第41話 恋とハンバーガーと火薬
あーーーー腹立つ!!
ほんっと腹立つ!!!
ふざけんな!ふざけんな!ざっけんじゃないわよ!!!
なんで知らない男がバノンの中にいるのよ!!!
いい加減にして!!!
私とバノンの尊くて愛しくて輝かしい関係性の中に当然のように混じってんじゃないわよどつき回すわよ!!!
バノンみたいな可愛い女の子を苦しめるなんて世界で一番重い罪じゃないのよ!曲がりなりにも神のくせに死に際に罪を重ねるんじゃないわよ往生際が悪い!
バノン完全に怯えてるじゃない!言いたくないこといっぱいあっただろうに、ここまで言わせる!?
ねえ、バノンにここまで言わせる!?!?!?
いい加減にしてよ本当に!!!
倒し方はまだわからないけど、そんなの関係ない!全く関係ないわ、方法なんかどうでもいい!!!
絶対絶対ぶっ殺す!!!慈悲など要らないわ!!!
「ミウ、あの……」
「何!?バノン!何でも言って!」
いつになくおずおずとバノンが切り出す。いつもどこか余裕ありげに微笑んでくれるのに、今は笑顔の中にも不安がはっきり見てとれる。
こんな不安にさせてるの、どこのどいつよ!ここにいるそいつでしょ!バノンの身体の中じゃなかったら吐くまで殴ってたわよ!
「それで、ゼクスレーゼのことなんだけど」
そうだった!そもそもゼクスレーゼと交戦してこういうことになったんだった!あのクソ騎士覚えてなさいよ!!!
「何?代わりに殴ってあげるわよ!何発がいい?」
「そういう話じゃないんだ」
「どういうこと?」
バノンの顔を覗き込もうと身を乗り出すと同時に、くう、とお腹から音がした。
「……先に食事にしましょうか」
「そうだねミウ」
そんなわけで、市に来た。数日前来たばかりなのに、久々な気がする。相変わらず人で賑わっていて、お昼時だからあちこちから食べ物の良い匂いがする。
この前はキエルの分もあったからフロアに払ってもらったけど、私だけならお金なんか持たなくても何かしら出してもらえる。同伴者一名くらいで嫌な顔されたりはしない。
「おっちゃん、ぴちぴちさかなバーガーふたつ」
「あいよ!」
注文した品を待ちながらバノンに話しかける。
「そもそもゼクスレーゼがあの時何をしたのか、そしてゼクスレーゼに何をしたのかって話よね」
「つまりはそう。でもそれより本質的なところまで『彼』は気付いてるし、君に教える気だよ。もう既に俺に色々説明してるもん」
むむむ。私の預り知らないところでバノンと会話してるのがイラッとくる。
「神様とお嬢ちゃん、ゼクスレーゼ様に会ったのかい?」
ぴちぴちさかなバーガーを手渡しながら店主が話し掛けてくる。宗教色の薄そうなこんな市でも話題に食いつかれるくらい、本当に。
「有名人なのね」
「ああ、知らないやつなんかラウフデルにはいないよ。それに、これは自慢なんだけど、うちの娘は騎士団に入ってるのさ。もう三年ほど前になるかな、入団が決まったときは一家総出で盛大に祝ったもんさ!」
「……そう」
店の前から立ち去って、市から少し離れた水路沿いまで歩いてきた。並んで腰掛けて、まだほかほかのぴちぴちさかなバーガーを頬張る。
バノンも黙々と食べてる。
日に日に冷たさの失われていく風が私達を撫でるようにふわりと通り過ぎていく。
「……静かね」
「そうだね」
前と同じで外で飲食するのでも、キエルがいたらうんざりするほどやかましかったんだけど。
何せ大都市の市の近くだ。人々の足音や話し声があちこちで聞こえる。バノンと二人で旅を始めた頃は、静かだなんて思わなかっただろうな。
……いい加減、キエルのこと回収しないと。顔は合わせているのに、二日前まで会話してたのに。随分長い間会っていないような気がする。
また教会に乗り込まなくちゃいけない。……でも。
「やっぱり『人』と戦うのは嫌?」
見透かすようにバノンが訊いてくる。
「それはそうね。正直うんざりだわ」
