第25話 雷魔法って怖くね?
「囲まれている」
そう言われたら確かに何か気配を感じなくもないこともない……いや、そんな気がするだけかもしれない。
でもヨイテは俺より場馴れしてるので多分そうなんだと思う。
俺は魔導士になっているとはいえ、ただの村人エメルド・アイフレンドだ。敵意を持った相手に囲まれたときの対応なんか知らない。
ヨイテは矢を番えたまま遠くを見ている。目線の先を追うが、よくわからない。
ていうか囲まれているって何に?動物か魔物だとは思うんだけど……。
「おい」
「はいっ」
いきなり声をかけられたからびっくりした。
「魔法を使え」
「えっどんな感じで」
「私が向いている正反対。木々の隙間が大きくなっている箇所があるな?」
「……うん」
背中合わせに立つとヨイテの構えの邪魔になる。人一人分程度に横に距離を取りながら指定された方向を見る。
「あと15秒で同時に来る。その時だ。威力は絞らなくていい、扱いやすい大きさで構わない」
「えっ、あんな遠くにどうやって電流を……」
「魚の時はどうしていた」
「とにかく自分の目の前って……」
そう、木々を黒焦げにした時は目の前の魚だけを見ていた。
でも実際目の前の魚を焼いた時、回路を頭の中で組み立てている時には自然とその長さも設定していたことに気付く。
同じ「目の前」であっても、無造作にやるのと考えてやるのでは、効果がまるで違ったはずだ。
「5」
ヨイテの声ではっと目の前が開けるような気分になる。
あと5秒。
回路をイメージする。指定された場所に届くよう。
「4」
強さは扱いやすいものでいい。
抵抗は意識しなくていい。大事なのはタイミング。
「3」
それよりも。この回路に流して本当に効果はあるか?木々の隙間がきっと獣道で、そこに沿うように……
「2」
いや、違う。雷を落とすんじゃない、回路から感電させるんだ。地面との距離を考えないと。相手の体高は……わからない。
「1」
ヨイテはどこを狙っている?腕の高さを合わせれば。横目で確認する。
「0」
スイッチオン。
「雷鎚!」
木々の隙間で激しく何かが震えて、焦げるような臭いがして動かなくなる。猪ほどの大きさだが鳥のような嘴を持った魔物が一頭。
仕留めた……のか?
「右!」
ヨイテの声に慌ててそのまま右を向く。
彼女も向きを変えている。また俺の正反対だ。
「3秒」
速い速い。しかもどこだよ、鬱蒼としてる。獣道らしきものは見えない。
その方向に見えている木々の手前に広く張り巡らせる。
3、2、1。
「雷鎚!」
三頭。
思ってたより多かった。
けど、読み通りどころか、それ以上の結果だったと思う。
三頭同時に感電したようで、暫くもがき苦しんだ後に動きを止めた。
再び静寂が訪れる。
「……これで全部だ」
「みんな死んだのか……?」
「お前みたいな紫ひよこ野郎のろくに絞ってない力で感電して生きている生物なんかいるか。いたとして、起き上がらないなら同じことだ」
「……あれが夕飯?」
「魔物は不味いから夕飯じゃないな」
「…………殺したんだな、食べるためじゃなくて殺すために、俺が」
「…………」
「……わかってるよ。やらなきゃやられてた。でも、後から縄張りに入っていたのは俺達の方じゃないかって」
「魔物の生態は本来の生態系を破壊している。害獣でしかない」
「……ありがとう」
「別に半人前以下を慰める気はない。事実を述べたまでだ」
「気付いてくれて、適切な指示を出してくれてありがとう」
「先達とはそういうものだ。指導とはそういうことだ。善意ではない。自らの身も守る選択で、対価も受け取る契約だ」
ヨイテは空を仰ぎ見る。
「お前、村にいるときは危険を……そうだな。魔物の襲来はどうやって察知していた?」
「罠にかかった鈴の音とか……」
「悪天候は?」
「雲の流れと、あとは雨の匂いとか」
「……その他に、空気の流れに敏感でいろ。鳥の飛び方や鳴き方を覚えておけ」
「はい……」
それがきっと魔物に気付くのに必要なことなんだろう。
「お前が魔導士である限り、つまり死ぬまで。普通の人間よりずっと、魔物に遭遇しやすくなるぞ」
「……この力を狙って?」
「そうだ。引き寄せると言っても過言じゃない。常に奴等はお前を喰おうとしている」
「…………そんな」
それじゃあ、俺は村に帰って大丈夫なのかな。
ヨイテみたいに気付いて、適切な対処ができるのかな。
できなかったら、一回でも失敗したら、どうなるのかな。
「家族も故郷もめちゃくちゃにしてきた」
魔導士について昨日、彼女はそう言わなかったっけ。
「その手で」って言ったのは、この力そのものじゃなくて、この力を狙う奴等のことも含んでるのかな。
だとしたら、俺は。
