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第10話 なんなのよこの聖都は!

「おっと神様これはこれは!教祖様のお客様ですかな?」


「違うわ」

「違いません~!!わたしはあの人に会いに来たのです~!」

「じゃあ一人で会いに行きなさいよ。私達関係ないから」

「賑やかだねミウ」







どういう状況かというと。


傭兵達に捕まっていたキエルをなんやかんや流れで助け出し、彼女の言う「音の神」について聞き出そうとしたが

「わたしはセルス様の教えをみなさんに広めなくてはいけないのです!ここで一番えらい人に会いに行きます!あの大きい建物ですよね!ゴーゴー!」

と、こちらが話し終わってないのに私とバノンを引き摺りながら教会の方に向かって走り出し、通りすがりの司祭っぽい奴に話し掛けまくり始めたのだ。




「離しなさいよ」

「えーっなんでですか?セルス様の教えほどすばらしいことはありませんよー!命の恩人のあなたたちにもぜひぜひ一緒に来てもらいます!」

「もう本当勘弁して」






その時。大通りの方がにわかにざわつき出す。

「教祖様がいらっしゃった!」

「今日はこちらに来てくださるとは……ああ……なんたる光栄……」

等と言う声が聞こえる。




大きな人だかりができているが、隙間から中心がなんとか見える。少数の騎士団と、聖職者と見られる揃いの白い衣服を着た集団に囲まれた人物。


腰まである絹のような長い金髪に、緑色の瞳を持つ女性が笑みを浮かべている。だいたい二十代くらいに見える彼女は、周囲の聖職者達に似た衣服を身に纏っているが、他の誰とも違う。

色とりどりの宝石が埋め込まれた赤い僧帽。白地に赤で縁取られ、金糸が織り込んであるのか日光を浴びてきらきらと光るその衣装。

その異様なほどに絢爛な佇まいが明示する。

これが、教会の、聖都の最高権力者だ。



市民と見られる人々は皆恍惚とした表情を浮かべたり、口々に讃えたりしている。


「マレグリット様!」

「私達のマレグリット様!」





しばらく市民達の声を聴いていた彼女が口を開くと、嘘のようにすっと周囲が静まり返る。

命令があったわけでも、催眠術を仕掛けられているわけでもないようだ。



ただ彼女が口を開いただけ。

成人に見えるものの、顔立ちは少女のようにあどけない彼女が、微笑みながら口を開いただけで、人が静まり返る。

その異様な光景が背筋を凍らせる。なんなんだ、あれは。





「皆様、悲しいことが起こりました。

大海を守る神々が二柱もこの世を去られました。

しかし不安に思うことはありません。

この世界は永遠の理想郷。

争う心さえ持たなければ、自ずと愛と平和に満ち溢れるのです。

それが神々の望みであり、我等人に与えられた責務。

流れに逆らうことなく穏やかに生命を循環させ、変わらない世界を守りましょう。

武器ではなく、思いやりによって。


さあ手と手を取り合って、皆がやさしい心をもって。

永遠に続く楽園を愛しましょう。

神と人を愛し慈しみましょう。

森の恵みを、澄み渡る空を、絶えることのない春風を」





若い外見とは不釣り合いな、熟れて落ち着いた女性の声。

言っている内容とずれがある、無機質で無感情な声色。



しかし市民達はそれを不気味に思うことはないどころか、しみじみと感じ入っている様子だ。


「間違いない……マレグリット様は正しい……」

「教祖様のおっしゃる言葉は深い……いつも……」

「教会のおかげで平和に暮らせます……」


やがてそういった声は大きな賛辞に変わっていく。



アレイルスェン教会ばんざい!

教祖マレグリット様ばんざい!



