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第29話 地獄の釜の蓋が開く

修行七日目。つまり、最終日。



俺とヨイテは何事もなかったかのように、よりいっそう負荷をかけた筋トレ、基本的な魔法のよりシビアなコントロール、更なる仮説の展開による応用、道具への転用に繋げるための検証等を行って、最後に走り込みで締めた。





ヨイテは訓練が終わるまでずっと、関係ないことは何も言わなかった。

俺も言う必要ないと思った。





「おい」

「ひゃっ!」

いつの間に用意していたのか、背後から首元に水で濡れた布を当てられる。

「何を呆けてるんだ」

「いや……その……」

「念のため言っておくが」

「なんでしょう……」

「あんなので主導権を握れたと思うな」

「は…………」



あんなの。

あんなのとは。

間違いなく昨夜のことを言ってるんだと思うけど、でも。


力なく項垂れていたあのヨイテはどこ行ったんだろう。虚勢を張って壊れそうで、俺がその気になればどうにでもできそうなくらい弱々しくなかったっけ?


でも今は、反り返る勢いで背を伸ばして胸を張って、俺より小さいのに見下ろすような表情で、きっぱりと宣言してきた。




「私はお前のことを諦めてなどいない。そのひねくれ曲がった根性ごとこの手で直してくれる、光栄に思えクソチキンヘタレ!」

「えっと、その……ヨイテさん……?」

「何ニヤついてるんだ気っ色悪い。わかったお前、素の性格が悪いんだな。それであれだけ純朴善人ヅラし続けていたことは褒めてやる。だがあまり舐めるなよクソガキ、私はお前より絶対いついかなる時も圧倒的に完璧に強いのだからな!」

「ひどい言われよう!!しかもガバガバ!!」

「口答えするなぶち殺すぞ貴様!」

「死なせないって言ったくせにーー!!!」




しかも胸やら肩やらをあちこちぽかぽか殴られてる。

「いたいいたいやめてください地味に痛いです」

「痛くしてるんだわからずや!こんな緻密なトレーニングメニューで鍛えてやったのに最後の最後で怖気づきやがって契約内容までノリで変えようとしやがって本当にふざけるなよ!この程度で済ませてやっていることを感謝しろボケナスのすっとこどっこい!」

「そこまで怒らなくても!」

「悔しかったら自分で怒ってみろ!どうせ私を言いくるめて一人で気持ち良くなってたんだろド変態!けだもの!シンプルにクズだなお前は反省したらどうだ!」

「もう言ってることめちゃくちゃだー!!」




ここまで性格をけちょんけちょんにけなされること、まずないのに!

今まで申し分のないくらい謙虚で誠実で質素で気丈な俺だったよな!?