ミラとレトの顔が頭の中に浮かぶ。
「余計なことを考えているな、ボンクラ寝癖クソガキめ」
見透かすような声をかけられる。
「……ごめん、ぼーっとしてた」
「お前が考えていることはすべて顔に出ている」
うう。そんなにわかりやすいのか、俺。
あと髪の毛の一部が立ってるのは寝癖じゃなくて癖毛だ。
「言っておくが、魔物程度なら魔導士はまず負けない。対応が後手に回ることはあっても死ぬような事態にはならない」
「俺のじーさん、魔導士どころか神なんだけど魔物に殺されてたぞ」
「……は?」
ヨイテのこんなに驚いた顔、初めて見た。
「それはない」
「いや、そうなんだって」
「それは絶対に有り得ない」
「そんなこと言われても実際じーさんもばーさんも死んでるし……」
「本当にそいつ神だったのか?」
「いや神だよ!?なんでそこ疑うんだよ!」
俺の家系も村の歴史も、歴然とした事実だ。そんなことを疑問に思われても、痛くもない腹を探られているようで気色悪い。
「…………まあ、今はいい」
納得してないみたいだけど、こちらとしてもその話を続けられても困る。切り上げてくれて助かった。
「それよりも使った魔法を振り返るぞ。オンオフのタイミングと威力の調整に加えて、場所と範囲の指定を覚えた。もちろん精度は上げていく必要があるが、『可能である』ことが明確になった。そうだな?」
「あのさ、ヨイテ」
「なんだ」
「今まで論理的に仮説を立てて教えてくれてるよな」
「それがどうした」
「仮にそれが全部外れてたら。この魔法が本質的には全然違うものだったら、どうしてたんだ?」
「第一に脅威の排除をしてから新たな仮説を立てる、それだけの話だ」
「あんな囲まれて同時に襲われて、それが本当にできてたのか?」
「……私を誰だと思っている。お前より強いぞ」
「はあ……」
「覚えておけ。私はお前より強い。お前より常に先手を取っている。お前が私に勝つことは不可能だ。そして世界最強の武器は弓だ」
「はぁ……?」
さっきまで頼りになりそうなことを冷静に話していたのに、継ぎ目なく滑らかに根拠なく狂人みたいな発言をするので、やっぱりこの人は今まで見てきた世界が全然違うんだと思う。
「それで、お前の今使える魔法とお前自身の反応速度から察するにもし敵が現れたときの戦闘スタイルは私とまあ似たようなものだ、遠距離が基本で、遠距離ということは接近を防がねばならずそのためには一撃必殺、そしてそのためには正確な索敵能力が必要になって、また伏兵の可能性は必ず見なければならず位置を特定されないために移動し続けることと狙撃に適切なポイントを確保するために地形を頭に入れておかなければならずぺらぺらあれやこれやなんやかんやああでこうで」
「まって話すの速い速い多い多い何も頭に入ってこない!!」
「これしきも頭に入らないなら未来はないいいかとはいえ戦闘については基本を教えるだけだ戦うためだけに魔法のコントロールを疎かにするのなら本末転倒だ目標としなければいけないのは日常生活レベルまで落とし込めるだけの魔法そのものの制御に加えて各種条件によって起こりうる危険や技術面での応用方法が果ては道具の開発に至るまでうんぬんかんぬんあれがああでこれがこうで」
「お願いしますゆっくり簡単にしゃべってください!!」
その後もめちゃくちゃ長い説明をされながら、更なる走り込み(飛んでくる矢のオプションつき)、夕飯の確保に雨風をしのげる廃墟の発見に至るまで、日が暮れるまでこれでもかというほどしごかれた。
寝るときは交代で見張りを立てながらということで、へとへとになった俺は時間になるとすぐに身体を横にした。
昨日はただ勝手に発動しただけの魔法。それが一日だけの訓練の中で少しずつ、自分の手で使うものとしての認識ができてきた。
思っていたよりずっと難しくて、頭を使うだけでも疲れるのに肉体面もかなり体の中の「何か」が持っていかれている感じがする。
何かっていうのは上手く言えないけど、体力というか、やたら空腹感を覚えるというか、体が勝手に動いていくというか……。
こんなに強い力なのに、基本的なコントロールすらまだまだなんだということを思い知り、精神的にこたえる部分も正直ある。
何のためにやっているか。家族の、村のみんなのため。それさえ見失わなければ大丈夫。大丈夫だとは思うけど、やっぱり少し怖い。
だけど、きっともう元の自分には戻れないこともわかっている。
ぐるぐる色んなことを考えても疲労には勝てないや。
目を閉じてすぐに俺は眠りに落ちていった。
だから、眠りに落ちる瞬間。ヨイテが何を呟いたはわからなかった。
「エメルド」
「お前は普通の人間だ。お前だけは、あいつらのようにはなるな」