第11話 ふわふわびじねす!
「改めまして自己紹介するね。僕はハーフラビット社編集局のフロア・ラビット。早速だけど、今から応接室に案内するね。君達三人のことについて聞かせて欲しいな」
「聞かせて欲しいな、じゃないわよ」
「痛いです~!!」
「ミウ、なんだか賑やかだね」
巨大な網で捕獲された私とバノン、そしてキエルはさっきのビルの内部まで拉致され、解放されたと思ったらそのまま奥まで歩くよう促された。
「あっ拉致じゃなくて案内だからね、あくまでも」
「どの口が言ってるのよ無理矢理捕まえておいて」
「さっきの追いかけっこでいろんな家や店の備品や商品がだめになったな~、後片付けも大変だし誰の責任になるんだろうな~。弁償してあげられるくらいのお金持ってるのかな君達~。」
「お金で釣るってことですか!?ひどいです~!」
「そもそも私は神よ、意図しない範囲ならある程度影響が出てしまうのは不可抗力よ」
「ああなんてことだ!積み重なった人類の叡知や文明は愚かで無慈悲な神とその末裔によって葬り去られようとしていた!君達、モラルとか教わったことはあるかな?家庭教師をお探しなら速やかに紹介するよ」
「ぶつわよ」
「わあ恐い恐い、こんなにか弱いうさぎちゃんに暴力振るうんだね神様って」
何かよくわからないが煽られていることだけはわかる。私やキエルが怒れば怒るほど、言い返すのを楽しんでいる様子だ。まともに一言一言反応するだけ体力の無駄な気がする。
というか、白黒一色ずつの兎のような耳を生やして「ハーフラビット」って。こんな子供みたいな背の高さで、社員って。ちょっと信じられない。
NPCとして造られた「人」は、 Dreaming world 設計当初に、安楽死に向かう「神」を多様なニーズに基づいて癒せるようデザインや能力の割り振り、居住地をある程度設定されて産み出されている。
それぞれの神にとって受け入れやすい肌や髪の色や宗教観、許容できる文明レベル。それどころか、もっと細分化されているようだ。
高山で死にたい「神」のための、肺活量や体力に特化した案内型の「人」。
花に埋もれて死にたい「神」のための、温暖な気候地帯に配置され強い毒耐性を持つ「人」。
もちろん元の世界と Dreaming world の時間の進み方は違うし人工知能ゆえの予想外の行動もするから、社会が発展して交配や繁殖が進むにつれ特性も薄くなったり少しずつ組み合わされたりしているようだけど。
それにしても、兎耳を生やした小柄な人を設計する意味はよくわからない。たぶん小さい音を拾えるんだと思うけど、だから何なのかしら。増してやこんな都市部、野性動物の脅威もないでしょうに。
でもフロアだけじゃなく、すれ違う社員らしき人はみんな同じように耳を生やしている。小柄な人も多いが、街中にいるような成人と同じ体型の人もいる。
フロアは硬質な床を跳ねるように弾みながら歩いているが、歩幅が違うこともあり置いて行かれることはない。
廊下の途中で目にするいくつものドアの向こう側には所狭しと机が並び、せかせかと動き回る社員達の姿が見える。
「ミウちゃん、建物の中に木が生えてますよ!すごーい!」
「それは観葉植物よキエル」
「この植物、二年くらい前に別の地域で見たことあるよ。密林だったかな、こんな大きい蛇がいたんだよ」
「さすがバノン天才ね。素晴らしい記憶力だわ大好き結婚しましょう」
「もうしてるよミウ」
「そうね愛してる」
そんなやり取りをしているうちに大きな扉前に着いた。
「さあどうぞこちらへ!」
ひたすらイラッとする、芝居がかった動きでフロアが中に入るように促してくる。
私達を出迎えたのは皮製のつやつやしたソファー、金ぴかの額縁に入れられた絵画、重そうなシャンデリア、ふかふかの絨毯。
まあ要するに、いかにも金持ちの用意する部屋だなーって感じの空間だ。
「どうぞ好きなところに掛けて、楽にしてくれて良いよ。こんな部屋来たことも無さそうだけど、そんなに畏まらなくて良いからね。取材と言っても急なことだからね、楽しくお話するくらいの気分でいてくれたら良いよ」
「取材に応じるとか言ってないんだけど」
「セルスさまの話聞いてくれるんですか?」
「昔森で出会った巨大イノシシの話とかが良いのかな?」
