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第17話 ドラスティック・アプローチ

夜の街に女と女、何も起きないはずがなく......

夜の静寂の中のラウフデル。

人々は帰宅し、街灯が私達を照らしている。



キエルの羽根が背中からふっとなくなる。動揺している様子はないため消滅したわけではなく、格納したようだ。




フロアの耳のような身体的特徴とは違い、あの羽根は遺物(レリック)となったセルシオルの真夏の(ア・ミッドサマー・)夜の夢(ナイツドリーム)の一部か。

私の冥府の鏡(プリズム・ハート)を呪っておきながらまだ遺物にも(リソース)を割けるなんて、どれだけの量があったんだろう。しかもあの遺物は効果範囲が広い。

もしかしたら落ちていったセルス人形がいずれ影響をじわじわと受け、セルスとして動き出すのかもしれない。




しかし、目の前のキエルはそれを回収して使う気はなさそうだ。

歌おうともしていない。まあ私相手なんだから当たり前か。生身の神相手に遺物で勝とうだなんて、いくら森の奥から出てきたとは言え、そんな愚かな判断をする奴はいないだろう。



彼女は姿勢を低く構え私の方を見据えている。悲壮な決意等は感じられない。私達の間に長年の確執があるわけでもない。ただ、怒りを湛えている。彼女は己の肉体だけで私に勝つ気だ。バノンには目もくれず、私だけを見ている。


その度胸は褒めてやる。ならば私も正々堂々と力の差を示さなければならないだろう。

夢鏡(プリズム・ドリーム)を建物の影にいるバノンの方に投げる。

右手ですんなりキャッチしてくれるバノンの表情は見えないけれど、預かっておいて、なんて言わなくてもわかってくれる。

私達をこんな目に遭わせた落とし前はつけさせるからね。




キエルも私と同じように、たぶん奇襲、先制攻撃、スピード勝負が得意なはずだ。私は平均的な人と比較してもかなり小柄な方だし、キエルだって身長こそ高めではあるが細い体型で、普段は飛翔しているようなやつだ。

耐久戦はきっとお互い苦手だが、それでも身体能力はこちらの方が上に設定されている。もしかしたら攻撃の何割かはかわされるかも知れないが、じわじわ疲弊させていけば私の脅威ではない。






そして必ず、向こうから仕掛けてくる!


速い。飛翔しなくても、脚だけで十分すぎるくらい走れている。

私の拳の間合いも正確に見極めているようだ。接近とともに跳躍する。

私の顔面目掛けて脚が振り下ろされる。だが、隙が大きい!ここで回避したらこちらの攻撃チャンスだ。




と、思った。





そうはならなかった。

キエルは脚を振り下ろすような動作こそしたが、そのまま私の真横に着地した。

衝撃と驚きで一瞬体勢が崩れたのを、見逃されるはずがなかった。



脇腹に回し蹴りが入る。数メートル身体が吹っ飛ぶ。

素早く身体を起こすが、もう肉薄されている。

単調な攻撃や回避ではリーチ差で絡め取られる。隙を作ることにはなるが、私も跳ぶしかない。


キエルが攻撃に転じた瞬間しかない。右キックが繰り出されたその瞬間に、横をすり抜ける。


だがすぐに長い腕が伸びてくる。幸いにも髪を掠めただけだったが、命中していた可能性は低くない。

脚の方もフェイントではなく、まともにもう一発喰らったら動けなくなるかもしれない。飛翔の位置エネルギーもないはずなのに、彼女の足を受け止めた石畳がまた割れている。




体格差が少ない、しかも身体能力面で有利なはずの相手に徒手空拳で追い込まれるなんて。これは間違いなく的確な訓練を受けた者だ。

セルシオール。何百年もその血と歌を守ってきた一族。

ろくな文明も技術もない森の奥で、神の力に頼ってふわふわのんびりと過ごしてきたかと思っていたけど、とんでもない。


重心移動が、間の取り方が、技と力のバランスが完璧に洗練されている。

こういった手合いと戦うのは初めてではないが、かなり厄介な相手であるということは、肉体を失ってもデータだけの存在になっても精神が覚えている。


今私が対峙しているのは、厳しい自然の中で代々鍛えられてきた、正真正銘の戦闘民族だ!