騎士はたくさんいるけど、大した脅威じゃない。さっきの店主の娘みたいな、どこにでもいる市民だもの。適当にかわしていればわざわざ殺さなくても隊は勝手に瓦解することは昨日の戦いで見せつけられたばかりだ。
でも、ゼクスレーゼはきっと。
「彼女のこと、殺すかもしれない」
「ミウ、乗り気じゃないみたいだけど」
「……そうね」
人を殺すなんて、神から人に対する最大の干渉だ。
逸脱にも程がある。そもそもとっとと死んでない時点で、神としてあるべき姿からはとっくに逸脱しているのかもしれない。
「……それに」
「それに?」
「……ううん、なんでもない」
そう、神のことはもう何人も殺してるんだ。
邪魔するなら殺すって、愛のために死神になるって決めたんだ。それが人だってきっと同じだ。
だから。
「こんなはずじゃなかった」なんて。
「こんなことするために来たんじゃない」なんて頭の一番端っこの片隅ですら、思っちゃだめだ。
ふるふると首を横に振って邪念を払う。動くとばさばさした長い髪が顔にかかって鬱陶しい。やっぱり切ろうかしら。
私が髪を整え直すのを見届けてからバノンが口を開く。
「……彼女の槍、あれが一番強いよ」
「神殺しよね。神に特別効く攻撃ができるってことよね」
「そういう使い方をされてるね。でも定義はもっと広いよ」
「つまり?」
「他の所有物や聖遺物の効果を打ち消せるってこと。範囲や時間には限りがあるし、相対する所有物や聖遺物が格上なら大きく効果は落ちるけどね」
「ん?神同士ならそもそも所有物って滅多に効かないんだけど……ていうか格上?神は普通みんな対等よね?そりゃセルシオルはちょっと力の量がおかしかったし、マセリアもたぶんそうかもしれないけど……でも、原則は変わらないはずよ」
「……そう、それが君が知ってる情報。でも、あの槍の持ち主とまともにやり合うには、改めなきゃいけない」
「例外があるの?」
「うん。……正直、本来どっちが例外だったのかわからなくなるけど」
内側から「あいつ」に何か言われてるのか、許された言葉を一つ一つ選ぶようにバノンは続ける。
「あれは聖遺物だよ」
「えっ?そんなはずないわ、所有物のはずよ」
神の直接の持ち物、所有物。
持ち主なき後の遺物。
その力の大きさ、濃さ、効果範囲は、神ならば見てわかるほどはっきりと差があるものだ。
神である私が、所有物と遺物を間違えるはずがない。
「君ならそう感じるのも無理はないし、そう考えるのが自然だ。君がそう認識すると考えたから、ゼクスレーゼも『所有物』って呼んだんだと思うよ。マセリアの力を大きく見せて脅そうとしたんだろうね」
「待って、ゼクスレーゼの持つもの、三つとも!?」
「そうだね。『神殺し』の力は多すぎて溢れるくらいだよ。だからそばにある、普通の聖遺物であるマントや鎧まで強く感じられたんじゃないかな」
「それじゃわからないわ。遺物がどうして所有物レベルに強いのよ、正式な持ち主が使っているわけじゃないのに!」
「……ミウ、ゼクスレーゼの倒し方を教えてあげる」
バノンの瞳の奥が暗く揺らいだ気がした。
不自然な返事が中にいる神の意思を物語っている。
「理由までは教えない」って。
そんなこんなでバノンから説明を受けて、納得いかないなりに理解した。
「これ本当にそいつがやれって言ったの?」
「ちょっとミウ任せ過ぎるよね、俺結局また何もしないし」
「それは良いのよ別に。でもなんていうか、雑な作戦よね……」
「力が大きければ大きいほど雑にやってても勝てるから、物事を深く考える習慣がないんじゃない?そういうとこあるんだよ」
「あからさまにそいつへの嫌悪感出してきてるわねバノン」
白い蝶がひらひらと風に乗ってやって来て、バノンの鼻に止まる。少しびっくりして見開いた目をすぐに細めている。
優雅でゆっくりした瞳の表情の移り変わりを見ていると、本当にお姫様だったんだなって思う。
