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第22話 魔法と契約

「それで、マセリア様が封印していた他の神の聖遺物が雷を引き起こす本で、エメルド君がそれを使ってしまったと」

「そうだ。封印されていた間に力が弱まっていたのだろう、もう跡形もない」

「そういうことでしたか。いや何、死者も出ませんでしたし畑への被害も大きくありませんでした。実りの季節でなくて良かったですよ本当に」




俺とヨイテ、ついでにミラとレトも村長の家に呼ばれて状況説明をさせられていた。まあ説明しているのは9割ヨイテだけど。

「しかし困りましたな、これは本当に困ったことです……」

村長は寛容で公正で、とても良い人だ。

だから俺は、そんな人をこんなに困らせてしまって心が痛い。




「まさかエメルド君とすれ違うすべての村民がアフロになるなんて……」

「本当にすいません……」




ミラとレトは神の子孫だから髪がうねるくらいでなんとかなっている。

ヨイテは耐性がある防具をつけているからもともとウェーブがかっていた髪が縦ロールになっているだけで済んでいる。

しかし、村長は髪どころか立派な髭までアフロだ。




俺が雷鎚(トールハンマー)を使ってからというもの、すれ違うだけで老若男女関係なくアフロになっていく。

このままではアフロ村だ。

「アイルマセリア?ああ、あのアフロの剣士達がのどかに農業や漁業をしていることで有名な村ですね」

なんて噂が流れたらめっちゃ嫌だ。しかも自分が原因なんて嫌すぎる。




「でもあの本はなくなってしまって……本当にすみません村長……」

「直し方もわからない、と。ふむ……困りましたな……」

「こいつから距離を取れば三日もすれば直るさ」

「とはいえ村の集まりも定期的にありますし、村民達はいつも助け合って生きています。エメルド君だって若いのに共同地の管理や保護者会のことで色々尽力してくれて助かっているのですが、その度に他の人を三日もアフロにしてしまうのはちょっと……」



いたたまれない。怪我をさせないだけマシとはいえ、迷惑をかけていることには変わりがない。


「私に任せておけ」


ヨイテが淡々と話す。

「聖遺物が崩壊したのに力が残っているんだ。つまり、力が減退してその形を保てなくなった聖遺物が、たまたま近くにいた相性が奇跡的に良い人間を宿主として乗り移っているんだ。それくらい相性が良いなら訓練次第ではコントロールできるようになる」

「……こういうことよくあるのか?」

「稀にある。そういうやつは魔導士と呼ばれている。力は魔法と呼ばれる」

「で、その訓練の方法というのはどういったものですか……?」



村長の問いにヨイテはきっぱりと答える。


「筋肉トレーニングだ」

「筋肉トレーニングなのか……」

「筋肉トレーニングですか……」



筋肉でなんとかなるのか……。




「そもそも聖遺物とは世界の法則に干渉する力があるものだが、内容や効果範囲は決められている。また、神の子孫とは言え、人の体に収まりきる時点で聖遺物は弱体化している。こいつが聖遺物より強い肉体を手に入れ、体内で打ち勝つ程にコントロールの精度は上がっていく」

「そんなもんなのか……」

「しかし闇雲に鍛えてもだめだ。内容も効果範囲も、所有者であった神がいない以上は憶測の範囲を出ない。暴発を防ぐためにも、魔法を何回も使ってパターンを観測する必要がある。要は、肉体面のトレーニングと実践によるデータ収集が必要になる」

「そうなんだ。でも、実践って言ったって……」

「そこでだ」



ヨイテが算盤を取り出した。ものすごく嫌な予感がする。

ぱちぱち弾きながら早口で捲し立てるように喋り出す。



「一週間だ。一週間面倒を見てやる。一週間で効果を実感できなかったらもう一週間分追加できる権利を保証してやろう、それは一宿一飯の分だ、特別だぞ。何人もの魔導士と交戦して勝利してきたこの私が精密で的確なトレーニングメニューを組んでやる。その間村からは離れた山中や廃墟で生活することになるが、狩猟プログラムも入れておくので食事の心配は要らない。これをこなせば今後の村での平穏な暮らし間違いなし。村の利益にもなりうるぞ、魔物の駆除をお前一人に任せておけば自衛に割いていた労力やコストを他に回せる。更には雷の魔法だからな。漁業やマッサージ、ひょっとしたら農業にも応用できるかもしれない。そうなったらお前の生活は安泰だ。」

