第21話 平凡だった俺の平穏じゃない一日
「…………」
「…………」
「わーいわーい兄さんとおでかけ楽しいなー!ヒャッホー!」
「ミラ兄、足下に石ころあるから気をつけてね!」
ひそひそ。
ざわざわ。
「…………ヨイテ」
「何だ髪の毛ピョンピョン紫ひよこ野郎」
「なんで弓、持ってるんだ?」
「自由業たるもの、いついかなる時も油断など論外なのでな。お前等は一般人だから気にするな」
「気にするわ!目立つって言ってるんだよ!なんで学校行くのに武装するんだよテロリストか!」
翌日、俺は学校に展示されているミラとレトの作品を見に行こうとしていた。しかし不審者というか犯罪組織の関係者に留守番をさせるなんて論外だ。隙を見せると家の土地代を吊り上げられ怖い人達に囲まれ村を追われる羽目になるに違いない。
弟と妹を路頭に迷わせるわけにはいかないので、絶対に目を離してはいけない。というか即刻お帰りいただきたい。
「超絶美少女だわ……」
「あの女っ気がなかったエメルド君が超絶美少女を連れてる……」
「あらまあ隅に置けないわね、いつの間にか超絶美少女と仲良くなってるなんて……」
近所のおばちゃん達、どうせ噂するならこいつの顔より武器の方に注目してくれ。棘も毒もある悪の華だぞ。
「ヨイテ、そもそもなんでうちの村に来たんだ?」
「この村の周囲に魔物が急増している。隠されていた聖遺物の封印が解けた可能性がある。本来は村中を探索する必要があるのだが」
「いや、頼むからうろちょろしないでくれ!」
俺の胸ほどの高さで、暗い緑色のウェーブがかった髪が風に揺れている。
「何だ、じっと見て」
「ごめん不愉快だった?珍しい色だなって思って」
「私の出身地ではこれが普通だ。私にとってはお前や弟のような紫の方が珍しい」
「えっそうなのか、村中みんなこういう色なのに」
俺よりもミラの方がやや色素が濃いが、系統としては同じ色だし、他の村人だって似たようなものだ。
「そうだ。妹の金髪の方が世界中でありふれた色だ」
「レトの金髪は父さん……っていうかじーさん譲りだからな。っていうか、世界中行ったことがあるのか?」
「一部地域だけだが、この村の百倍は広い範囲で活動している」
「そうなのか。俺この村から出たことないからなあ」
「その割にはなかなか用心深いじゃないか。私はもっと歓迎されても問題ないが」
「問題しかないだろ……」
そうこうしているうちに学校に着いた。
大きめの家に倉庫や運動場がついたくらいの規模だが、俺達アイルマセリアの村人みんなで協力して適宜修繕しているので、古い割には綺麗な建物だと思う。
俺が通ってたときから、というか、たぶんずーっと前からいたおじいちゃん先生に受付で挨拶して校舎に入る。
中には俺達と同じような子供達とその家族が何組かいて、展示を見て口々に褒めている。
「ミラ、この木版画はどういう作品なんだ?」
「かっこいいでしょ兄さん!『僕の考えた最強の動物』ってタイトルだよ!強くて大きくてごつごつしてるよ!」
「かだいの名前、『好きなれきし上の人物』ってかいてあるよミラ兄……」
「ミラは器用だなあ、細かいところの処理がすごく丁寧にできてるぞ」
「えへへもっと褒めて兄さんほらもっと惜しみなく」
「だめだこの兄二人……」
「レトの蛙の絵もすごいな、本物みたいだ」
「見た通りにかいただけだよ」
「さすがレト!何やらせても天才!期待の星!将来大物!」
「はずかしいよやめてよミラ兄、大声出さないでっていうかしゃべらないで!」
レトはそう言ってるが、うちの弟と妹は本当に天才だと思う。はちゃめちゃに可愛くて礼儀正しくて健気で器用で、それから……。
「……来る」
いきなりヨイテがそう呟いて走り出した。
校舎の中で走るな危ないだろ。そう言おうとした。
その瞬間、既に目の前で一本目の矢が放たれていた。
その先で、猪のように胴体がでっぷりとし鹿のような角と長い脚を持つ動物が倒れていった。
「魔物だ。包囲されている」
ミラとレトを校舎に留まらせ外の様子を見ると、同じ魔物が数十頭……いや百?数えきれないほど溢れかえり、畑や民家を襲っている。
村の警鐘が鳴り響く。
作業中だった大人達が鋤や鍬でとっさに追い払おうとするが、長い脚や角を振り回されて容易に近付けない。
「お前等はじっとしてろ。邪魔するな」
「どこ行くんだよ!」
「仕事の時間だ」
弓を持って走り去るヨイテを追おうと思ったが、二人や子供達を置いてはいけない。校舎に立て籠るしかない!
