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第114話 深層へ

「うわー!地下広いなー!」

「滅茶苦茶な構造だな。ろくな支えはないし、地上の様子から推察できる地形を完全に無視して空間ができている。こんなもの普通に作ったら完成前に崩壊するだろう」

「この空間が聖遺物かもってことか?」

「十中八九そうだろう。主が近くにいるかもしれない、注意しろよ」


  こんなに長い階段を下りるのは初めてだ。風魔法で俺とヨイテの足を浮かせて滑るように降りているから楽だけど、まともに歩いたら明日には筋肉痛で動けなくなるかもしれない。助けた弟の前でプルプルして「兄ちゃん歩けないから後はよろしく」なんてかっこ悪すぎる。魔法は疲れるけど感覚としては腹が減るとか眠いとかに近い。筋肉痛や怪我の方がどうしようもないし、残せる体力は残しておきたい。


  それより俺には気になることがあった。

「なあ、天井開きすぎじゃないか?」

「というか、地上から見たら地面だな。開いているというか破れているというか、とにかく破壊されているな」

「あとさっきからさ、上から燃えてる機械とか人とか落ちてきてないか!?」

「あまり近くではないが、かすかに良くないガスの臭いもする。口を塞いでおけ」

「えっそれ上に逃げた方が良くないか!?」

「見てみろ」

  ヨイテの指した方向を見る。少し下の方で、勢いよく落ちてくるすべてのものの落下速度が下がる。重そうな機械類が、人々が、ぶつかり合うことなくひらひらと舞うように降りていく。火はシュンと音を立てて消える。まるで柔らかな風が地下全体を包み込んでいるようだ。


「毒もあの地点で消えているようだ。遠目だが人間に異常は見られない」

「は、はあ」

「明らかに戦闘が起こっている地上、一見物騒だが何者かの手によって安全が守られている地下。そのどちらかに弟はいて、かつ地下からでないと教会からは出られない。そして地上に出るにはこの高さを自力で上っていかなければならない」

「地下から探した方が確実ってことか?」

「正直、確実性は保証できない。戦闘要員としてあいつが拐われたのなら尚更だ。だが下は下で、落ちている人間は助けられていても弟に危害を加えられていないとは限らない」

「じゃあ二手に……」


  ヨイテの言葉に返事をしようとした瞬間、ふっと風の音が止む。それと同時に遠くに人影が見える。長い衣装に身を包んだ金髪の女性がゴンドラのような設備に乗ってすっと上ってくる。反射的に身を隠し様子をうかがうと、彼女を乗せたゴンドラは俺達が来た方向ーー教会の隠し通路に向かっていった。


「あれは……聖職者?」

「教主の『マレグリット・アレイルスェン』かもしれない」

「後を追った方がいいのか?」

「待て。結構な速さのゴンドラで上れることがわかったんだ、地下も空いた」

「一気に下を捜せるチャンスってことか」


 そうして俺達は空になったゴンドラに乗り込んだ。わかりやすくレバーがついていたので簡単に操作でき、あっという間に最下層に着いた。

「といっても複雑なんだよなあ、通路とか壁とか変な角度だし。眺めてるだけで酔いそう」

「侵入者避けか……いやそれにしては乱雑すぎる。どういう意図でこの場所が造られたかわからない以上、二手に分かれることは危険かもしれない」

  ヨイテがそんなこと言うなんて珍しい。大抵なんでも俺一人でやらせようとするのに。そういえば地下に来てからいつもの毒舌も鳴りを潜めている。

 ゴンドラと地面の間には少し隙間があって、俺は難なく降りられるけどヨイテにはちょっと高いから手を差し伸べた。いつもなら「馬鹿にしてるのか」って怒って振り払われるに決まってるのに、普通に手を取ってくれた。

「ヨイテ、怖いのか?」

「は?」

「いやだって元気ないし。今の『は?』だって、いつもなら『何をどうしたらそんな浮かれポンチな結論が出てくるんだ脳味噌腐っているのかゴミカス5時間土下座しろ全裸で』くらい言うじゃん」

「お前の中の私は鬼か?」

 あんまり変わらないだろ。そんなこと言うと今度こそ普通に怒られるだろうなと思ったから黙っておいた。

 地に足をつけたヨイテは呆れたように溜息を吐く。すぐに離されると思っていた手から温もりが消えないことに俺は少し困惑していた。

「特に何があるわけでもない。ただ嫌な予感がした」

「それって怖いって言うんじゃ?」

「そんなわけあるかクソボケ!……いや、うん。なんだ」

「うーん。まあ上も結構高かったからな」

「高所恐怖症ではないが!?そんなことを言っているのではないが!?」

「じゃあどうしたんだよ」

「……消えてしまいそうに見えた」

「俺が?」

「…………」

 ヨイテは何も言わずに手を離す。否定しないってことはそうなんだろう。でも俺はこの通り元気で、怪我したり死んだりする気配もないし、ましてや消えるとか意味がわからない。それより、ヨイテでも不安になったら口数減るんだなと新鮮な気持ちになった。

