第24話 雷魔法って思ってたのと違う
「そもそも雷とは大気中の雲の中の水蒸気がうんぬんかんぬんで蓄積した電荷がああなってこうなって放電する現象だ、それは理解したな?」
「は、はあ……」
「お前が雷を出すとき空に雲は出ているか?こういう積乱雲だ」
「そこまで見てない……」
「視野が狭い!私が見ている限り、天候に変化はない。晴れなら晴れたままだ。ここから何が推測できる?」
「自然の雷を呼び寄せてるんじゃなくて、電流を直接発生させてる……?」
「そういうことだ。お前の魔法の性質は、電子を移動させることなのではないかと踏んでいる」
「はあ……」
「……電子というのは知っているか?」
「よくわからない」
「電流が理解できているのなら今は飛ばして良いか。お前が今まで出してきた電流の量を仮に100とする。……そうだ。電圧と抵抗について知っていることを述べてみろ」
「電圧が電気を流すための力で、大きいほど一度にたくさん流れる……。抵抗は電気を流れにくくする力……だっけ?」
「えらく教科書的というか、表面的な理解だな。まあ、一から解説するよりはその程度でも知っていた方が良い。『電気って何』からではなくて良かった」
「電気を技術に応用できるくらい発展してる地域もあるんだろ?南の大陸とか確かそうだって聞いたことある」
「『でもうちでは使わないからこれ以上は知ろうとも思わなかった』とかそういうのだろ、お前。あの村で高等教育を求めるのも不自然かもしれないが、将来的には搾取されるぞ」
「うぅ……」
がりがり。がりがり。
地面に枝で図を書いてヨイテに俺の魔法について説明されている。
学校に行っていたのは二年前までだし、農業や家事にあまり関係ないこと、特に抽象的な内容については当時も正直ぼんやりとしか頭に入れていなかったので、復習ですらちょっときつい。
幸い、数を扱うのはそんなに不得意じゃないというか、家計管理や肥料の配合は普段からやってるので、割合とかの計算は問題なくできる方だと思う。
でも、だからこそヨイテの説明のペースも速い。だいぶ基礎的な内容に絞って段階的に教えてくれているのでついていけているが、これが俺の魔法にどう繋がってくるのかまだピンと来ない。
「魚を加熱しろと言ったのは今思えば難易度を高く設定しすぎたな。あれはつまり食材の中の水分子を発熱させろという指示だが、電磁波、というか磁場について理解していないなら意味がなかった」
「すいません……」
「知らないことについて謝るな。理解していないのに知っているふりをしたら刺すが」
「刺されるのは嫌だ……」
「今お前は、その電力をもって道行く人をアフロにしたり私を縦ロールにしたり、雷鎚を使う度に木々を黒焦げにしたりしているわけだが」
「申し訳ありません……」
「それがどういう状態か、どう改善できるか自分なりに仮説を立てて説明してみろ」
「前者は回路が繋がったまま、後者は電圧と抵抗の大きさが適切ではないことが原因。まずはスイッチのオンオフ。次に電圧と抵抗の大きさの調整が必要」
「そう、私も同じ考えだ」
「でも具体的にどうやったら良いのかはわからない」
「そうだろうな。しかし、聖遺物の名を言っている時と通常時に起こる現象は明らかに違う。体内で無意識に不完全ながらもスイッチオフをしている、もしくは電流の量を調整している可能性までは見えるな?」
「無意識でやっていることを意識的にできるようになれってことか?」
「そうだ」
涼しい顔で言ってくれる。
人間が歩けるのは「そうあるようになっている」からだ。右足を出して前に重心を移動させ、浮いた左足を前に出すことを繰り返すなんて考えながら歩く人なんて、健康な身体を持っているならまずいないだろう。無意識にやっているというのはそういうことだ。
そんなことを、針に糸を通すくらいに集中し、他者の命に関わるほどの規模の力でやるなんて。考えるだけで背筋が凍る思いだ。
「ここまで理解した上でもう一度やってみろ」
魚を一匹目の前に置かれ、距離を置かれる。
さっきとは違い、鉄板に乗っている。どこから出してきたんだ。
「魚ではなくこの金属に電流を流せ。適切な量の熱が伝われば食べられる程度に焼ける」
頭の中に回路をイメージする。
何も置かれていない輪。その途中に抵抗となる物体を置く。
何も考えずに垂れ流されている力。そこにかかっている圧を抜いていく。
もっと小さく。もっと弱く。全部出しちゃいけない。体内に留める。もっと遅く。
ここだ。スイッチをオンにするのは、きっと「名前を呼ぶこと」!
