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第3話 海は広いな

「海だわ」

「綺麗だね、大きいし」

「バノンの方が綺麗よ」

「ありがとー」



雪原からちょっと歩いたり乗り物に乗ったりしたりを繰り返していたら、海に出た。

時間にして三日くらいだろうか。その間も私は行く先々で、死ぬのにぴったりな場所に探りを入れてみたけど、てんで駄目。


NPCである「人」が増えすぎていたり、光や音であちこちうるさかったり、変な色の煙が上がっていたり。

そんなざわざわした場所なんかじゃ死ねやしない。雪原の方がまだマシなレベルだ。



私達以外に誰もいない、広い広い自然しかない土地で、空でも眺めながらゆっくり生命活動を終えたいのに、騒がしくて忙しなくて汚くて五月蝿い土地ばかり目にしていたのでは流石に気が滅入る。理想にはほど遠い。


もちろん私のような「神」をもてなすために「人」によって街並みが整えられていたり色とりどりの花が植わっていたりしたが、それが何だというのだ。

そんな上っ面な美しさなんか求めていない。

そもそもこの世界自体が人工物なのに何を贅沢言っているんだと言われそうだが、永遠の眠りなのだから極限まで質に拘ることを何よりも優先したい。



それに、私にはバノンがいる。

人でも神でもないけど死にたいと言ったその子と、三日三晩一緒にいる。今も私の隣で、私の言うことに特に反対も反論もせずににこにこ穏やかに笑っている。



この間、私達はそれなりにお互いの話をした。


私には親と呼べるような存在はおらず、Dreaming world に来ることを誰にも反対されなかったので、この通り自由にやらせてもらっていることを話した。


バノンは私より一つ年上の14歳で、故郷はここよりずっとずっと気が遠くなるほど遠くの、西の砂漠地帯らしい。育ててくれた人はとっくの昔に死んじゃって、それからずっと旅をしているらしい。


遠くって言っても徒歩での話。私みたいな「神」なら、さっき乗ってきたガソリン自動車と運転手みたいに、色んな乗り物を自由に利用できるんだけどね。でも「人」同士の中では経済とか技術とかなんかが色々難しくて、大勢の中で流通するほどは作れないんだって、事前説明の時に聞いている。変なの。




ともあれ、少しは美しいって言っても良いような場所に到着できて、私の胸は弾んでいる。

どこまでも青い水は見えなくなるくらい遠くまで広がっている。

それとはまた違う青が頭上に広がって、雲の白さに悠々と舞う飛竜の緑が鮮やかに映えている。



足下の水はとても澄んで砂の色がそのまま見える。遠くはあんなに青いのに、近くにある水には不思議と色なんかついてない。水面を不意に覗き込むと、全く表情の変わっていない自分の顔が映る。それを見て私は、ああ変わってないなあと思う。ぼさぼさと長くまとまらない髪も、だぼだぼのコートも何一つ変わったところなんかない。

それでも期待に胸が躍っているのは確かだ。

ここからもっと視界の中央奥へ、海と空の混じる場所に飛んでいけたなら。そこで一緒に死ねたなら、どれだけ満足できるだろう。


琥珀を溶かしたような色のバノンの手を取り、ある提案を持ち掛ける。


「ねえバノン、少しやってみたいことがあるの」

「何?ミウ」

「走るからつかまえて」

「いいよー」


バノンの答を聞くなり私は手を離し、白い砂の上を走り出した。

相思相愛の関係なら、砂浜の上で追いかけっこをしなくてはならないと聞いたことがある。

実際そんな場面は見たことがないし何の意味があるのかもわからないが、聞きかじりの知識ですらこんなにも気分を高揚させてくれるのだ。

そんな舞い上がる気持ちとは裏腹に、埋まりながら上手く進めない私の手をバノンが後ろからそっと握る。


「つかまえた」

「速いのね」

「ゆっくりめの方が良かった?」

「さあ……何が良いのかはよくわからないわ。でもつかまえてくれたのは嬉しい」

「そっかー」


バノンは全く息が上がってない。砂漠地帯出身なら砂にも慣れてるよね。私はそうじゃないから内心少しだけ疲れたけれど、肉体的な疲労は大したことない。

走ってきた足跡を振り返りながら、握られた手に指を絡ませる。


「あなたは綺麗ね」

「ありがとー」




そのまま少しだけ水面に近付いて、打ち寄せる波に爪先を浸す。


「何してるの?ミウ」

「隙あり」

咄嗟にしゃがんで海水を手で掬ってバノンにかける。

「わあ」

しかし避けられた。


「俺もやった方がいい?」

「もちろん」


バノンは速い。的確に私に当ててくる。私は反射神経には自信があるが、避けたら私の靴が完全に水没してしまうような箇所を狙って水をかけてくる。


ちょっとずるいと思うし、こちらもそのつもりでいこう。私だって速いので。

正面に向けて水をかける。笑って避けようとするが、本命はこれじゃない。次の瞬間には私の身体はバノンに肉薄していたし、油断した相手にそのまま体重をかけて尻餅をつかせることなんて造作もなかった。




そんなわけで私達二人は今ずぶ濡れだ。

バノンが変わらず笑顔でいるので、私もたぶん無表情のままなんだろう。


「楽しかった?バノン」

「ミウが楽しかったなら俺も楽しいよ」

「じゃあ楽しかったわ」





そのままぼーっと、次に何をしようか考えていた。

不意に背後から、バノンじゃない人から声をかけられる。


「お嬢さん達、どうしたんですか。びしょ濡れじゃないですか。どうぞ私の屋敷にお越し下さい。着替えも食事もご用意しますよ」

振り返ると、長い黒髪と切れ長の目を持つ成人男性が微笑んでいた。続けて彼は、信じられないことを口にした。





「お初にお目にかかります。私はエズと申します。このマナウ海域を治める神です」

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