第20話 平凡な俺の平凡じゃなくなりつつある一日
結局その後、魔物から助けてくれた女の子を家に運び込んで。
「おかえり兄さん遅かっ……誰よその女!泥棒猫!くっくやしいこんなポッと出の超絶美少女に兄さんを取られるなんて!」
「おかえりエメ兄!何がさくにかかってたの?しか?いのしし?……ちっ超絶美少女!?エメ兄もしかして人さらいになっちゃったの……?」
「いや誰が人さらいだ!命の恩人だから!夕飯ごちそうするから!」
「う……どこだここは……人さらいめ……」
「人さらいじゃねーわ!」
凝ったものを作るべきかもしれないが、早く何か食べさせてあげた方が良いだろう。
おかずはもう三人で食べきってたけどごはんは余っていたので、梅干しのおにぎりにして、あと備蓄の生野菜を塩と昆布で味を整えて、漬物や佃煮と一緒に出した。
「くっ一般人からの施しなど」
「食べないのか?」
「食べる」
もぎゅもぎゅ。よっぽどお腹が空いてたんだな。もうなくなった。
「改めましてエメルドです。農家です。」
「初めましてミラディスです。美少年です。」
「こんばんはレトマーナです。学生です。」
「ヨイテだ。聖遺物回収業だ。」
聖遺物回収業?聞いたことない職業だ。
レトも知らないようで首をかしげている。
ミラは案の定知らないようでぼーっとしている。
「聖遺物というのは神が死ぬ際に遺した……」
「あっもしかしてじーさんの知り合いか?」
「は?」
「うちのじーさん神なんだよ、まだ家の中捜せばちょっとは遺品とか残ってるかもだけど持ってくか?」
「……待て。少し待て。」
「おじーちゃん印のおまんじゅうとか売店にあるよ!明日行ってみなよ!」
「あっミラ兄、食べ物よりこっちの方がいいんじゃない?こういうキーホルダーとかペナントとか」
「私は土産物の卸売業ではない!!!」
「急に大声出すなよびっくりするだろ!」
鋭い目付き、組んだ腕、厳つい言葉遣い。
それに加えてめちゃくちゃ苛々しているのが雰囲気から伝わってくる。
ミラとレトが怯えないように、これ以上怒らせないようにしないと!
「私とてマセリアの逸話は知っている。子孫が子供三人とは思っていなかったが……。しかしここに来たのはマセリアの聖遺物に関しての用ではない」
「はあ……」
「そもそも聖遺物というのは、神が死ぬときに遺す、奇跡的な力が込められたアイテムのことを指す。それは人の生活に恵みをもたらす一方で、悪影響を及ぼすこともあるのだ」
「へえ……」
「犯罪者の手に渡ることもあるし、災害の発生源にもなり得る。また、何らかの原因で本来の生態系から外れ凶暴化した生物『魔物』は、聖遺物をエネルギー源として狙う性質があると近年明らかになっている」
「ふーん……」
「……聞いているか?」
「聖遺物についてと、回収しなきゃいけない理由はわかった」
「ふん」
「でも、それが仕事になる仕組みはわからない」
正義の味方みたいな話で、かっこいい。
かっこいいけど、誰にお金をもらってヨイテが生活できるのかはわからない。
武器も防具もよく手入れされているが、元の素材自体もかなり上質に見える。空腹で倒れてはいたが、見える範囲の持ち物からはみすぼらしい印象は受けない。
「簡単な話だ」
ふ、と彼女の雰囲気が和らぐ。笑っているわけではない。
むしろ質問しなかったら馬鹿にしていたとでも言いたそうな目線だ。
「売る」
「売るって、誰に?」
「依頼主がいる場合もあるが、大半は競りに出す」
「闇オークション的な……」
「誰が闇社会の住人だ。そういうのを欲しがる奴等の独自の流通ルートがあるんだ」
「そういうのを欲しがる人って例えば……?」
「コレクターや施政者等、まあ金持ち全般だな」
「……あのさ」
「何だ?」
「犯罪者の手に渡ることもあるって言ってたよな?」
「そうだな」
「その金持ちが犯罪級に悪い奴等だったら、どうなるんだ?」
「……依頼が来る」
「依頼?」
「『聖遺物を回収してくれ』と」
「……あのさ」
「依頼が来なくても回収する時もある」
「それって」
「そしてもっと高値で売る」
「……うん、あのな、ヨイテ」
とんでもない。とんでもない奴を拾ってしまった。頭がくらくらする。
「『誰が闇社会の住人だ』じゃねーだろ!闇社会の住人でしかねーだろ!真っ黒の極悪人じゃねーか!」
「人聞きの悪い」
「要するに悪人の手に渡らせてるのお前じゃねーか!」
「悪人かどうかなど売る時点で確認しようがない」
「そういうの何て言うか知ってるか?」
「適切な資源の管理だな」
「マッチポンプって言うんだよ!」
「私は騙してなどいないぞ。最終的に旨味の多い立場にいるだけだ」
「そうやって何人もの悪人を掌で転がしてるのか!?」
「自由業と言え」
「しかもがっつり武装してるし!奪い取る気まんまんじゃねーか!」
「いついかなる時に魔物と遭遇しても良いようにな」
「お前の精神性が悪魔だよ!」
もうだめだ。話していると頭がおかしくなりそうだ。
「どこから来たか知らないけど帰ってくれ!」
「そんなことを言っていられるのも今のうちだな」
「は?村をどうするんだ!?まさか焼く気か!?」
「馬鹿め。こんな村焼いたところで何の利益もない」
利益があるなら焼くのかよ!そうはさせないぞ!
命の恩人ではあるが、こんな教育に悪い人をいつまでもミラとレトの近くにおくわけにはいかない!変に興味を持って影響が出たらどうするんだ!
「はーいヨイテちゃんしつもん!」
「言ってみろ」
ミラディス・ルクス・アイフレンド!空気読め!!!
ヨイテも何普通に普通に答えてんだ!!!
「なんでそんなに弓大きいんですか!」
「大きい方が強いからだ」
「そのぶん射るのもすっごい強い力がひつようでしょ?」
レトマーナ!!物騒な話に普通に入るな!!!
「簡単な話だ」
わかった、こいつ笑ってはいないが結構得意気だ。ドヤ顔だ。
「そのぶん私が強ければ良い。私は強いので大丈夫だ」
「わーすごーいヨイテちゃん!!」
「ヨイテちゃんは強いんだね、ねっミラ兄」
いいのかその答で!?すごいのか!?今納得するところあったか?しっかりしてくれ!
「でもなんで弓なの?剣とかの方がスパーってかっこいいよ!」
「そうだね、もっと軽いとび道具もあるかもしれないのに」
「弓は世界最強の武器だ。覚えておけ」
なんかもうつっこむ気力も起きないが、明日の朝一で帰ってもらおう。
こんな倫理観も論理展開もめちゃくちゃな人がうちに居続けるなんて、俺達の平穏な生活がきっと脅かされるに違いない!
「ヨイテちゃん何歳?」
「18だ」
「エメ兄のひとつ上なんだ。仲良くなれるといいね!」
「……」
「……」
お互い無言で顔を見合わせる。しかしたぶん同じことを考えているに違いない。
同時に口を開く。
「それは絶対にない」
後編(完結済)の終章で、この四人の人間関係の行く末はある程度わかると思います。