「雷鎚!」
閃光が走る。ばちばちと音がする。焦げるような臭いがする。
見ると、魚はやっぱり炭になっている。
「あー……」
失敗した。いけると思ったんだけどな。
「どうだ、感覚は」
「かなり頑張ったし、集中してたと思う……でも……」
「……近くの籠に入れていた他の魚に影響はない。木々にも雷は落ちていない」
「…………」
「解るか?お前の意思で制御可能と言うことだ」
「俺の……意思で」
「『原理が把握できている』ならこの精度ということか。実践で感覚を掴むことが重要だ。ふわふわした根性とかやる気とかそういうのじゃないぞ。『魔法を使っている状態』を肉体に繰り返し叩き込んで学習させる必要がある。今まで持ち得なかった感覚だ、最初は違和感や捉えづらさがあるだろうが、次第に筋肉や神経の反応速度が上がっていく」
「……何も見えない、何も聞こえない激流の中で矢を避けるみたいに?」
「そういうことだ」
ヨイテのこと、横暴で乱暴で脳筋の鬼だと思っていたけど、案外合理的に筋道立てて面倒を見てくれているのかもしれない。
むしろ俺に合わせてメニューを柔軟に変えてくれている。この人結構優しいんだと思う。
「ではそういうことだから、もう一回やってみろ。言っておくが成功しなかったら昼飯は抜きだ」
「やっぱり鬼!」
一匹、また一匹と黒焦げになっていく。電流は徐々に弱くなっていくのを感じるが、とても食べられるレベルじゃない。
そうこうしているうちに最後の一匹になってしまった。
正直ふらふらだし、集中も途切れそうだ。
でもここで気を抜いて失敗したら魚達はただ単に俺に虐殺されただけになるし、ここまで教えてくれたヨイテにも申し訳が立たない。
今までで一番、緊張感を持って。
回路を綿密に、緻密に組み立てる。一つの抵抗を雑に置くのではなく、コントロールしやすい規模のものを複数イメージして。
緊張して、それでいて脱力して。余計な圧が掛からないように、ぎりぎりまで絞って。
スイッチを入れる。
「雷鎚!!」
焦げる臭いが広がる。見ると、やっぱり魚は黒くなっている。
「あー……」
だめだった。そんなにうまくいかなかった。
俺頑張ったのになあ。これ結構へこむ。
「おい」
ヨイテが鉄板の上の魚を木の枝で摘まんでへし折る。
すると、白い身がほこほこ湯気を立てている。
「焼けているぞ。パサパサだが食えなくはない」
そう言って手渡される。
本当に、本当に焼けてる。
小さいけど、最後の一匹だけど、成功した……!
しみじみと魚を見つめる。長かった……。数時間でしかないけど、本当に長く感じた。
「早く食え。スケジュールが押している」
「……ヨイテ、これ」
焼けた魚をそのまま差し出す。
「何のつもりだ」
「付き合ってくれて、ありがとう。少ないけど、お腹空いてるだろ」
「…………」
大きい目が、更に大きく見開かれる。
次の瞬間。
「このド阿呆が!!」
「あだだだだいだいいだい!!」
怒鳴られるばかりか、こめかみを拳でぐりぐりされている。
「お前トレーニング受けてるのは自分だって理解していないのか!?本当に馬鹿なのか!?エネルギーもたんぱく質も摂らずに一日保つほど楽勝とでも言いたいのか!?今から崖バンジー百セットでもやってくるか?ん?舐めるのも大概にしろよ!」
「だって!だってヨイテだって何も食べてないじゃん!」
「生徒に情けをかけられる程落ちぶれてはいない!」
「じゃあせめて腹のところの肉だけでもあいだだだだなんで強くするんだ!!」
「美味いところをあっさり人に譲ろうとするなこのクソボケお花畑がそんなに搾取されたいのか脳みそに水飴でも詰まっているのか!?」
結局ヨイテは魚を一口も受け取ってくれず、なんかパサパサして固そうな携帯食を荷物から取り出して食べていた。
こんな調子でまだ一日目の午後か。あと六日間やってけるのかな俺。
そんなことを考えていると、ふとヨイテの顔が険しくなった。
いや、いつも険しいけど、全身から緊張感が漂っている。
「えっどうしたんだ」
「黙れ」
俺の方を見向きもせずに弓を構え、彼女は呟いた。
「囲まれている」