適当な掃除用具で入口につっかえ棒をして、中にいる人達に声を掛けて固まっていてもらう。
「兄さん、外どうなってるの?」
「こわいよう……」
「ミラ、レト、大丈夫だ。俺が絶対守ってやるから」
そう言ってから、屋根裏の倉庫の隙間から外の様子を伺う。
魔物が次々に頭に矢を受けて倒れていく。
ヨイテの姿は見えないし、矢が飛んでくる方向もばらばらで位置を捉えることができない。
しかし村全体を見渡しているのかというくらい、放置したら被害が大きくなる順に、的確な判断で処理しているのがわかる。
それどころか、村人の戦力を分散させないよう誘導するような経路を作り出しているようにすら見える。つまり、無駄撃ちが全くない。
「敵に回したくねえ……」
本当に一人で村を焼こうと思えば焼けるくらいの実力があるのかもしれない。恐ろしいが、それ以上に戦術や弓の軌道の鮮やかさは尊敬に値する。
しかし、魔物の数が信じられないくらい多い。何十頭もいる。
あいつの矢筒、何本入ってたっけ?
何本入っていたとしても、おそらく足りない。
それじゃだめだ。一網打尽にできるほどの数がないと突破されるし、そこから崩れていく。
実際、何頭かこの校舎に近付いてくるし、仕留めきれなくなってきている。
急いで適当な棒切れを持って駆け下りる。
裏口から外に出ると、魔物がちょうど角を向けて校舎に突進してきていた。あんなもの食らったら校舎は木っ端微塵だ!
俺だって正面から受けるわけにはいかないが、足止めしないといけない。手に持っていた棒切れを思いっきり投げる。
魔物の脇腹に命中し、悲鳴を上げて動きを止めるが、ゆっくりと俺の方に向き直る。
ついでに、周りにいた他の魔物も。
で す よ ね
知ってたけど!狙いが俺に変わるくらいわかってたけど!子供達が被害に遭うくらいなら俺が逃げれば問題ない!
これでも結構体力はあるし土地勘については言わずもがな。
逃げ回りながらなんとか、二頭の魔物同士が勢い余って衝突するように誘導できた。
そんな感じで、校舎に近い順から誘い出しては木や同類に激突するよう上や下に逃げ回る。
でも多い。流石に疲れてきた。
時折援護射撃が飛んでくるが、やっぱりそんなに数はない。
これいつまで続くんだろう、と一瞬集中を途切れさせてしまった。
視界の隅に、魔物が向かってくるのを捉える。回避が間に合わない!