「うーん、みんな魅力的な話をしてくれそうだね!ささやかだけど僕からも心尽くしのおもてなしをしなきゃね」
キエルが乗り出すように話し始めようとし、バノンもその世界一可愛い声で話し出すので私にはどうにもできない。
そんな様子を気にする素振りもなくフロアが指をパチンと鳴らすと、奥の扉から使用人らしき人がガラガラとカートを押してくる。
その上に置かれているのは、水の入った機械だ。
高低差のあるレーンの中で水が流れており、さらにその流水の中を白い棒状のものが高速で通り過ぎては循環して上に戻って行く。
私達はカップに入った濃い茶色の液体と二本の小さい棒を手渡される。その棒が箸という食器であることを私は知っている。
「何よこれ」
「去っていった神々の言葉や、世界中に置かれている文献からの情報を基にして作らせてみたんだ。君のお口にも合えば良いけどね、神様?」
「そうじゃなくて、どうして新聞社の中で流し素麺をしなくちゃいけないのよ」
「お腹が空くと力が出ないし考えも纏まらないっていうのはその通りだと思わない?どうせならみんなでわいわい食べられる方が君達に合ってるかなと思ってね。あっ、フルコースの方が良いなら今すぐ用意するけどどうかな?」
「結構よ」
「ミウ、この棒どうやって持つの?」
「ウェッ!!!このお茶からいです~!」
「バノン、この指と指でこう、挟むのよ。キエル、それは飲み物じゃないわ!この白いのをつけて食べるのよ!」
反論する間もなく流し素麺は既に始まっている。というか見たこともない物に対して好奇心を出してくるバノンと、何もわかっていないが手を出そうとするキエルが変なことをしないようにあれこれ手を焼いているうちに私も参加する流れになっている。
私だって知っているだけでやったことはないけれど、そもそも概要を知らない者よりは、容赦なく流れてくる麺にまともに対応できる。
「こう、流れてくるのをつかまえてそのまま口に入れるのよ。そうそれでいいわバノン天才!」
「ミウは教えるの上手いね」
「全然つかめません~!」
「追いかけちゃだめなのよ、流れて来る場所にあらかじめ邪魔する感じでスタンバイしておくの」
「お客様に楽しんでいただけてるようで何よりだよ」
「フロアあなたも少しは解説しなさいよ」
「あっ僕達ハーフラビットっていうのはそもそも」
「その部分の解説するの?今?素麺じゃなくて?」
「まあ言わば神々の言葉で言うと配置ミスというか」
「さらりと無視したわね!」
「膨大な素案のまま放置されていたデザインの一つがうっかり正式設定に混じってしまった説が有力なんだよね」
「審査を通らないまま実装された『人』ってこと?そんなの有り得ないわ」
ずるずる。癖のある味の植物をつゆに入れると、口中に爽やかな香りが広がる。
ラウフデルに着いてから何も食べていなかったので、話半分に聞きながらもついつい箸が進む。
「そうは言っても有り得てるし、兎に近い特性を持ってしまったから、繁殖しまくって存在抹消も難しくなったみたい。気持ち悪い?殺そうと思った?ざーんねん、ここで僕を殺したとしても無限に僕達は生き延びちゃうと思うよ」
「別にあなた達の生態には興味ないわ。……ていうかあなた詳しすぎじゃない?それに神である私に嫌味な態度取れるのも変よ……って、まさか」
「そのまさかだよ。僕達ハーフラビットには、神に追従する設定が欠けている。直接力を行使されたら影響は受けるけど、自動的に都合の良い行動は取らないよ」
「それで、新聞社?ずいぶんとまあ……」
「ある程度客観的でいられるからね。訪れては去っていく神々や関係者の言葉を記録して保存することを続けていたら、どれだけ誤魔化されて手直しされてっていうのが続いても、世界のあり方なんか見えてくるものさ。新聞って形になったのは『スピードがあって、他の人にとっても良い娯楽程度には思われるからお金が稼げる』っていうのが理由だよ」
フロアもちゃっかり素麺食べてるし。箸もちゃんと使えているばかりか、麺の追加を使用人に頼むタイミングも絶妙だ。
「とんでもないことじゃない。そんなの私に教えてもいいの?神になんか知らせない方が有利じゃない?」
「中途半端に隠したところで、どうせ自力で辿り着ける情報なら先に渡しても問題ないでしょ?それに、君一人がこの街にいるわけじゃないから」
「…………アレイルスェン教会のこと言ってる?」