「話進めるの早い早い早い」

「メニューだが、額面にしてこれくらいだ」

「どれどれ……うわ!たっか!」

「高いものか。将来的にお前が得られる利益を入れて考えたらむしろ手頃な価格だ。良心的にも程がある」

「こんなの払えないって!無理無理、土地と家くらいあるだろ!」

「そうだな、月々の分割払いも認めてやろう。12回、24回……いや48回払いが限度だな。四年以内に払え」

「それだってギリギリの額だ!」

「そうだな、それなら担保が必要だな」

「勝手に話を進めるな、ほんとお願いします待ってください!」

「土地と家くらい……か。そうだな。払いきれなかったらお前の家を土地ごと納めてもらおうか」

「や、や、闇社会の住人ーー!!!」

「契約書のここにサインしろ。何、17歳はまだ未成年?後見人はいるか?そういう制度はないのか。なら自治体の長で構わない、ほら村長ここにサインしろ」

「うう……そんな……髪を人質に子供達の家を売るなんてできません……!」

「そうか、それならこの話はなかったことにする」

「すいません村長……」

「良いんですよエメルド君。何せ事情が事情ですから……」




気付いたら村長の眉毛も縮れている。本当に申し訳ない。






「ああ、そうだ。……これは独り言だが」


立ち去ろうとするヨイテはその場にいる全員に聞こえるような声でこぼす。




「覚醒した魔導士はすべて力をコントロールできずに暴発させてきた。家族も故郷もその手で滅茶苦茶にしていった」

「……なんて?」

「考えれば自然なことだな。聖遺物からしても不自然に延命させられている状態なのだから、制御する力が働いていなかったら何が起きてもおかしくない」

「……待ってくれ」






ヨイテは振り返らない。背中に向かって声をかける。





「契約する」

「払えるのか?」

「払ってみせるさ」

「言っておくが死ぬほど厳しいぞ」

「死なせるよりはマシだ」





彼女が振り返り、無言で契約書を突き付けてくる。

上等だ。

その紙を受け取る。






はずだった。


だが、契約書を横から掠め取られる。







「こんなもので僕と兄さんの仲を引き裂こうなんてお粗末だよね、ねえレトもそう思わない?」

「……うん。エメ兄、私のことは良いから……」

「ミラ!返しなさい!」

「そういうところだよ」



ミラディスが無表情で契約書をびりびりに破いて踏みつける。



「僕らのためって思ったら考えなしに突っ込むのやめてよね。良いように使われてさ、そういうのほんっと迷惑」

「ミラディス!俺は……」

「今の話、大丈夫なところ一つでもあった?ないよね。ヨイテちゃんのこと信用できる?僕はできないよ。こんな女狐に兄さんが食い物にされるくらいなら死んだ方がマシ」

「ミラディス、剣を収めなさい」

「この人が強いのはわかるよ、僕だって見てたもん。だけど魔物の襲撃自体が仕組まれたことかもしれないよね?もしそうなら今ここで始末した方が良いよね?」

「剣を収めろ!」




ミラディスはいつでも斬りかかれる姿勢を崩さない。

レトマーナは黙って正座している。いつものようにミラディスを止めないということは、そういうことだ。

ヨイテは何もしていない。回避も防御もしようとせず、ただ俺達を静かに見据えている。

村長はあわあわと狼狽えている。




「……ヨイテ」

「なんだ」

「担保にするもの、変えて良いか?」

「言ってみろ」

「家と土地は無理だけど部屋は余ってる」

「こんなド田舎の物件で分譲するつもりか?ろくな値つかないぞ」

「……台所にあるもの、何でも食べて良い」

「こんなド田舎の食材など」

「野菜、海鮮、川魚、山菜、ジビエ」

「……交通の便が悪い」

「西の大陸行きの定期便の海路の話が出てる。ですよね?村長」

「エメルド君なんで知ってるんですか、村の機密なのに……」

「すいません村長、知っちゃいました……。おばちゃん達の情報網はすごいので」

「……食材があっても仕方ない」

「好きなメニューをリクエストしていい」

「お前にか?」

「俺にだ。24時間毎日三食、一汁三菜デザートつきで対応する」

「期間は」

「ヨイテが決めて良い」

「……認めてやろう」






「兄さんだめだよ!そんなの奴隷じゃん!僕は絶対認めないからね!」

「ミラディス。ただの出まかせなら、この条件で頷かないって思わないか?失敗したら自分も死ぬし、お前等の目もある。好きなようにはできないさ」

「……兄さんのばか。こんなにじっくり濃厚に愛を育んできた僕より、急に現れた美少女とのボーイミーツガール優先させるんだね。もういいよ勝手にすれば!?なんやかんやで『これは契約なんかじゃない……一生俺のそばにいてくれ』『エメルド……私もずっと前から……』みたいな展開になるんでしょ知ってる!そういう本百万冊くらいある!僕はどうせ口うるさい小舅ですよ、泣くまでいびり倒してやるんだから!」

「ミラ兄本読めないでしょ!どんな本もさいしょの数行でねちゃうでしょ!」

「ミラ、大丈夫!大丈夫だから俺は!絶対そんなことにはならないから!」

「さっきの条件で契約書を書き直したからサインしろ」

「早いわ!」




そんなこんなで村長に家族と畑の世話の手配をお願いして、近所の人達は快諾してくれて。




翌朝、ふてくされるミラと心配そうなレトに見送られながら、ヨイテと一緒に出発することになった。



「ぶじで帰ってきてね、エメ兄!」

「ミラ、レト。体に気を付けてな」

「…………兄さんに何かしたら殺すから」

「ああ」






山籠りトレーニングが今、始まる!

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