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第4話 竜神の至宝!?知らん!

「マナウエビと大陸タマネギのマリネでございます」

「鯛のカルパッチョ5種のドラグーンハーブ仕立てでございます」

「岩牡蠣でございます。マナライムかドラソルトをかけてお召し上がりください」



海鮮料理がテーブルの上に次々運ばれてくる。

私とバノンは何やら不可思議なパッチワークで彩られたソファーに案内され、勧められるがままにもきゅもきゅと食べている。


今いる屋敷には窓がなく、屋根は草のようなものを編んで造られているように見える。青く広がる海のすぐそばに建てられており、ここだけではなく海岸に並ぶ家々から長い桟橋がよく見える。

だが、今いるこの家が一番大きく、桟橋も長くて所有している船も多いようだ。


使用人に洗濯されたばかりの私達の衣服が干され、風にたなびいているのが見える。

この地域の特産品らしい、見たことのない構造の布を着替えとして貸し出されている。風通しがよく、この暖かい気候の中では粗い肌触りも心地良いくらいだ。




エズと名乗る男性に連れて来られた家で私達は歓待を受けていた。それ自体は特に不自然じゃない。

私は神で、人は神に対しては好意的な態度を取るように設定されている。

崇められたり、接待を受けたりということもあるし、敢えて距離を置いて「そっとしておいて」くれたりもするらしい。だから自宅に招かれて食事を出されることは何ら不思議なことではないのだ。


たった一点を除けば。

「あなははひなほひなれほんはほほほひひうおお(あなた神なのになんでこんなところにいるのよ)」

「ああ、ちゃんとお答えしますからゆっくり召し上がってくださいお嬢様方。お味はいかがですか?」

「ほいひいは(おいしいわ)」

「それは結構」



うん、おいしい。魚介類をこんな新鮮な状態で食べるの、私は初めてだ。

肉厚の切り身が舌の上で踊るように弾む。

控えめにハーブや塩で味付けされており、少し噛むだけで香り高さが魚介の風味と混じり合って口いっぱいに広がる。

柑橘系の酸味と共に喉の奥に滑り込ませる貝の軟らかさも、初めて経験するものだ。

もう既に普段の食事よりたくさん食べているような気がするのに、ついつい手が伸びてしまう。



隣にいるバノンもそこそこの量を食べて、今は何やら縁が赤い果物で飾られた器で、これまた赤いジュースを飲んでいる。

「一口ちょうだいバノン」

「いいよミウ」

差し出された器の、バノンが口をつけた箇所より少し横から甘い液体を啜る。

結婚相手に甘やかされて、隣にずっといてもらって、飲み物まで自由に与えられて。

こんな贅沢が許されているのは Dreaming world 広しと言えど私だけなのではないか?もしかして私は全世界において、幸せの記録を更新しているのでは?



しかしどんな甘い時間においても、懸念材料は潰しておかなくてはいけない。それが責任ってもんだ。責任の意味とかまではよく知らないけど、きっとそうだ。



「それで?神が神を接待してるってどういうこと?そもそも治めてるって何よ。神なんだから政治なんかする必要ないでしょ。こんな大きい家まで与えられたのか建てたのか知らないけど。とっとと死になさいよ、結構ここ良いところじゃない」

