第2話 結婚式をしよう!
「ミウはなんでここにいたの?」
ミウというのは私の名前。
さっき会ったばかりの褐色肌の美形、バノンが暖炉に薪を足しながら尋ねてくる。だいたい私と同い年くらい、背は私よりちょっと高いくらい。まあ私は同世代の中でも結構小さい。
私には見えていなかったが、近くに山小屋があったらしくバノンが案内してくれた。
毛布を何枚もかぶせられ、薪をひたすら暖炉で燃やしている。
「死にたくて来たの」
「ふーん、じゃあミウも神なんだ」
バノンがにこにこしながら、ほかほか湯気が出てる果実のような香りの飲み物を手渡してくる。
「あんなところにあんな格好でいるから雪女かと思ったよ」
ちょっとよく分からないスパイスが入っている。独特のクセがある。でも温かくておいしい!私やっぱりこの人好きだ。
「雪女ってよく言われる。私こんな髪だし」
夏空より淡くて氷より青い、水色のとにかく長くて長くて長い自分の髪が私は好きでも嫌いでもない。ちょっと嫌いかもしれないけど、切るのめんどくさいしこのままでいい。死ぬ気だったし。
白くてだぼだぼのコートはお下がりだ。死ぬつもりなのにもらいもののコートなんか着てくるなよって感じかもしれないけど、着てきたかったのだ。
何より、何を思ってても何を考えてても私は表情に全然出ないらしい。ずっと真顔で気味悪い子、とか悪口言われたなー。まああいつらには関係ないけど、私のことなんか。
「バノン、あなたも神?」
「似たようなものだよ」
「似たようなものって何よ。ここには人っぽいものは、神と人しかいないわ」
「似たようなものは似たようなものだよ」
「あなたは死にたい?」
「そうだよ」
「じゃあ神じゃない」
「この世界で生まれたから」
「じゃあ人なんだ」
「どっちでもないんだ」
話しててもよくわからない。だってここはDreaming world っていう仮想世界だ。人体をそのままデータに変換してコンピューターかなんかの中に送り込める、なんかよくわからない……すごい技術らしい。説明はされたけど正直よくわからない。
一般に知られてはいないけど、色々あって安楽死を志願した者の中から選考され最終的に案内される、最後に安らかな夢を見られるようにって送り込まれる世界だ。つまりは片道通行で、元の世界に戻る方法なんかない。肉体がもうない。
ここでは人工知能を持ったNPCが勝手に生活している。ゲームのような、いつも同じことしか言わないようなやつじゃない。
社会も作られているし、経済も宗教も政治もある。
NPC同士で生殖だってして、勝手に増えている。
NPCのことをここでは「人」と呼ぶらしい。私達みたいな参加者は「神」で、色々権限があるが、すべての神の最終目的は「死ぬこと」に限定されている。それ以外は認められていない。
たまにこの世界のことを知った者が興味本意で参加しようとすることもあるが、何回もじっくり面談を重ねて、そういうのを排除していくらしい。よくは知らない。
で、私はさっき新規ログインした「神」。
目の前のバノンは、何?
「神じゃないけど神と同じだよ」
「力を持ってるってこと?」
「うん。それと」
「死にたいんだ」
「死にたいよ」
バノンはいつもにこにこしてる。
私の表情はたぶん変わってないんだろう。
「死ぬつもりなら、私と結婚しない?」
「結婚って具体的にどういうこと?」
「死ぬまで一緒にいるってこと」
「いいよー」
私はこれから死に場所を探さなくてはいけない。理想の死に方、死に場所を。
バノンだってそうなのかもしれない。じゃあ二人で探せばいいじゃない。
好きだ。顔がきれいだし声がきれいだし助けてくれたし笑顔が可愛いし、このまま好きにならなくたって絶対に後から好きになる。
じゃあ今好きになるのがいい。
結局何なのかはよくわからないけど、死ぬから問題ない。
「ミウ、一緒にいるだけでいいの?」
「結婚式しなきゃ。神の前でキスするんだよ」
「君が神なんでしょ」
「私にキスしてよ」
「いいよ」
一瞬だけ唇が触れる。
ぱちぱちと薪の音が聞こえる。
外は吹雪いているみたい。
バノンは変わらずにこにこしている。
私の表情は、きっと変わっていない。
変わらない表情で、そのまま床をじっと見ている。
バノンは何も言わずに座っている。
バノン。
この雪が止んだら、どこに死にに行こうか。