……いや、何を言ってるんだ俺は。

脳内とは言えこんなトンチキで自信満々な発言をするなんて完全にヨイテのノリに引きずられている。やめやめ、忘れよう。




山から降りて、辺りを見渡すと、夕暮れ時ののどかな農村が見える。




「ていうかヨイテ」

「なんだ」

「ここ、アイルマセリアだよな?」

「そうだが」

「帰らないって言っただろ!なんで戻ってくるんだよ!」

「家に帰すまでがメニューだ。出て行きたいなら自分で勝手にしろ」

「だから俺はこれ以上ここにいちゃ」

「別にここで私を振り切ることもできるが?私の口から弟と妹に説明してやるくらいには人の心があるぞ」

「…………そ」

「ん?」

「ヨイテこそ、性格悪くないか」

「どうせ悪徳業者だ」

「根に持ってる!!」



惜しまれるうちに村を出ていけば、ちゃんと最後まで良い兄のままで終わらせられると思ったのに。それがきっと誰にとっても最善の選択だと思ったのに。

誰も知らない場所で特に得るものがない暮らしでも、彼女に罵られながらでも別に良いって、本気でそう思ったのに。






やかましくてやたらベタベタしてくるミラの声が。

気に入らないと黙って反抗してくるレトの目が。


そういう内心ちょっと、いやかなーり面倒な奴等があと少し歩いた距離にいる。よく知ってる村の空気を吸っただけで、ぶわっと今まで一緒に過ごした日々が甦る。

俺のこと見つけたら目を輝かせて一目散に駆け寄ってくるのが想像できる、それだけで。




「いや無理」

「何が」

「うちの子達普通に可愛すぎて無理、会ったら絶対別れらんない……」

「情緒不安定か?」

「ミラとレトが可愛いことヨイテも知ってるだろ!あんなの無理だって!」

「その可愛い弟、私のこと泣くまでいびるって言ってたよな」

「絶対全力疾走して寄ってきて俺のところに辿り着くなりバテて倒れるだろ二人とも……うわめんどくさ……最高……やっぱり俺がいないとだめだ……村出ていくのやめたい……でも出ていかなくちゃ……しんど……無理……」

「感情をもう少し統一しろ、あと一番面倒なのはお前だ」




昨夜とは違う意味で、こんなにヨイテが感情を顔全面に出すなんて珍しいな。

そんなにドン引きされるようなこと言ってなくないか?俺なんか悪いことしたか?






ざっ。




足音が聞こえる。来た。






とてててて。







「エメ兄!」

「レト!ただいま!」

「エメ兄、どうしよう……どうしよう……!ミラ兄が、ミラ兄が……!」

「レト、落ち着け。大丈夫だから」


久々に会ったレトマーナは、怪我や病気なんかはしてなさそうだったけど、一晩寝てなさそうな顔で。

ひどく取り乱して、俺の顔を見るなり堰を切ったようにわあわあ泣き出した。





「どうしたんだレト、言ってみな?ゆっくりでいいから」

「……のね、あのね」

「うん」

「ミラ兄がおじいちゃんにさらわれちゃったの!」




「…………うん?」





は?





はい!?






誰が、誰にって!?


村一番の剣士が、とっくに死んだ先祖に!?






とりあえず家に入ってレトの話をちゃんと聞こう。

涙と鼻水がとめどない。泣きすぎて息もぜえぜえ言ってる。膝に座らせてぎゅーっとして背中をさすり、落ち着くのを待つ。



やがて、レトがぽつぽつ話し始める。

「あのね、昨日ね……」








昨日の夕刻(エメルドの訓練六日目)








「このおかずは温かいうちにお食べよ、こっちは冷めてもおいしいから明日の朝ごはんにしなね」

「ありがとうおねーさん!いつもおいしくて毎日食べても飽きないや、旦那さんたち幸せ者だねえ」

「あらやだお姉さんなんて、こんなおばちゃんに。ミラディスくんは口が上手いねえ。じゃあおばちゃんもう行くけど、戸締まりしっかりするんだよ!明日はお兄ちゃん帰ってくるんだから元気な顔見せたげなよ!」

「はあーい!おねーさんも気を付けてね!」






「……はあ」

「ミラ兄、だいじょうぶ?」

「大丈夫じゃない。兄さんが不足して死にそう。こんな寝取られってある!?兄さんがいない世界なんて水のない海だよ、布のない服だよ、お米のないおにぎりだよ……。味気無いとかそういうレベルじゃない、『無』だよ……」

「ねとられ……?」

「もうちょっと大人になったら説明したげる……はあ……『無』……」

「元気出して!エメ兄が帰ってくるまであと一日じゃん、ねっ?」

「レト……レトはどこにも行かないでね……どこの馬の骨かわかんない奴についていっちゃだめだよ……わかっててもだめだよ……レトをたぶらかす奴なんかほんとに殺す……」

「はいはい、ミラ兄はあまえっ子なんだから」





コンコン。




「あれ?こんな時間に誰か来た」

「おばちゃんかな?わすれ物でもしたのかな」

「僕見てくる……。はいはーい、こんばんはー!」







「やあ、ただいま」

「えっ?どちら様?」

「そんなに他人みたいな反応されるとは。ちょっとショックだなあ」

(……声が聞こえてくる。だれだろ?)


「ミラディス……だね?こうして会うのは初めてかな。私はマセリア。君達の祖父だよ」

「は?」

(え?)