「私の方がなめていたようね」

このままでは削られるのは私の方。力だけで圧倒できるなんて甘い考えは捨てる。



「この程度なんですね、神様って」

息を整える時間も与えられない。熾烈な攻撃ではあるが隙がない。ただでさえ暗いのに、雑に避けていたらフェイントで体勢を崩される。


呼吸どころか意識が休まる瞬間なんかない。もし途切れさせたら、こんな風に。


「かはっ……!」

腹部に拳を喰らって、胃液が逆流してくるのを感じる。

蹲ると見せかけてこちらもなんとか拳を振り上げるが、そんな単調な打撃は読まれてかわされる。

だから、これは本命じゃない。

もう片方の拳を下からキエルの顎に命中させる。

「がっ……」



もう一発、と思ったけど蹴りの予備動作に気付いて急いで後退する。

睫毛を爪先が掠める。




喰らったのが拳でよかった。ずきずきと痛むだけで済んでいる。蹴撃の威力がとにかく脅威だ。しかも。


上、いや横だ!



羽根を使っていない彼女は、脚力だけで跳躍している。

私を追い込みながらしっかりと加速し、跳び上がって手頃な壁を蹴り、飛翔と遜色ないほどの高度からの攻撃を与えてくる。


無論、隙も大きいし命中もしないのだが、地面から伝わる衝撃が大きく、下手に距離を詰められているとそれだけで引き倒されかねない。



音を頼りにタイミングを合わせ、なんとか後方に跳ぶことで間合いからは出られた。

しかし防戦一方だし、キエルはまだろくに息切れもしていない。こいつの体力の限界を多目に見積もり直す必要がある。




それに、歌を遺物として使用してきたセルシオール、耳が良い。夜闇の中でも私の居場所を正確に探れる。

きっと路地裏に入り込んだとして罠を仕掛ける暇も与えられず、より追い詰められていくだろう。





しかし相手は人だ。神に対して弱い立場である「人」という意味じゃない。「人間として生きている者」だ。どこかに必ず弱点がある。考えろ。走りながら考えるんだ。



じわじわと距離が詰められていく。時折街灯の下でキエルの顔が見える。さっきから全く変わらない表情。

私もあんな顔してるのかな。私に殺されてきた人間も、あんな顔した私を見てたのかな。



膝蹴りが来る!

いや、違う、もっと下!

地面を這うような低さで回された脚に躓き、顔面を石畳に打ち付ける。

顔を上げる暇もなく、脇腹に強烈な蹴りが入る。




そのまま石畳を転がり、建物に激突して跳ね返されて、やっと動きが止まる。ひゅうひゅうと息をしながらなんとか仰向けのままうっすら目を開ける。





キエルが、降ってくる。

もう回避できない。



また上空からの蹴りが来る。





だめだ、負ける。






負けてなるものか。

蹴りがなんだ。技が、破壊力が、高度がなんだ。

私は勝たなくてはならない。



神として?

愛のために?



そうかもしれない。

そうかもしれないが、この瞬間は違う。

他に何も考えない。



目をはっきりと開ける。キエルしか見えない。

キエルしか見ない。









腹部を、踏み潰される。

その寸前。


その脚を私の両脚でホールドする。

全身に強い衝撃が走る。今にも吹き飛びそうだ。

強い。信じられないくらい強い一撃だ。踏み抜かれてはいないが、抑え込むためにまっすぐに力を受け止めているので、骨の何本かが持っていかれている気がする。

抜け出されるその前に決めないと。

あなたが私に力をくれたのよ。





この衝撃をも反動にして、頭から石畳に叩き付ける!