バノンに軽くもたれ掛かりながらエズに問い掛ける。

側に控えている使用人を下がらせもしないで彼は曖昧に微笑みながら答える。

「私だってそうしたいのはやまやまなんですけれど、そうもいかなくて」



どうやら事情があるらしい。うげ、長話になるのかな。掘らなきゃよかった。面倒臭い。

「この地帯、マナウ海域なんですが色々と人々の事情が複雑でして」

「複雑って何よ。どんな事情があろうと人の社会なんて介入しても無駄無駄。必要ない仕事が増えるだけ」

「最初は私もそう思っていたんですよ。ですが私の所有物(ポゼッション)がその問題と丁度噛み合ってしまいまして」

「は?所有物(ポゼッション)なんか使ってるの?自分のためじゃなくて人のために?あなた本当に何やってるのよ」



所有物(ポゼッション)。この世界において、私達「神」の力を最も端的に表す物体。

Dreaming world にログインする際、衣服とは別に一つだけ自由に持ち込みが許可される「もの」。

それは本であったり武器であったり、形状は様々である。

その最大の特徴は、この世界に設定されている法則をねじ曲げることができるということ。

私が聞いた中では、振るうだけで音速を超えて敵を屠る剣や、書いてある通りに歌うだけで人の精神を操る楽譜等があるらしい。

それらを所有する神同士での使用には効果がないが、NPCである「人」にとっては奇跡の所業である。何せ、神が死亡した後に所有物だけ残ってもその効果の何割かは健在のものも少なくないそうで、それを人は聖遺物(レリック)と呼んでいるらしい。



何が「聖」だ。くだらない。この世界における神は、私達が元いた世界のそれとは違う。人を導いたり救ったりはしない。ただ死ぬだけの存在だ。所有物の持ち込みを許可されているのも「より理想的な死に方をするために細かな設定変更を許可されている」というものでしかない。

所有物の効果ですら、神が名前をつけることで初めて定義されるのだ。それが意図に反する効果でも、決まってしまったものはそのように使うしかない。むしろ必ずしも使わなくても良いのだ。



その所有物を、人の事情の問題解決に使っていると聞いては、目の前の神に対して不信感しか抱けない。


「そう睨まないでくださいお嬢さん。悪気はなかったんです、本当なんです」

「言いたいならさっさと言えば?」

「ここの人達はほとんどがこの地に長年住んでいる民族なんです。主に漁で生計を立てています。しかし近年、近くの高山地帯にいた神が死んだらしいのです。そこで飛竜が繁殖させられすぎていたために、餌の奪い合いの末にこの海域まで降りてくるようになりました。みるみる魚を奪われて、大漁の年でさえも貧しい暮らしを強いられる時が少なくなかったそうです」

「へー、ふーん」


神が噛んでいたとは言え、野性動物が人の社会を脅かすまで繁殖するのは世界のバランス調整ミスだろう。Dreaming world は元の世界にかなり寄せて作られているが、社会を破壊するほどの規模の災害や鳥獣被害は出ないように設計されているはずなのに。

結構そのへん緩いんだな、この世界。まあ死のうとしている奴やそれをもてなすNPCの安全なんて、緊急対応すべき課題でもないのかな。


「その話を私も最初はお気の毒、ご愁傷様と他人事のように聞いていたんです。しかし私の所有物である宝珠(マニ)がたまたま飛竜を弾き返してしまいまして」

「あー、あなたが手に持っているその丸い宝石ね」

「どうやらこの宝珠で飛竜を思い通りに操ることができるらしくて」

「よかったわね。とっとと死んで聖遺物として残せば?」

「ところがそうもいかないんです。飛竜の脅威から逃れたこの海域を、他の国の船が狙うようになって。そうなったらパイの奪い合いですよ。酷い時は武力行使にまで出られます」

「神相手に?おかしな人もいたものね。それに飛竜を操れるのなら使役しての撃退だってできるでしょう?」

「…………お嬢さん。神を、いえ『神と名乗っているただの愚か者』を舐めない方が良い」

「どういうことよ」



沈んでいく、いかにもありがちな橙色の夕陽を浴びながら言葉を返す。

その向こう、遥か遠くに自然光とも漁火とも違う光が微かに見えた気がする。

「気付きましたか」

「あれは?」

「神です」

「神はあなたでしょ」

「いいえ。ここより南の大陸方面から襲来する別の神です」



その意味を私が理解するには一呼吸必要だった。

一呼吸で十分だった。


「……ばかじゃないの」

私が動揺していても、隣にいるバノンは変わらずニコニコと微笑んでいる。まあ私も動揺しているからといって表情が変わったりはしていないだろうけれど。

エズが沈痛な面持ちで言う。





「私と海神リガルタは紛争状態にあります」

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