りつけてくる。
「マレグリット様……マセリア様……!レーゼは……レーゼは騎士になります……!神の血を引かない人間だからだなんて、女だからだなんて関係ない……!最後まで闘う戦士になります……!邪神はすべて砕いてみせます……ですから、ですからどうか、永遠におそばに……!」
彼女が祈るように吐いている言葉なんて、攻撃されている私には関係ない。
「あああっ……!!こんな……こんなところで……」
「たすけて……たすけておかあさん……」
「団長、どうして……!」
時間が経過するごとに、戦闘が一秒長引くごとに死体は増えていく。
確信する。騎士団はプロバガンダのためだけにこんなに大量に集められたんじゃない。騎士としてなんか扱われていない。誇りを胸に戦って死ぬような騎士、きっとここには一人もいない。
それどころか人ですらない扱いだ。こいつの残機として、取り替えのきく部品として確保されていただけなんだ。
この阿鼻叫喚を止められるのはきっと私しかいない。
私が迷ったせいで、私が甘かったせいで、こんなにも多くの人を巻き込んだのなら。
この手で全部終わらせる。
「ゼクスレーゼ、あなたには遺言すら残させないわ。殺してあげる!!!」
弟、思いっきり巻き込まれてますし状況も最悪だよぉ!!!