第38話 熱砂の王国?滅べ!
バノンは何かを決意して話そうとしたけど、ふと思い立ったように立ち上がり、部屋の中のメモ帳とペンを取ってきた。
せっかくなのでそのままお互い軽く身支度を整えてから、改めてソファーに並んで座り直す。
「俺の父親って国王なんだよね」
「初耳だわ」
「ずーっとここから西の国だよ。湿地も荒野も越えて、ずっとずっと西の乾燥したところ。山や森が近くになくて、建物は全部石でできてるんだ。日の当たるところはすっごく暑くて、でも影に入るとひんやりしてるんだよ、寒いくらいにね。もちろんあの雪原ほどじゃないけどね。あと、星はほんとに綺麗に見えるんだよ」
「砂漠地帯なのよね、あなたそう言ってたわ」
「そうそう、俺の家はこんな感じ」
バノンはそう言って、メモ帳にさらさらとペンを走らせる。その手の優美さ、指の長さについ見とれてしまう。
バノンはいつ見ても綺麗だ。綺麗すぎるあまりいつも言葉を失ってくっついてしまうけど、横顔だけでも触れてなくても綺麗で可愛くてパーフェクトだ。
吸いついてしまいたくなるくらい、しっとりときめ細やかな肌。
耳くらいの高い位置で切られている焦げ茶色の髪は、子犬の和気のように細くてふわふわしている。
前髪も短くて、眉毛に太さと濃さがあってなだらかな形に揃っているのがよく見える。
びっしりと隙間なく生え揃った睫毛の奥に、いつもふんわり笑ってるから鋭い形であることがわかりづらい、大きい目が覗いている。
横から見たら鼻が高くて唇が厚いのもよくわかる。
バノンはバノンと言うだけで美しいけど、ひとつひとつのパーツだって見ているだけで熱に浮かされそうなほど綺麗だ。
その耳にたくさんついてるピアスも、伸びかけの髪が目に入らないように額に巻かれた白っぽい布も、どこから腕が出ているのか構造がよくわからない布を巻きつけたような橙色の服も、全身あちこちを彩っていてお揃いのブレスレットだけが浮いて見えるような大きくてじゃらじゃらとした金属のアクセサリーも、何もかもが不思議な雰囲気で惹き付けられる。
少し低くてハスキーな声も、紡がれる言葉も優しくて好きなの。
自分のこと「俺」って呼ぶところも、キエルにくん付けで呼ばれたがるところも、澄み切っていながらどこか蜃気楼のようにぼんやりして掴み所のない雰囲気にしっくりきてると思う。
バノン。どんなに少ないことしか言えなくても、あなたの言いたいこと、全部知りたいの。
きっと、今描いてる絵もきっと重要なヒントなんだわ。込められた想い、全部読み取ってみせる!
「ミウ、できたよ」
「………………」
なにこれ
なにこの……ぐちゃぐちゃした線。
丸なのか四角なのかよくわからないけれどそこそこの面積をとっている歪みきった図形。
線がどこからどこに伸びているのかわからないというか、どこからどこまでが一つのものを表しているのかすら……
なにこの……何???
「えっとバノン、これが砂漠でこれが……ライオンね!」
「えっ」
「なかなか可愛い顔をしているわ、これあなたのペットね!!」
「えっ……?」
「広大な砂漠をりりしく歩く獣を描いたのね、流石バノン天才よ!」
「……俺、建物しか描いてないよ?」
「えっ」
……これが建物だとしたら、倒壊してないかしら?