でも今は私だけのお姫様だから、私が守ってあげなくちゃね。
騎士なんて呼び方、この街ではろくなもんじゃないけど、それでも騎士気取りのことくらいはしても良いでしょ。
立ち上がろうとするバノンに手を差し伸べる。
「お手をどうぞ」
「ありがとうミウ」
ハーフラビット社に戻ってフロアの机の方を確認すると、出先から戻ってきたみたいで忙しそうに書類の処理をしていた。
高速で手を動かしてるフロアに、背後から簡潔に声を掛ける。
「フロア。また私達特攻行くわ」
「そう言うと思った」
目も合わせずに引き出しから黒くて硬い箱を取り出して、後ろ手に手渡される。
それを何の気なしに開けて、驚いて取り落としそうになる。
「気を付けてよね、ミウ」
「……ちょっと、何よこれ」
「僕には使い方すらよくわからないものだけどね」
「そうじゃなくて、どうしてあなたがこれを持っているの?」
「またその手鏡で槍と戦うつもりじゃないよね?これくらいは用意しといた方が良いと思うけど」
振り返らずに、ペンを額に当てながら彼は呟く。
「何年も前に、もっと進んでる社会から持ち込まれた、聖遺物を模造したものだよ。機械だからね、神の力なんかなくてもそれなりに使えるはずさ。でも所詮は模造品だから、使ったらまずまずの確率で壊れる上に直せないよ」
「ポンコツじゃない」
でも、まあ。バノンから聞いた作戦とは、厭らしいくらい合致してしまう。むしろ当初の予定よりずっと確実性が増してしまった。
「バノンもミウと一緒に行くんだ?」
「特にできることは今回ないよ。でも行ってくるね」
「ふーん、無意味だね」
フロアの物言いにイラッとして椅子の足をげしげし蹴る。
「やめてよミウ」
「まあまあミウ」
「バノン、止めないで。今私すごく腹立ったのよ」
「言い訳じゃないけどさ、馬鹿にしたわけではないよ僕は。意味なんかなくてもそばにいるのって、案外すごく大切なのかもしれない。ミウみたいなのとつるんでるなら特にね」
「どういう意味よ」
「そのまんまの意味さ。あっ、そうそう」
わざとらしくフロアが振り返る。今日初めて目が合ったかもしれない。
「今夜は夢鏡を発動しといた方がいいよ」
夢を、見ている。
「ミウちゃん」
声が聞こえる。
「キエル、どうしてる?」
「今日フロアくんに、箱があるかどうかだけ確かめてってお願いされたんです」
「箱?」
「だいたいこんな形と大きさだよーって絵を見せてもらって。それで行けるところ全部探して、それらしいのは見つけましたよ!中に字も書いてありましたよ~!えっへん大収穫でしょ!」
「何て書いてあったの?」
「それがですね……」
1,3,7,8:C
2,6:P
4,5:U
「ーーって!」
「何のことだかわからないわね……」
「あと、フタにも何か書いてあったんですけど、字がむずかしくて全部は読めませんでした!それに開けてからずっと変な音がしてるんですよ!どうしましょ~、こわしちゃいました!全然直らないのでもう枕元に置いて寝ちゃいました!すやあ……」
「ちなみに、読める字はあった?」
「なんでしたっけ……確か……えっと。このはところ、アリ……以外があけると……モチのために一時間で……四して木っになります!みたいなことが書いてありましたよ!」
「アリ?モチ?」
まって。それって。
「キエル!起きなさい!それ捨てなさい、今すぐ部屋の外に投げて!!!」
そう叫んで、飛び起きて数秒後に轟音が教会の方から響き、少し床が揺れた気がする。
慌てて外に出ると、もくもくと黒い煙が上がって風で運ばれてきているのがわかる。
なんてこと。
「どうしたの?ミウ」
後を追ってきたバノンも、その異様な光景に目を白黒させている。
たぶん、たぶんだけど。
「この箱は所有者以外が開けると機密保持のために一定時間で爆散四散して木っ端微塵になります」
って書いてあったんじゃないの!?
