第23話 こわいぞ!鬼教官
「遅い!ペースを落として良いと誰が言った!?」
「ちょっと……休憩を……」
「『はい』以外次言ったら射るぞ!」
「は……はい…………」
そんなわけで俺は山奥で鍛えられている。
今は「走り込みは体力作りの基本だからな」と、その辺に落ちていた大量の枝切れとヨイテを乗せたソリを引いて走らされているところだ。
道ですらなく何があるかもわからない鬱蒼とした山中なのに、少しでももたつくと後ろから怒声が飛んでくる。こわい。
朝から「手始めに腹筋背筋腕立て千回な」とか言われてこなして、水分補給の休憩後すぐこれだ。しかもその水分も、自力で水音を聞き分けて探すところからやらなければならなかった。
茂みを掻き分けてやっと湧き水の出るポイントに着いたらヨイテが既にいて「遅いウスノロ!お前の耳には米粒でも詰まっているのか!?」とか罵ってきたし。
しかもすれ違うリスやウサギはアフロになっていくし。
「ふん、剣士の村出身なんてこんなものか。所詮はド田舎の芋ガキだな」
辿り着いた場所は、滝壺だった。まさか。
「ほら、とっとと入れ」
「ひええハラスメント!」
「口答えするな!」
抵抗むなしく服を剥かれて滝の真下に蹴り飛ばされる。
しかもヨイテ、俺を悩ませてる魔法が雷ってこと忘れてないか!?いや俺は何も痛くないが、体の周りが変な風にばちばち光ってる。これやばくないか?環境破壊してないか?
狼狽えていると、耳の横を矢が掠める。
「集中しろ」
「こっ殺す気か!」
ヒュン。
もう一発、速かった。
「返事は?」
「はい!!」
補足しておくが、ヨイテは当たらないように射っているのではない。矢が刺さったところは、さっきまで俺がいたところだ。
避けなかったら確実に刺さっていた。
ただでさえ激流で前が見えづらく、音もかき消され、身動きも取りづらいのに矢まで避けなければいけないなんて、もはや拷問だ!
「ほら、死ぬぞ」
そう言われた気がした。
三本、四本と次々に矢が放たれる。昨日あれだけ射ったはずなのにいつ補充したんだ。まさか全部徒歩で回収したわけでもあるまい。
そんなことを考えていると、下方に矢が飛んできて足の指の隙間に刺さった。
死にはしないがもし当たってたら死ぬほど痛いやつだ!本能だけでは避けきれない!意識を極限まで集中させなければ!
どれだけそうしていただろう。もうへとへとだ。
俺のせいで感電したんだろう、何匹かの魚がぷかぷか浮いてる。かわいそうというか、ひたすら申し訳ない。
「それが昼飯だ、拾って来い」
血も涙もない指示が聞こえてくる。流れに足を取られないようにしながら、袋もないのに魚を拾い集めるのはなかなか大変だった。一匹でも落とすと冷たい声が飛んでくる。
「ほう?食いもしないのに命だけ奪うとは随分と偉くなったものだな、お前も死ぬか?」
矢を番える音が聞こえる。
「ヒィッすいませんすいません」
なんとか全部集められたと思う。
数分間の休憩は許してもらえた。
「体調を整えるのは大事だからな」
そう言ってヨイテは淡々と武器の整備をしている。ここまでやっておいて体調管理とかそういう問題じゃないと思う。
「さて、食事の準備だ」
そう言われたがこの流れだとたぶん俺が調理することになるんだろう。しんど。
荷物から包丁を取り出そうとする。
「何をやっているんだ」
「何って、食事の準備を」
「どのように?」
「内臓を処理して開いて木の枝に刺して火をおこして……」
ふと、昨日の黒焦げになった魔物の姿が脳裏をよぎる。
まさか。
恐る恐るヨイテの顔を覗き込む。
気付いたようだな、と言わんばかりに見つめ返される。
「いやいやいや!黒焦げは食べられないって!」
「誰が黒焦げにしろと言った。程よく加熱しろ」
「俺がこの午前中やったの肉体面の鍛練だけじゃん!コントロールの方法なんかわかんないって!」
「頭で考えろ。雷を構成する要素、雷によって生まれるものを思い描け。目的に合わせて力の通る道筋、順番を構築しろ。強い肉体によって支えられたとて、何をしようとしているのか解らないまま力を使えば待っているのは破滅だ」
「うう……」
そんなこと言われても。
とりあえず出力を小さくすればいいのかな?
どうすればいいのかわからないが、弱く……弱く……。
蚊の泣くような声で囁いてみる。
「雷鎚……」
ピシャーン!!!!!!
ドガーーーーン!!!!!
「……………………」
「……………………」
数本、ヨイテの背後の木が黒焦げになった。
「……何か言うことはあるか」
「すいませんでした……」
そもそも雷鎚とかいう物騒な名前がだめなのかもしれない。確か聖遺物というのは、神々の世界で更に神話として伝えられているものをモチーフに名付けられたものが多いと、ヨイテに昨夜聞いた。
「小さな雷鎚……」
ズガーーーーン!!!
ビシイイイイ!!!!
「………………」
「………………」
俺の背後の巨木もなぎ倒された。
「…………言い訳は?」
「ありません……」
ミニをつけたところで威力は変わらない、そう学んだ。
雷鎚って言ってしまうとだめなのかもしれない。雷鎚だもんな。明らかに危ないもんな。もっとグレードダウンしなきゃだめなんだな。
「稲妻……」
「…………」
「…………」
何も、起こらない。
「……私が言ったことを全く理解していないことはわかった」
「すいません……」
「名前や言い方の問題ではない」
「はい……」
「トレーニングメニュー変更だ。座学の時間だ!」
「昼飯は!?」
「できるようになるまでお預けだ!」
「夜になる!」
「夜まで理解しないつもりか!?お前の脳みそには綿飴でも詰まっているのか!?」
「ヒエエエエ……!!!」
わかってた、わかってはいたんだ……厳しい一週間になるということは……。
でもここまで四六時中怒られまくるとは思ってなかった……。
ヨイテのこと、詐欺師っぽいとか思っててすまなかったと思う。思ってたよりずっと真面目だし厳しいし、気の緩みを許してくれない。
詐欺師より怖い。