「死んで」
頭上から冷めた声が聞こえる。
次の瞬間、魔物の首が胴体から離れる。
その鮮やかな切り口を確認もせず、その刃の持ち主は次々に接近していた魔物を切り伏せる。
「ミラディス、やりすぎだ。またスタミナ切れで倒れるぞ」
「遅いんだもん、見てらんない」
「お前より速い奴なんかいないよ。それより体は」
「後で休めば良いんだよ。それより兄さん狙うとかこいつら本当死ぬしかなくない?ほんっと気持ち悪い」
そういうなりミラはまた五頭、十頭と面倒そうに斬っていく。
その昔、俺達の祖父マセリアが生きていた時代も魔物の大規模襲撃があったらしい。その時じーさんは相討ちになって、武器も奪われたそうだ。
ばーさんも死んで赤子だった父さんだけ生き残った。
村人は一人の英雄でなく自分達で戦えなければいけないと、見よう見まねでじーさんの剣技を村全体で伝承していった。
だから学校の体育の授業はほぼ剣だし、学校には当たり前のように剣があるし、今も結構な数の大人が戦えてる。
でも、実際じーさんなんか見たことないのに、ミラはそういう次元じゃない。剣を持たせたら流水だの疾風だのに例えられるくらい速く静かに圧勝するので、何が起こってるのか誰にもわからない。こういうのを才能って言うんだと思う。
やっぱマセリアの子孫は違うな、と言われてるし実際そうなのかもしれないが、俺はそんなことない。
むしろ万年落第点で、剣なんか持ったら三秒で転ぶ。
レトの練習に付き合ったとしても、レトがまだ何もしてないうちに負ける。それくらい才能がない。だからこうやって逃げ回るしかない。
それでも俺は兄だから、ただ守られてるわけにはいかない。というか。
「……兄さん」
「どうしたミラ」
「つ……つかれてきた……立てないよう……ふええ……」
「だから言ったのに!」
この弟、ペース配分ができなさすぎる。
へろへろになったミラを抱えて一旦屋内に退避する。
「ミラ兄!」
「ごめんレト、見ててくれ」
なんでこんなに今日は魔物が多いんだ。ヨイテの言っていたことを思い出す。聖遺物の封印が解けた可能性。
それを狙ってきたのだとしたら。
「おいピヨピヨ野郎」
「うわっ!?」
気付いたらヨイテがすぐそばにいた。どこにいたんだ今まで!
「この建物を中心に包囲網が広がっているとわかった。ここにある。探せ」
「えっ聖遺物!?俺が探すのか!?戦線は!?」
「黙れ。埒があかない。それだけ強力ということだ、見つける方が早い」
「どんな形?名前は?古いのか?」
「知らん」
そんなもの探せなんて無茶苦茶だろ!
二人で倉庫に上がって片っ端から箱やら棚やらをひっくり返すが何もない。というか、色々あるけどヨイテに「違う」と言われる。
倉庫じゃないのかもしれない。
梯子を駆け下りると教壇がガタガタ揺れている。
外の衝撃が伝わっているのだろうか。
この教壇古くてすぐがたつくから、いつも板切れか何か挟んでたんだよな。今もなんだな。
何気なく下を見ると、古ぼけた厚い本が挟まっている。
いや本はだめだろ。
「それだ!」
背後からヨイテの声がする。
「それって」
「その本!うっすら光ってるだろ!早く取れ!」
「えっ!?はい……」
教壇が重くて手間取る。
その瞬間、校舎が大きく揺れる。
子供達の悲鳴が聞こえる。
校舎が魔物に取り囲まれているのがわかる。倒壊は免れたらしいが、あちこちミシミシ言ってる。
「早く寄越せ!」
そう怒鳴られ、ヨイテの方に持って行こうとする。
だが。
「いや……なんか体動かない!」
「は?」
「えっどうしようヨイテこれめっちゃ重い」
「おいふざけるな」
「なんか手が勝手に……」
手が勝手に頁を捲る。俺の意思とは関係なく。
いや、俺の意思なのかもしれない。
俺の意思がこの本に操作されているように、導かれるようにどんどん頁が進んでいく。
文字が勝手に頭に入ってくる。
見たこともない文字で、何て読むのかわからない。
わからないことしか書いてない。
それなのに、最後のページまで捲り終わると、「それ」だけが頭の中に浮かび上がった。
この聖遺物の名前を、口が勝手に唱える。
「雷鎚……?」
一瞬の静寂。
次の瞬間、轟音が鳴り響く。
扉の隙間から閃光が入ってくる。
そして、嘘のように辺りは静まり返る。
何が起こったんだ!?慌てて外に出る。
そこには、黒焦げになった魔物の群れがいた。
一頭も息をしていなかった。
子供達が、村人が、もしかしたら家畜さえもがぽかーんと目と口を開いて呆然としている。難を逃れたのにざわざわする気も起こらないほど、信じられないことが起こったらしい。
なんだ、なんだなんだ。
何が起こった。
「おいお前」
背中の低いところを強めに小突かれよろめく。
尻餅をついた俺を、ヨイテが真剣な目で見ていた。
そして、意味不明なことを口にした。
「私と契約しろ、魔導士」
「魔導士」「アーチャー」「剣士」のジョブが実装されました。