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第116話 俺、激詰めをする

「あの方のことがわからなくなった」

 俯きがちに、しかし姿勢を正したままマセリアは言った。多少なりとも憔悴しているようだが、なけなしの責任感が彼に立ち止まることを許さない、そんな風に見える。

「ユリシス様は常に強く正しく、すべての人間が幸福に生きられる世界のために力を尽くされる方だったはずだ。貴様等の反逆にも毅然とした態度でご対応されていた。それがどうして、あの世界はあんなにも壊れてしまったのだ。ユリシス様はなぜ世界の復興にあたらず、この紛い物の世界に身を置かれているのだ。そしてなぜこの世界の『人』という名の人形を一人残らず支配しようとされているのだ。そんなことに何の意味がある」

 かき上げた金髪の鈍い輝きが彼の顔色の悪さを引き立たせる。本当に何も心当たりがないようだ。

「セルス様にしろ貴様にしろ、引き込みたいなら連れ戻して世界を再建すれば良いはずだ。あの方にはそれを成すだけの力がある。なのにどうして……」

「マセリア」

 彼の視線が俺を、正確に言えばミナギを捉えて突き刺そうとする。だけど今こうして話しているのは紛れもなく「エメルド」で、ミナギは表に出ようとしない。でもその認識を正してもらう必要などない。俺はミナギが言葉にして考えていることをそのまま口に出す。

「それはお前の望みだろ。ユリシスのと混同するんじゃない」

「な……」

「元の世界がお前にとって過ごしやすくても、あいつも俺も戻る気ないんだからそれ以外の人間が頑張らなきゃいけなかったんじゃん。俺、ユリシスとは違ってお前等クローンを支配しようとはしてなかったんだから。例えばお前とか、違う奴とか誰でもいいからカトリーナに協力要請して、また住める世界にすれば良かったんじゃねーの。つまりお前さ、復興はユリシス、現在の世界の維持はカトリーナ、ユリシスへの対応は俺に任せてるわけだ。そうやって理想の環境を取り戻したい、また家族と過ごしたいって思ってんの?どれももうないのに」

「ふざけるな貴様、誰のせいでこんな……!……いや、いい。それは……今はいい」


 正論でも言って良いことと悪いことがあると思うけど、そこを俺の主観で誤魔化して伝えてしまうと、マセリアからの底辺を突き破った信頼が更に落ちるだろう。だって彼にとっては「エメルド」なんかいないんだから。

 実際それは正しい。俺に人格があること自体が一種のカモフラージュだったし、今となっては俺への嫌がらせくらいの意味しか残っていない。マセリアは理性的だ。ミナギの煽りにもぐっと耐えることができて尊敬の念を抱かざるを得ない。ミナギは感情の起伏が激しい方ではないが、理性的かと言われると悩ましい。理屈っぽいだけな気がしている。

 だから俺としては彼と話すことは苦痛ではないけれど、ミナギは隙あらば彼に苦痛を与えようとするので申し訳ない気持ちが一番強い。もっともこの場においては、この場以外のすべての場面でもそうだけど、俺の気持ちが最も場違いだ。マセリアが呼吸を整えてまた話し出す。


「今この世界は業火に襲われ、水の癒しは傷付いた者達を完全に救うことはできない。神殺しの槍は無駄撃ちされ、対抗できる戦力はいずれも削られている。セルス様に成り代わったユリシス様を止められる者がもういないのだ。きっと私でさえも……」

「誤魔化すなよ」

「な」

「お前が自力で敵わないのは知ってんだよ。弱えーもん」

 彼に数歩近付き、顔を下から無表情で覗き込んで吐き捨てる。

「そういうポエムみたいな報告いらねえんだよ、だからお前はせいぜい末端職員止まりなんだよ。助けてほしいんだろうが。大聖遺物がどうなってるか説明しろ」

「……それ、は」

「『業火』ってなんだよ業火って。イグナーツだろ。あいつが何してんのか俺に言う必要ないとでも?それにミルフィアリス、いるんだろ。なんでだよ。ふざけるなはこっちの台詞だ。ユリシスより何より大事なことを片っ端から誤魔化しやがって。レーヴァティンの所持を許してやってるのを良いことに調子に乗ってるよなお前?俺が見逃したのはハルカであってお前じゃない」

「『聖歌』は……セルス様の子孫が正しい状態で使用できます。しかし部分的にユリシス様が使用できる状態にあり、大変危険です」


 マセリアが敬語になってしまった。俺の口で、俺の声でパワハラをするな。そして報告を受けてるんだから返事くらいしろ。でもミナギは煽っているというよりは本気でイライラし始めた気がする。結局その後もマセリアを詰めに詰めまくることなってしまった。一から十まで説明させたかと思えば「要点をさっさと言え」と睨みをきかせたり、省略させたらさせたで「なんで今そこ飛ばしたんだよ。勝手に判断するな」と凄んだり、ちょっとでも曖昧な部分があったら「誠意見せろって言ってんだよ」、向こうが本気で情報持ってなかったら「何年ここで働いてんだお前は」等々、偉い人に言われたくない言葉のオンパレードを十年分くらい言った気がする。しおしおしていくマセリアを見て心が痛み、途中から俺も心を失った哀しきスピーカーみたいになっていた。ここで「俺だって辛いんだよ」とか言ったらそれこそ最悪なのでやめておこう。

 ミナギはイラつきながらもユリシスをしばきに行く段取りが固まったようで、ある程度満足しているように思える。俺はミナギからの指示をマセリアに伝えた。彼はこんなにメンタルをボコボコに殴られても「はい」と返事をするので偉いなあ、大変だなあと思った。


 そして、最後に「エメルド」が一番気にしていて、それでいてミナギが意に介していないことを質問する。


「じいさん。ミラディスは無事なのか」

 それを口にした途端マセリアがびくっと体を震わせ、静かにこちらを睨めつける。

「貴様には手出しさせない」


 どうやら大丈夫そうだし、マセリアの元気も戻ったようだし良かった。

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