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第28話 平凡な俺と一週間

大きい鳥の形をした魔物を倒した夜。



いつも野営してる廃墟で、ふと目を覚ます。

ヨイテの姿はなく、ぱちぱちと炎の音だけがしている。この揺らめく炎も、俺が起こしたものだ。



村から少し離れた山間部で一週間過ごしているだけなのに、明日帰れるのに、随分遠くに来た気がする。

農業と家事をしていただけなのに。家族三人で生きていくために毎日それなりに頑張ってきたはずなのに。今は思ってもみなかった能力を得て、全然違うことをしている。




ヨイテの問いを反芻する。

感情に、自意識に変化はないか。

今までなかった万能感や高揚感を覚えたりは。

地面に足が着いている感覚はあるか。

疲労感はどうだ。



……うん、普通。普通に、普通だよ。大丈夫、俺は普通。

どんなにすごい力を得たとしても、ちょっと戦えたとしても、俺はどこにでもいる平凡な……。





……ヨイテ、戻ってこないな。












ざく。



ざく、ざく。



ざく、ざく、ざく、ざく。






静寂の中、研ぎ澄まされた聴覚でその音を辿るのは難しいことじゃなかった。







「ヨイテ」




「…………」






「またやってるのか」

「……いつから気付いていた」

「いつからも何も、魔物が出た夜は絶対抜け出してただろ」




彼女の手には大きなスコップ。

地面には深い穴が掘られている。

その中にいるのは、昼間に倒した魔物。



魔物の目は光を宿していないが、穴は更に暗い。

墓穴のようだなと思う。

というより、墓穴そのものだ。







「見てて良い?」

「駄目だ」

「最後まで見てるよ」

「駄目だ、戻れ」

「一人じゃ危ない」

「私は強い」

「優しいな」

「何がだ」

「見せないようにしてくれてるんだ」

「…………」

「俺の末路を」






「……っ、違う!」


たった一言だった。

たった一言、否定の言葉。


だけど初めて見る、こんなにも感情が滲んだ彼女の目が、そうなんだと語っている。





「本当のこと言って」

「…………」

「怒らないから」

「…………怒るべきだ」

「なんで?」

「理不尽だろう」

「そうかな?」

「先祖でもない神の力が体内に入るとはそういうことだ。人だけじゃない、動物も皆そうだ。コントロールを失い暴発したエネルギーが向かう先は二通りしかない」

「魔物になって力を食らおうとする、それ以外にあるのか?」

「力そのものが身体を突き破って周囲一帯を焦土にする」

「……危ないな」

「ああ、とても危険だ」

「死ぬまでコントロールできるかな?」

「理論上は可能だ」

「実際できた例は?」

「ない」




ふ、と笑みが漏れる。

「何がおかしい」

「ヨイテはとんだ悪徳業者だよ」



ざく、ざく。


魔物になったそれの上に、土が被せられる。

いつも他の箇所と見分けがつかないように苔や木の枝で巧妙に覆い隠されているが、一見しただけじゃわからないくらい端の方の土に、ナイフで日付が刻んである木片が刺さっている。




「なんであんな内容で契約なんかしてくれたんだ?」

「対価は貰う」

「受け取る気ある?本当はずっと見ててくれるつもりなんじゃないか」

「文句あるのか」

「疑問ならあるよ。上手くいかなかったらほんとにヨイテまで死ぬのに」

「死なせない」



さっきとはうって変わって、迷いなく断言される。





「お前のことは絶対に死なせない」





下弦の月が霞でぼやけて揺れていた。




何の根拠があってこんなこと言えるんだろうな、この人。

それとも決意なのかな。俺が想像するよりずっと悲惨なもの見てきたのかな。


でもそんな決意だけじゃ何も守れないよ。








「……村に帰るの、やめる」

「やめるな」

「ここまでしてくれたヨイテのこと信じてないわけじゃないよ。でも、魔法を使う度に確信してしまうんだ。頭の中でどれだけ否定しても、もう打ち消しようがないんだ。やっぱり俺は普通の人間じゃないよ」

「お前には弟がいて、妹がいて。周囲の人間にも恵まれていて、家があって土地があって、生活を積み重ねてきた。違うか!?」

「だからだよ。だから、俺が俺であるうちにいなくなるのが本当は正しい。ヨイテだってそう思ってるんだろ?」

「思ってない!全く思っていない!」

「……ごめん。でも、どっちみちこれからも一緒にいてくれるんだろ?」





少しよろめいて、地面に手をついて蹲ったヨイテに目線を合わせるためにしゃがみこむ。

でも俯いてるから、どんな顔してるのかわかんないや。





「なぜ」

彼女の声は震えてて、夜風にかき消されそうだと思った。



「なぜ怒らない」

「怒ってもしょうがないだろ」

「なぜ憎まない」

「憎むったって、これを遺した神はもういないし」

「私をだ!」

「それこそヨイテはとばっちりじゃん」



目が合った。

泣いてるわけじゃなくてよかった。泣かせたくはなかったから。


でもその目には、困惑の色が浮かんでいた。

「なぜ受け入れてしまうんだ?」




なぜって。

普通じゃん、それが。みんなそうだろ。


「考えてること全部言え。そう言っただろう」


普通のこと言うだけなのに、なんでそんな懇願するような目で見られてるんだろう。





「家族がばらばらになるなんて普通だろ。親が死んだのだってしょうがないことだし。じーさんとばーさんが死んだのもそう。じーさんの遺産なんかもう村中に分けられてて取り返しようがないけど、その分親切にしてもらえてるし大して困ってないから別にいいよ。それよりミラとレトがちゃんと大人になる方が大事だよ。俺が一番年上なんだから、弟と妹の世話をするのだって、二人にとって危険なことがあるなら排除するのだって当たり前だろ。その危険がたまたま俺だったってだけの話で」

「……お前だって」

「ん?」

「お前だって、まだ17歳だろ!」

「ヨイテだってひとつしか変わんないじゃん。……なんでこの仕事してるんだ?」

「…………っ」

「『子供らしく』わがままとか言って、駄々こねて泣いたり物に当たったりしても何か変わるわけでもないこと、知ってるくせに」

「……違う。違うんだ、お前は……」

「あのな、ヨイテ。戦場だろうが農村だろうが、たぶん人はそんなに変わんないよ。幸せに生きていける人とそうでない人は、きっとどこにでもいるんだよ。たまたま俺達だっただけなんだ。……運が悪かったんだよ、俺と君は」




ごく普通のことを言ってるのに、目の前の彼女が狼狽えて言葉に詰まっているところを見ていると、すごく残酷なことを言って虐めているような気分になる。




指一本触れてないのに。

夜闇に溶け込む色の防具の下に着ているブラウスの色だって知ってるけど、その下まで暴こうなんてしていないのに。

手袋だってぼろぼろだけど、その奥の肌にどれだけの傷がついているのかなんて確かめようとも思わないのに。





それでも彼女はきっと、俺と同じだから。





少しだけ、嬉しくなった。







次の話で第3章は終わりです。

エメルドくんとヨイテちゃん、ミウの味方になってくれたらいいですね。

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