「肖像画や彫像とかになってないかな?この顔、見覚えあるだろう?神は君達みたいに歳をとらないからね、驚かせただろう」

(どういうことだろう……こっそり様子を見てみよう)


「……いや。そういう仮装ドッキリいいから。死人が来るわけないでしょ」

「確かに妻も息子も死んだと思っていたけど、私まで死んだことになってるとはね。しかも英雄ときたものだ、そんな大したことはしていないのにむず痒いな。でもまさか孫がこんなに立派に育ってたなんて、そんなに時間が経っていたんだね」

「ちょっと黙って」

「おっと」







「…………!」

「いきなり危ないじゃないか」

(ミラ兄の剣を、止めた……!?見てもいないのに、見たとしても見えないくらい速いのに、指二本だけで……!?)

「……貴様は……」

「そう睨まないでくれないか、ミラディス。とって食おうとしているわけじゃないんだよ」

「何が目当てだ」

「君だよ」

「……!?」

「せっかくこうして会えたんだ、家族で一緒に過ごさないか」

「…………」

「とても良い街があるんだ。学校も病院も、遊び場だってたくさんあるし、生活のことだって何一つ心配しなくて良い。欲しい物も食べたい物も何でも買ってあげよう」

「…………僕が、目的?」

「そうだよ、ミラディス。もう寂しい思いはさせないよ、一緒に暮らそう」

「…………貴様はやっぱり僕の敵だ」

「おやおや、そんなに警戒しないでくれ……」

「死ね!」


(……とどかない。ミラ兄の剣が、ぜんぜん当たらない……!なんで!?)


(あっ、ミラ兄が何か言ってる……口だけ動かして……何て言ってるんだろ……)



『かくれて』



(!!)





(ミラ兄がそんなこと言うなんて、そんなの、そんなの……!)










「それで、だんろの中にずっとかくれてて……物音がしなくなって、見に行ったらミラ兄もおじいちゃんもどこにもいなくて……ごめんなさい……私……私、何も……」

「レト、よく話してくれた。ミラの言うことをよく聞けたな、えらいぞ」

また泣きじゃくるレトをなだめて、ヨイテについていてもらう。







情報収集のため村中を走り回る。



わかったことは次の通りだ。

レトの話を聞いて村人みんなで捜索したが、何の痕跡もなかったこと。

じーさんを名乗る不審者を見た人はごくわずかだが、その全員が老人で、高熱を出して「本物の……本物のマセリア様だった……」とうわ言を言うばかりで、会話にならないこと。






家に帰ってきたものの、あまりにも手がかりがなさすぎる。


「……んで、なんで俺がいない時に……」


俺が、俺がずっと家にいたらこんなことには。

守ってやらないといけなかったのに。俺の責任なのに。

ミラは無事なのか?血の痕とかはないけど、怪我させられてないか?何をされたんだ?今は何をされてるんだ?どこにいるんだ?……生きてるのか?

悪い想像ばかりが膨らむ。



レトは膝を抱えてずっと

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

って呟いてる。







「お前の兄は、賢いな」

「…………」

ヨイテがレトに話し掛ける。



「お前のことも、こいつのことも話さなかったんだな」

「…………うん」

「自分も名乗っていなかったんだな」

「うん」




「……おいヘタレ」

「あっ俺?」

「マセリアは最初から弟だけが狙いだ」

「なんでわかるんだよ?」

「こんな家、他に誰かいると考えて当然なのに、妹は見つかっていない。それどころか、捜されてすらいない」

「……変だな」

「ああ。それに加えて、最初からあいつの名前を知っていた。それに年齢差はあるが、一発で次男だと見抜いた。それならお前達二人の存在を知らないどころか話題にも出さないのはおかしい」