「はっきり言って邪魔なんだよね」
「人の社会を神が支配するのはおかしいわね。しかもあれ、神だけの問題でもなさそう。でも私にあれをどうにかしろって言うのは無理な話よ。興味も意欲もないし、次の行き先の目処が立てばすぐにバノンとここを出ていくわ」
「あっ、まだそんな認識なんだ。ラッキーなのかポジティブなのか、はたまた思慮が足りないのか」
「何があるって言いたいのよ」
「ミウちゃんもフロアくんも難しい話ばっかり~!!つまんないです~!!」
にわかにキエルが手足をばたばたさせる。
「わたしこんなにたくさんの人と食事するの初めてなんですよ!?もっと楽しい話しましょうよ~!」
「あははキエルは賑やかだね」
「バノン、キエルのことは良いから私のことはどう思ってる?私はバノンのこと愛してるわ」
「ミウちゃんわたしの話聞いてくれますよね!?」
「ああもうわかったわよ、わかったから素麺取るか喋るかどっちかにしなさい」
なんか色々溢してるし、キエルの前だけ若干机が汚い。
バノンは全く気にしてないみたいだし、そういう心の広いところがバノンの良いところだけど、私とフロアが話してたときにキエルとキャッキャと笑い合いながら素麺を楽しく食べていたなんて。
ずるいわ。私だってバノンとキャッキャしながら食事したいわ。欲を言えば他の二人は別にいなくてもいいわ。
「セルスさまはすばらしい神様です!わたしたちに歌をいっぱい遺してくれました!わたしはセルシオールなのですべての人に歌を届けます!」
「待って、いきなり頓珍漢なこと言わないで」
「キエル、ゆっくりでいいから順番立てて話してみようか?まず、君はセルシオールって言うんだよね?セルシオールって何かな?」
私にあれだけ「人」としては身も蓋もない、「神」目線でも大問題な内容について端的に説明をしたフロアも、流石にキエルの言っていることはよくわからないらしい。
「ミウちゃんとバノンくんには言いましたよね?セルシオールはセルスさまの子孫ですよ!」
「まずそこがわからないのよ。子孫って何よ」
「まあ神が子孫を残すのは珍しいことじゃないからね、でもそれ何代前のことかな?そんなに神の力を保有したままの遺伝なんて聞いたこともないよ」
「待ってフロア、珍しくないって何よ!」
Dreaming world は安楽死のためのプログラム。死ぬためだけの仮想世界。本来の肉体は消滅し、完全にデータ化されている。
人工知能のNPCが作り出す社会が各地に存在している、ただそれだけ。
「むしろ僕はこの可能性に意識が向いていないことに驚いたよ、ミウ。『神』……いや『人間』とでも言おうか。人にも、元の世界では人だった神々にも言えることじゃないのかな、これって?権力欲より支配欲より、もっと根本的な欲求を満たそうとするのは不自然なことではないよね?」
フロアのその言葉の意味がわかると同時に、鳥肌が立った。食べた素麺を全部口から吐き出してしまいそうだ。
「生殖行為をしているっていうの?神が?人と!?」
「氷みたいな無表情でも伝わってくるくらいには不愉快そうだね」
「だって、そんなのおかしいじゃない!私達は死ぬのよ?死にたいって心から思ってここに来たのよ?本当に、本当に死にたくて、死ぬしかないって思ったから、得られるものなんか何もないと思ったから、わざわざこんなに苦労してここまで来たのよ!?それなのに遺伝子情報を残すなんて意味がわからないわ!」
「神の権限は設定上神しか持てないはずだけれど、力の何割かは遺伝してもおかしくないね。ある意味神以上に厄介かもしれない。でも生殖することってそんなに意味がわからないことなのかな、ミウ」
「わからないわよ、わかりたくも……」
「君とどう違うの?」
フロアの言葉の続きを聞く度に、目の前が真っ暗になるような心地がする。これ以上はいけない。
「君が握りしめていたバノンの手は、離れないようにずっと隣にいさせている彼女の存在は、何がどう他と違って特別なの?」
やめて。このぬくもりを汚さないで。そんな気持ち悪い連中と一緒にしないで。
「性欲なんて珍しいものなんかじゃないけれど、それ以上に」
その先は言わないで。私は死に向かっているから、誰よりも綺麗な形でそれを持つことができるの。他とは違うの。
私だけの、大切なものなの。
「この世界は愛に溢れてるんだよ」