第26話 だって魔導士だから
「固めて……冷やして……落とさないで……東に…………『雷鎚』!」
耳に届いたのは雷の轟音ではなく、軽い物体が地面に落ちる音。
視界の隅に木の葉が飛んでいく様子が映る。
背後から飛んでくる矢を見ずに、風圧で叩き落としていく。
初めは一本。徐々に同時に放たれる本数が増えていく。
タイミングもずらされていく。終わったのかなと油断でもしたらすぐに矢が飛んでくる。
タイミング。
威力。
位置。
範囲。
意識を集中させる。
反応速度を上げる。
研ぎ澄まされた感覚についていけるよう、肉体を追い込んで鍛える。
それが魔導士にとって必要なことだ。
すべては強大な力を意識下に収めるために。
ヨイテによる一週間の訓練の六日目。
結構慣れたと思ってはガンガンに肉体面でも感覚面でも負荷を増やされ、端から見たら相応に疲弊しているだろうなとは思う。
筋肉はあちこち痛いし、こんな短期間で酷使された神経だって休んでも休まった気がしない。
ずっと筋トレでは効率が悪いからと座らされたかと思いきや
「これができるなら理論上これも可能なのではないか?仮に不可能だとしたら前提が間違っていることになる。お前の魔法が何によって構成されているのか常に精査しろ、私がいなくなっても自分でやるんだ」
と、なんだか難しい理論の説明をされた上で、次の実践の計画を自分で立てさせられる。
つまり、ずっとしんどい。
だけどそれ以上に達成感が積み上がってきている。
事実、ヨイテの髪型はもう元の緩いウェーブに戻ってる。二日目か三日目くらいから「スイッチを完全にオフにする」感覚が掴めてきていた。
もちろん自分の中の力を消し去ることはできないのだけれど、周りの人をみんなアフロにする、つまり「存在するだけで迷惑」という状態は免れた。
それに「回路を組んで電流を流す」以外のこともできるようになってきた。
確か四日目くらいのことだ。
「電子だけでなく分子にも手を加えられるのではないか?おいお前やってみろ。ここまで教えたんだできるだろうトロトロするなボンクラひよこ野郎」
そう言われて、手っ取り早く水の蒸発と凝固に手をつけてみたら、意外とあっさりできた。
目の前の湧き水が、カチコチに凍ったり干上がったり。
「水を凍らせて雷鎚って言うのはどうなんだ?なんかこう雰囲気というか……違わないか?」
「知るか。文句ならそれを遺した神に言え、雑な名付けをするなと」
「文句ってほどでもないけど、でも」
ちょっと不自然だと思った。
「……こうやって色々試してみないと、聖遺物の本当の効果ってわかんないもんなのか?それとも神なら使いこなしてるのか?」
「さてな。神のことは知らん。私が知ってるのは聖遺物、魔導士、魔物のことだけだ」
「ふーん……なあヨイテ。聖遺物……いや、神の所有物の名前ってなんのためにつけてるんだろ?」
「と、いうと」
「エメルド・ノヴァ・アイフレンドっていうのは、『アイフレンド家の長、激しく輝く星』って意味らしい。けど、そんな意味なんか全く知らなくても、俺がエメルド・ノヴァ・アイフレンドって名乗った時点でヨイテは俺のことそういう名前なんだなーって思うじゃん」
「……」
沈黙は肯定と捉える。
「逆に俺が名乗らなかったとしてもヨイテは、俺のこと他の人と見分けがつくよな?」
「さてな」
「つくよな!?なんでちょっと意地悪言うんだよ!目逸らすなよ!……それでも人それぞれに名前がついてるのは、人がいっぱいいたら名前がないと不便だからかなーって思うんだけど、聖遺物ってそんないっぱいあるもんでもないじゃん。本来は神しか持ってないものなんだし。それこそ『なんかすごい本』とか『あの神の剣』とかで伝わらないか?やたら大袈裟な名前とか意味なくないかなって、なんとなく思ってたんだ」
「…………『思った』でなく『思ってた』?」
「神が所有物に名前をつけることで効果が決まるって言うのは常識だよな。決まったら神ですらそう使うしかないって」
「……」
「でもさ、雷鎚は雷以外も起こせるし、もともと鎚でもないじゃん。原理というか、根拠を明らかにしていくことで他のことができるってわかってく。それって変じゃないか?」
「確かに不明要素が多すぎる高エネルギー物質だな」
やっぱり俺には、こうとしか考えられない。
「……それなんだけど。俺には理論とか本質とか正直よくわからない。的外れなこと言ってたらごめん。なんていうか、聖遺物の名前を言うことって、効果を引き出す合図でしかないのかなーって」
「合図、か」
「頭の中だけでスイッチを入れても何も起こらないし、初日に違う名前で呼んだ時もそうだったし。それなのに、効果はこれだけ色々幅を持たせられる。……なあ、聖遺物って他にどんなものがあるんだ?……いやいいや、たぶん詳しく聞いても俺にはよくわからない。それよりも」
「それよりも?」
「本当は全部、同じものなんじゃないか?」
「…………同じ?」
「本当は同じことが起こってるのに、それぞれ違うことが起こってるように見えるっていうか……いや実際、細かく違うことが起こせてるんだけど……そういうことじゃなくて、なんていうか……そういうことが言いたいんじゃなくて、魔法を使う度になんかそんな気がしてくるってだけなんだけど」