こんな大事な注意書きが読めなかったのねキエル!こんな爆発の中で無事で済むなんて思えない!
「行くわよバノン!」
「はーい、ミウ」
助けに行かなくちゃ!
その頃、アレイルスェン教会内
「どどどどどうしましょ~!!夢でミウちゃんに言われた通りに廊下に投げたら床が抜けちゃいました~~!壁とかもところどころ壊れてます~!!」
「キエル今の音何!?ゲホッガホッ、何この煙!?ちょ、息が苦しい……」
「床にあいた穴から下に行けますね!やったーこれで脱出です!!!そうと決まればフライハイ!」
「こら!勝手なことするんじゃないよ!」
「ちょっとミラディスくん脚にしがみつかないでください!バランスが……きゃーっ落ちるーー!!!」
「うわーーーーー!!!!!」
「きゃああーーー!!!!!」
キエルの急な飛翔に、咳き込みながらも持ち前の瞬発力で喰らいついたミラディス。彼等は真っ逆さまに落下しながらも、キエルの必死の羽ばたきで、最下層の床にふんわりと着地できた。
「あいたたた……ミラディスくんのばかー!いきなり何するんですかー!」
「君に逃げられたら兄さんとレトの身の安全が保証されなくなっちゃうじゃん!ていうか結局僕等の村はどうなったのさ!」
「知るわけないじゃないですか!」
コツ、コツ。
キエルとミラディスの言い争いがふと止む。
足音と共にやって来る緊張感漂う気配を感じ、二人は身を強張らせる。
「……この爆発はあなたが?」
ゼクスレーゼ騎士団長が、笑みの消えた表情で現れた。
その声は普段の彼女を知る者ならば別人かと疑うほどに冷たく、鋭い視線は一睨みで少年少女を震え上がらせるに十分だった。
「神聖な教会を身勝手に破壊したのはあなたですかと訊いているのです、キエル・セルスウォッチ」
気付けば二人は、四方八方を騎士達に囲まれている。
見渡せばそこは礼拝堂のようで、上から落ちてきた瓦礫にまみれている。石像や絵画が損傷しているのも見える。
「キエル・セルスウォッチ。あなたを拘束します。ミラディス・アイフレンド、手は出さないように。さもなければ、解っていますね?」
「……はい」
「いやっ……!!」
キエルはゼクスレーゼに睨まれながらあれよあれよと言う間に騎士達に猿轡を噛まされ手枷と足枷を嵌められ、更に足枷に重りをつけられて身動きが取れなくなる。そしてそのまま内陣の奥に転がされた。
涙目で身体をばたつかせるキエルと、その側でおろおろしながら座り込むミラディスを一瞥もせずにゼクスレーゼは告げる。
「キエル、あなたを尋問にかけるのは後にしておきます。ミラディス、決して逃がさないように」
彼女は、扉を見据えていた。
彼女だけではない。彼女が率いる騎士団も全員が陣形を組んで、敵の襲撃に備えている。
ゼクスレーゼの敵が、騎士達の敵が。
もうすぐ、数える間もなく現れる。
粉雪のように静かに、吹雪のように激しく、蹂躙しにやって来る。
キエルもまた、扉を見つめた。
誰が来るのかはもう分かっている。
扉が開け放たれる。
月のない星空を背景に、空色の長いポニーテールが風に揺れている。
いつも通りの無表情を湛えた青い瞳に映るのは、敵かそれとも友達か。
どちらにせよ、淡々としながらもはっきりと、全員に聞こえる声量で彼女は宣言する。
「神様が来てやったわよ、感謝なさい」