瓦礫の山に見えなくもないんだけど……。
「これ、ライオンの胴体じゃないの?」
「これ俺の家だね、宮殿なんだよ。ここからここまで全部家だよ」
「えっこれ砂漠じゃないの?」
「ガラスとかなくて、布がそれぞれの窓にかけられてるんだよ。色も模様も種類がいっぱいあって、風になびくんだ」
「このボツボツしたのは窓なのね。で、ライオンの首が屋根に飾られてるの?」
「……ライオンって、そんなのいないよ?」
「…………えっ、このギザギザした大きいのは……」
「太陽だね」
「太陽…………太陽!?大きいわね……」
「日差しが強いんだよ、俺のいた国」
「日差しが強いのは太陽が大きくなってるからじゃないと思うわ……」
いけないいけない。私としたことが、バノンの言いたいことが本気でわからないと思ってしまった。
「それで俺の父親はこんな感じ」
「……球根……?水につける感じの」
「この白い帽子が王の証で、宝石がいっぱい嵌め込まれてるんだよ」
「この絵、人だったの……」
少し悩みながら再びペンを走らせるバノンの手を掴む。
この私がバノンの行動を制止するなんて、なんという屈辱……!
「できれば絵じゃなくて言葉で説明して……」
バノンは一瞬目を大きく見開いて、首を傾げて私と絵を見比べる。わーん!可愛い!
そして、話は紡がれる。
「で、この父親なんだけど。俺のこと生贄にしたんだよね」
「!?」
「俺、跡継ぎでもなんでもないし。山のようにいっぱいいる一夜妻がうっかり孕んでできた子だし、本来王族扱いされるような立場でもないんだよね。そもそも女に王位継承権はなかったと思う、確か」
「……そうなの」
「生まれつき持ってた大量の力を狙って神がいっぱい寄ってきて初めて、俺の存在知ったんじゃないかなあの人。物心ついた頃にはもう既に宮殿どころか、奥の祭壇から出ることを許されてなかったなあ。自分の言葉を発することも、立って歩くこともだね。言えと言われたことしか言わず、しろと言われたことしかしてなかったなあ。まあほとんど『何も言わず座っていろ』なんだけどね。破ったら世話をしてくれてる侍従を一人ずつ目の前で殺されるから仕方ないよね。それに何の意味があるのかわかんない金銀の装飾で全身覆われてたから、どうせ重すぎてろくに動けなかったし」
「……っ」
まだ本題に入ってないけど、真相のかけらもわからないけど、現段階でひとつ言えることがある。
どれだけ大きくて立派な宮殿があっても。
どれだけ風になびく布が彩り鮮やかでも。
どれだけ星が綺麗でも。
今すぐ滅べ!!!!!
「まあ、なんでそんなことしてたかっていうと、神を誘き寄せるため以外ないよね。国王は訪れる神々に俺のこと『殺す以外何をしても良い』って伝えたんだ。神は俺からいくらでも力を吸い取れて、それでも俺の力は尽きることはない。奪われ過ぎて生命維持すら難しくなって死にかけたって、死ななかったらまた再生するし。色んな神が来て、その度死にかけたけど結局死ねなかったなあ。俺の力の再生が遅くて、苛々した神に壁に傷が付くくらい蹴り飛ばされたこともあったけど、それでも死ねなかったんだ。俺のこと独占するため何回か祭壇から拉致されかかったこともあるけど、その度に別の神が横槍入れてきて、そういう場合は神同士で殺し合って結局両方死んじゃったね、大抵」
「ひどい……」
「ひどいかな?でも国王にとってはお手軽だったと思うよ。取るに足らない末席の子供一人差し出せば、所有物によって水とか珍しい素材とかエネルギーとか色々、得られなかったはずのものが得られるんだから。王や家臣だけじゃない。人々の暮らしだって俺が生まれてから年々裕福になってたみたいだし、誰一人不幸にはならないならそうするよね」
「誰一人って……!バノンは……!」
「俺だって自分が不幸だとは思ってなかったよ」
そう言ってふんわりと微笑む彼女の目の奥に、光のない乾いた夜が見えた気がした。
「変わったのは……そうだね。何年前かは忘れちゃったけど、あいつが来てからだよ」
「あいつ?」
「…………名前は、言えない」
「……そこにいる神のことね」
もうとっくに怒り狂いそうなんだけど、殺意しか湧かないんだけど。
でもバノンの目が語ってる。
「これからもっとひどい話になるよ」
って。