自分から生まれたエネルギーに逆らうこともできずにキエルの身体が大きく仰け反る。

べしゃっと嫌な音がする。






私はもう起き上がれない。息が苦しい。

キエルもその場に倒れ込んでいる。

頭が潰れてはいないようだ。というか、驚いたことに、まだ意識があるようで、指先をぴくぴく動かしている。神よりよっぽど丈夫なんじゃないかこいつ。






私達の上に、満点の星空が広がっている。






「……あなた関節技知らないの?使ってたら勝てたでしょ」

「…………かに、しな……で……さい」

「馬鹿になんかしてないわよ。少なくともこの世界に来てから一番本気で戦っ……わ……」

「……たしは、わた……は……ずっと。ずっと……お役目の……めに……」

「あいつらのどこが信じられたっていうの?あなたのことなんか見てもいない奴と死んでる奴のためになんか、歌ってもしょうがないじゃない……」

「……も、ほか……に……いから。だれも、だ……もう……ないから……」

「……あなた、あの歌向いてないわ」

「…………に……」

「意味もわからない愛の歌なんか、無理矢理歌わされて歌うものじゃないわよ」

「……て……だって……だってそんなの!だってそんなのは……わたしが……らなくちゃ……わたしはずっと……ずっと!」




泣くんじゃないわよ。私だって泣けるものなら泣きたいわよ、死ぬかと思ったのよ。それくらい痛かったのに、なんであなたがずびずび泣いちゃうのよ。



「ずっと、ひとりだもん」








ああもう。

そんなことはわかってるのよ。

あなた自分で言ったじゃない、お父さんもお母さんもおばあさんもみんな死んだって。

たったの四人ですら、一緒に食事するのは初めてって。



あんなに痛々しい笑顔作っといて、誤魔化せていたなんて思わないで。





「ミウちゃん」




「なによ」





「わたしにはだれもいないんです」

「……そう」

「ミウちゃんには、わかりますか?」

「何がよ」

「わたしの気持ち」

「わかるわけないわ」

「わたしにもわからないんです。こんなに泣いても、なんで泣いてるのか、どうやったら止まるのかわからないんです。もう何もかも失って、どうやったって何も手に入らないってわかってるのに、止まらないんです」

「……キエル、あなたそれ」

「役に立たなくちゃいけなかったはずなのに、何の役にも立てなくて。もうわたしは何も持ってないんです」

「ああもう!」





動かない身体を動かして、なんとかキエルの方を向く。

キエルも私の方を見ている。

目が合ったから、言葉をぶつける。




「寂しいなら寂しいって最初から言いなさいよ!」




「…………だって」

「だってじゃない!」

「だって、だってえ……ミウちゃん、わたしのこと……めんどくさかったでしょ……」

「今もめんどくさいわよ」

「そんなに長く……一緒にいたくなかったでしょ……」

「誰でも二番目以下よ、例外なんかないわ」

「しょうじきわたしのことなんか、どうでもよかったでしょ……」

「ええ、どうでもいいわ。あなたのことなんか心からどうでもいいわ。会わなくなったら即、忘れるはずだったわ」

「……わたしは、わすれない……」

「私だってもう忘れらんないわよ。どうしてくれんのよ」

「怪我のこと?……所有物のこと?」

「これのことよ!」



手首に青い石のブレスレットがまだ巻き付いている。

街灯の下、同じデザインの黄緑のブレスレットが視界に入る。




「こんなのずっと着けてたら、もうバノンと二人きりじゃないじゃない。どこに行ってもあなたのこと思い出しちゃうじゃない。ふざけないでよ、どうしてくれるのよ」

「……捨てたらいいのに」

「捨てないわよ」

「……ミウちゃん」

「なによ」

「わたし、友達いないんです」

「私にはいるわ。クッッッソめんどくさいのが一人」

「……ミウちゃん、ミウちゃん」

「なによ、キエル」

「死なないでください」




いやよ。

死ぬわ。




そう言おうと思った。

それなのに、キエルの目を見ていると、言葉が出なかった。

きっと肋骨とかが折れて、息ができないせい。






「ああもう何やってんの、この野獣と蛮族!医者呼ぶからじっとしててよ!絶対じっとししてよ!」

焦っているフロアの声と、二人分の足音が聞こえる。

バノン。バノンの存在を感じて、なんだか無性にほっとする。

頭上から優しい声が聞こえる。

「がんばったね」

そうだ、私は頑張ったんだ。元から入っていなかった全身の力が更に抜けていく。




結局その後まとめてハーフラビット社の奥の来客用の宿泊室に運び込まれて、かかりつけ医に「よく生きてましたね」とか言われて、さんざんなラウフデルでの初日が終わった。


キエルはもう泣き疲れたのか、ドア側のベッドですやすや眠っている。

私は真ん中のベッドでぼんやり天井を見ていた。


「ミウ、起きてる?」

「バノン」

窓際にバノンが立っている。星明かりと下からの街灯にぼんやりと照らされている。

昼間のバノンはまるで世界中の光を集めているくらい煌めいているけれど、今の静謐な時間に見るバノンは夜の精みたいだ。

「これ、返すね」

「ありがとう」



夢鏡を手渡される時、指が触れる。

なんだかいつもよりわずかにバノンの手が冷たい気がした。



「バノン、どこか悪いの?」

「いつもと変わらないよ、俺は」

「……私」

「うん。ミウの手は、少しだけ温かくなってる」

「…………バノン」



バノンの手を両手で握り締めて、胸元に引き寄せる。






「私、やっぱり怖いのかもしれない」

「死ぬのが?」

「死にたくなくなるのが、怖い」

「死にたくなくなるの?」

「……わからない。わからないけれど、私もそうなってしまうかもしれない。早く、早く行かなくちゃ。この街を出なくちゃ」

「うん」

「そばにいてね。ずっと、ずっとよ。ずっとそばにいてね、バノン」

「……おやすみ、ミウ」




バノンに頬を、髪を、背中を撫でられながら、やっと私も眠りに就くことができた。

友達との喧嘩は話し合いか距離や時間を取ることで解決しましょう。

人間は真似しないでください。

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