「整合性は一旦脇に置け。言いたいことを先に話せ」
「名前に沿った夢を見せられてる、そんな感覚があるんだ」
「夢?」
「現実に存在してるんだけど奇跡というか……。力の道すじを説明できる割には唐突というか……。考えなければ考えないほど、雑に大きい結果しか出てこなくなるところもそう。本来の手順を踏めばゆっくり可能になっていくかもしれないことを、順番や時間の進み方を無視して無理矢理繋げ合わせて、名前に合った結果をポンと目の前に出されて、そこから周りがそれに合わせて急に歪んでいく感じ」
ヨイテが一瞬目を見開いて、険しい顔で黙り込んだ。
やばい。とんだ狂人発言をしてしまったかもしれない。
絶対ドン引きされてる。ていうか変なことぐだぐだ喋ってしまって怒られる。顔こっわ。綺麗な人が真顔だとめちゃくちゃ怖いな。
「……お前、それを一人で考えたのか?」
「一人でっていうか、ヨイテとこういう風に過ごすようになってからだけど……。それに考えたっていうか感じてるだけだよ」
「……もっと」
「え?」
「もっとないのか」
「えっごめん、なんか……なんていうかこれしか思ってなかった……間違ってるかな」
「もっと話せ」
「……はい?」
「思ったことを、感じたことを、考えたことを全部話せ、全部だ。考えている途中のことも言え」
「いやだからこれしか……」
「今後の話だ!前から感じていたことも何かあれば言え!」
「うわ声でか」
ぺしんと頭を叩かれた。いきなり大声出すわ暴力に訴えかけるわ、なんなんだ。
しかもなんか襟元ひっ掴まれてるし、至近距離でガンつけられてる。なんでヨイテのことこんな怒らせたんだ俺は。どこがまずかったのかな。だめださっぱりわからない、ていうか顔が近すぎて何も考えられない。
「エメルド」
「はい!」
久々に名前を呼ばれたことにびっくりして、声が裏返る。
「それだけか?感情に、自意識に変化はないか?今までなかった万能感や高揚感を覚えたりは?地面に足が着いている感覚はあるか?疲労感はどうだ?」
「万能ではないな……あとほんとに疲れるな……」
現に今、怖い目に遭ってるし。筋肉痛もあるし。
「あっ、でも」
「でも?」
「もっと便利に使いこなせるようになったら、三人での暮らしが楽になるかなって。それなら嬉しいなーって思う」
「……」
はあ、と溜息を吐いてヨイテが手を放す。
「お前は一生ぼんやりしてろ」
「感覚研ぎ澄まさないといけないんじゃなかったのかよ!」
そうじゃないと容赦なく射るくせに。
「黙れ口答えするな」
「お手本のような矛盾!」
常に気を付けろと言ったり一生ぼんやりしろと言ったり、話せと言ったり黙れと言ったり。
遠回しな嫌味とかやめてほしい、そういうの俺よくわかんないんだから。
だから、顔の横の毛をくるくる指に巻き付けながらどこか遠くを見てぼそっと
「なんなんだこいつは……」
とか言わないで、不満があるならはっきり伝えてくれたら良いのに。
とにもかくにも、そういうやり取りをしたのが一昨日。
水の温度の操作は空気にも応用できるし、それを良い感じに調整すれば火や風も起こせるんじゃないかってことで、今はそれをやってみてる。
なんやかんや電流が一番ストレートな感覚で使えて楽なんだけど
「威力より操作の幅と精度を高めた方が生活に適した使い方ができる」
って言われたし俺もそう思う。見えない矢を叩き落とすレベルまで細かくやるのは正直やりすぎ感あるけど、まあ強風とかの災害から畑を守るにはこれくらいできてもいいのかな?将来的に……
…………いや、今だ。
上!
「雷鎚!」
俺の風と、ヨイテの矢が「それ」に命中したのはほぼ同時だった。
しかしそれを頭部に食らっても、相手は少しよろめいたくらいで致命傷には至っていない。
隙という隙もできず、すぐに体勢を立て直し俺達の方に向き直る。遠く上空にいるのに、きっと絶対に目が合っている。
空気の流れが急に変わった、いや切り裂かれたというくらいに急激に現れたそれは、大きな翼で羽ばたいていた。
人ほどの大きさの胴体の鳥。
普通の鳥と違うところは大きさだけじゃない。蜘蛛のような多数の脚と、その先に光る刃のような爪。
そして、岩すらも噛み砕けるのではないかと思えるくらい鋭く長い嘴。
確実に俺達は捕食対象になり得るし、実際に狙われていることを総毛立つ感覚で察知している。あれが降下してきたら。
「ヨイテ、あれは」
「見たことがない」
「逃げる?」
「できると思うか?」
「絶対無理」
「…………来る」
急降下に合わせ、俺とヨイテはそれぞれ逆方向に飛び退く。
爪や嘴は避けられたが、その風圧だけで足元がふらつく。
着地点にあった倒木が派手に割れている。
今俺達を狙っているこの魔物は、この山地の王者と呼ばれるにふさわしい、きっとそんな存在だ。
あの爪で攻撃を食らえば。
あまりにも容易に想像できる凄惨な光景に思わず顔をしかめる。
初日にもあった、こんなこと。
その時にも言った、こういうこと。
でも今、心から。納得するためじゃなく、生きるため。俺の命そのものが言ってる気がする。
相手が着地した体勢のまま顔だけをこちらに向けた時に、確信する。
「やらなきゃ、やられる」