「私はお前が」

「うん?」

「あの村のあの家で家族と暮らせなくなると不都合がある」

「うん……?」

「何があろうとも必ず帰れよ」

「うん。本当にどうしたんだよ」

 言葉を選んで俺に言い含めているのがわかるけど、なんでヨイテは今になって俺相手に言葉を選んでいるんだろう。

 金が目的で俺の家の権利まで手中に収めてるのに急に優しいこと言うのはなんでだろう。

 ただの予感でこれほどまでに思い詰めるなんてことあるんだろうか。どう考えても変で調子が狂う。でも問い詰めたって何も言ってくれない気がした。


「まあ立ち止まってても変わらないし行くか」

 そう言って歩き出して数秒後、目の奥がチカッと光った。間を置いて、激しい頭痛に見舞われる。

「う、ぐ……」

「どうした!?」

 ヨイテが駆け寄ってくる。頭だけじゃない。まるでどこか知らない場所で自分の魂が切り裂かれているような痛みに身体が覆われる。耐えられず膝をつく。

 でもそれは一瞬のことで、すぐに解放され身体の自由は戻ってきた。

「ごめん。たぶん大丈夫」

「大丈夫なわけあるか馬鹿!じっとしていろ、身を隠せる場所を……」

 痛みの残る頭を抱えながらでヨイテの表情はわからないけど、声が明らかに震えていた。ああそうだ、あの時と同じだ。山での修行を終えた時も彼女は動揺していた。あの時も今も大したことないのに。


「そんなことよりミラディスを……」

 捜さないと。そう言いかけて、言えなかった。急に空間自体が大きく揺れた。

「次から次へとなんなんだよ!?」

「おい!下!」

 ヨイテの声ではっと足下に意識を向けると地面の一部がせり上がって、槍のように尖っていくのがわかった。咄嗟に後ろに飛び退く。なんてことない動作なのに、頭痛がぶり返してバランスが崩れる。後ろに倒れながら視界がスローモーションになっていくように感じた。

 俺とヨイテの間の地面はひび割れと隆起を繰り返し、互いのいる場所が徐々に離れていく。ヨイテがこっちに歩み寄ろうとしているけど近付くこともままならない。

 でもなんでだろう。こんな状況なのに自分がやばいとは思わなかった。それよりも。


「エメルド……!」


 ヨイテの声がすぐ近くから聞こえる。でも違う。女の子が泣いている。言葉は何一つ聞こえないけど、助けを求めている声がどこでもない場所から頭に入ってくる。

 地面に遮られヨイテの顔が見えなくなる。なんであんなに泣きそうだったんだろう。大丈夫だって、今まで俺をさんざんひどい目に遭わせてきたのは君なんだから。今更ちょっと転ぶくらいなんでもないし受け身だって取れるし、離れても魔法ですぐに合流できるって。



(本当に?)



 強かに地面に身体を打ちつけるまでの時間がやけに長い。



(魔法は本当に神の力か?)



 誰かが泣いている。絹を裂くような悲鳴を上げている。



(俺は最初から気付いていただろう?)



「どうして、どうして!ねえなんで誰も助けてくれないの!?どうして見向きもしないの!?」



  知らない女の子が泣いている。助けなきゃ。俺が助けなきゃ。俺がこの手で。



(聖遺物によって生じたんじゃない)


  違う、知っている。俺はこの声を確かに聞いたことがある。



(俺がそう決めたんだよ)


  さっきから俺に語りかけてくる俺の声も、ずっと前から知っている。



(なあ)



 思い出す必要なんかない。忘れてなんかいない。だって彼女は(こいつ)の大事な、とても大事な存在だから。




(いつまで俺を無視したままでいるつもりなんだろうな、(おまえ)は)





 俺は。





 世界を救った。

 人を愛した。

 最後まで戦った。

 厳かに死んだ。





(楽しかった。幸せだった。後悔なんか一つもない)





  守るべき人を壊れた世界に置き去りにして。





(だから何度でも繰り返せる)





 嘘だ。そんな嘘、俺に隠せるわけがないだろう。今でも彼女は苦しんでいるのに。

 意識が妙にはっきりしてくる。身体が勝手にぐりっと前に反り、気付けば俺は揺れ動く地面の上で直立不動で佇んでいた。

 あまりに弱い娘の名を呟きながら。







「ミウ」

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