「確かに……?」

「むしろお前の名前を出した方が懐柔しやすいはずだ。それなのにそうしなかった」

「わざと無視して地雷踏んで怒らせたってことか?」

「そうだな。でも『兄の身柄は預かった』『妹の命がどうなっても良いのか』くらいのことを言って修復不可能にする気もなかった、つまり」

「力の差を思い知らせて、自分から言うことを聞かせたかった?」

「マセリアにとって『あいつにしかさせられないこと』があるのかもしれない」




待ってくれ。

ミラにしかできないことと言ったら。


「戦場に送り込むつもりか……!?」

「可能性はある」

「絶対だめだ……!あいつ剣が強いだけで、人なんか殺したことないのに!」

「……もうひとつ」

「まだあるのか!?」

「お前を誘い出すこともできる」

「……は」




いや、俺は魔導士ではあるけど、端から見たらただの村人で。

誘い出す価値なんかないだろ。むしろそのまま俺だけ拉致することだってできるだろ。



「憶測でしかないがな。もしかしたらお前と引き離すことだけが目的かもしれない」

「村をもぬけの殻にしたい、とかは?」

「それならもうとっくにこの村は焼けているだろうし、妹だってどうにかなっているだろう。それこそお前が不在ならちょうど良い」

「村そのものには興味がない……?」

「むしろ被害の少なさを考えると『影響は極力与えたくないし滅びてもらっても困る』くらいに感じられるぞ」







「…………あのさ、ヨイテ」

「何だ」

「一週間の保証期間、使いたい」

「私はなんでも屋ではない。増してや探偵でも護衛でもない。契約外のことはしない」

「俺は『この魔法で』ミラを捜し出して、連れ戻す。全力で駆使しても連れ戻せないくらいの訓練結果なら『効果を実感できない』」

「……全く、そんなふざけた物言いで面倒見てやるのは今回だけだからな」



ヨイテの呆れ返ったような表情は何十回も見た。今の顔なら最初からあんまり断る気がないこともだんだんわかるようになってきた。



それよりも。


「エメ兄……」

「レト、俺が絶対ミラのこと助けるから。心配しなくて大丈夫、大丈夫」

「私も……行っちゃだめ?」

「それはだめだな。でもすぐに帰ってくるから」

「やだあ……エメ兄どこにも行っちゃやだ……」





「ごめん、ごめんなレト。怖かったよな、寂しかったよな。でも大丈夫、今度は一緒に帰ってくるから」

「でも、でも……!」

「ちゃんと帰って来ただろ?約束破らないから。それに」

「それに?」

「三人揃ったらレトのお願い何でも叶えてやる!」

「…………」

「な?」

「…………やだ」

「…………やだよなあ……」

「やだけど、やだけどぉ……」

「うん」

「ミラ兄にあいたい……」

「うん、俺も」






レトがまたぐすぐす泣いて、泣き疲れて眠ったところを部屋に運び終わった頃には辺りはどっぷりと暗くなっていた。




「全くお前は、ころころ意見を変えるからついていけない。愛想が尽きるのも時間の問題だ」

「状況が状況だし仕方ないだろ。それにミラは自分の責任を果たしてるから」

「……そうだな。自分自身にビビってるだけのどこかのポンコツチキンヘタレとは大違いだ」

「巻き込んでごめん。でもやっぱり行かなくちゃ」

「……どこへ?」

「今から考える」

「たわけ。良いか、マセリアの言う内容が本当ならそんな大都市かつ武力衝突の気配がある街などこの馬鹿でかい島の中でさえも存在しない」

「嘘ってことか?」

「ただ、ここからずっと北の街から船が出ている。西の大陸に向けてな」

「そこに、そういう街があるのか……?」

「私も行ったことはないが、遠く離れていてもその繁栄は耳に入ってくる。お前だって聞いたことくらいはあるかもしれない」

「その街の名前は?」









「『花舞う聖都、ラウフデル』」





第3章はここで終わります。

「死に場所を探して逃亡したはずが褐色っ子と結婚できてハッピー!」序盤も終わりです。少し情報整理してから中盤に入ります。


しかし全然死ねてないしハッピーでもないですね。すみません、序盤なもので……。でも結婚はした。




第4章は視点が主人公に戻ります。ミウ元気かなあ?って感じでお待ちいただければ幸いです。


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