その大合唱を背に、彼女達は教会の方に戻って行く。




私はもうバノンとはぐれないようにするだけで精一杯。もうなんだってこんなに人が多いのよ。バノンの腕にもっと強くしがみつく。

しかも、あの教祖おかしいわ。私みたいな「神」の目から見たら「存在として」不自然なのが丸わかりよ。

なんで「あんなの」が大都市の最高権力者で、他の神々が手を出さないの!?この都市、やっぱり何かがおかしい。





「ミウ、あのさ」

「何?バノン」

「キエルいないよ」

「……は?」



そういえば、ここに引っ張ってきた人物の姿がない。空を見上げるが、飛んでいる姿はない。

だとしたら。






「きゃああ~~!通してください~!わたし教会に行くんです~!」


前の方から大声が聞こえる。やっぱり人混みに紛れて揉みくちゃになっている。ほっといても良いかしら。

でもあいつも結構気になること言ってたのよね、捕まえて話を聞くべきかしら。



そんなことを考えながら眺めていると、キエルの周囲の人が急に倒れ出した。

いや、眠り出した。

先程まで盛り上がっていた人々が、路上にも関わらず幸せそうにすやすやと折り重なっていく。



私にはもちろん効いてないし、バノンにも効果がないようだ。

そしてキエルの様子を見ると、間違いない。



歌っている。

透明で張りのある、華奢な少女の肉体に似つかわしくないほどに豊かな歌声。

それが耳に届いた人から眠りに落ちていくのだ。





「あなたちょっと、やめなさい!」

キエルに駆け寄って口を塞ごうとするが、驚いた様子の彼女はひらりと身を翻す。

「えっなにするんですか~!せっかく歌ってるのに~!」

「歌ってるからだめなんじゃない!」

なおも歌おうとするキエルは高く飛び上がり、とっさの跳躍ではとても届かない。

そのまま教会の方に向かおうとするキエルを、しょうがないから地上を走って、バノンを担ぎながら追いかける。



「こんな大勢の人相手にそんな力使って!あんたその歌所有物(ポゼッション)ね!?」

「ぽぜ……?これはセルシオール一族に代々伝わる聖歌(ヒュプノーゼ)ですよ~!変な名前つけないでください!」

「変なのはあなたよ!神本人でもないのに何やってんの!?」

「わたしはこの歌を伝えなきゃいけないんです~!」

「やめなさい!」

「なんでですか~!」



キエルは頭をあまり使っていないようで、入り組んだ通りにくい路地ではなく、大通りからまっすぐ教会に向かっている。

私にとって走りやすくはあるのだが、屋根等に上がる足場もタイミングもないので一向に止められる気配がない。



テラスのあるレストラン。煉瓦造りの橋。新鮮そうな果実が並ぶ広場のマーケット。

次から次にばたばたと、通行人や従業員がその場に倒れ込んでいく。

ティーカップが割れ、馬車から御者が落ち、柑橘類が転がり、大惨事だ。




こんな真っ昼間から街全体が眠りこけるなんて。混沌そのものじゃない!

なんとかしないといけない、っていう義務はないけど、なんとかしないと色んなことが滞るに違いないわ!



「あのさ、ミウ、キエル。」

「何?バノン」

「上から何か降ってくるよ」

「うわ本当ね何かしら」

「きゃーーっ!!」





見上げると、教会ほどではないが、街中で一等高い建物。

教会とは違い宗教色がないどころか、街並み的にも他のどの建物とも馴染まない、元の世界の都市部によくあるような、四角くて装飾が少なく、ガラス窓がたくさんある建物。というか高層ビル。

その屋上から何かが私達三人に向かって降ってきた。




突然のことに空を飛んでいたキエルが落ちるのはもちろん、私とバノンも折り重なって倒れる。

身動きがとれない。



「痛いです~!」

「私だって痛いわよ、下敷きにしないでよ」

「ミウでも痛いんだね~」




これは、網だ!巨大な網で三人もろとも動きを封じられた。魚じゃないんだから。

誰の罠よ。屈辱だわ。

私を押し倒して良いのはバノンだけなのよ。欲を言えば押し倒す側が良いわ。





やがてゆったりした拍手と、ぴこぴこした足音が近くから聞こえる。しかし顔が上げられずその主が見えない。






「まさか未確認非行生物どころか神に、見るからに遠い異国出身の人まで引っ掛かるなんて、今日はついてるね!今夜カジノにでも行ったら億万長者にでもなれるんじゃないかな?まあそれ以上の資産は持ってるけどね!ああ良い日だ、なんて良い日なんだ!風は輝き薔薇は赤い、清々しい春!」




芝居がかった声の主は、どうやら少年のようだ。




「何よあなた。どうしてこんな目に遭わせるのよ」

「まあまあ、お茶でもどうかなお嬢さん?とっておきの茶葉も老舗のカフェーで大人気のジャムもご用意しているよ」

網をめくった少年は、声から推測できる体格よりかなり小さかった。身長はきっと、私が立ったとしたらお腹くらい。



でも、全長は違う。





ぴーんと伸びた白黒片方ずつの長い耳。

笑うことしかできないバノンや、笑うことができない私とは全然違うけど、それでもすごく見慣れた、とびっきり鮮やかに作り込まれた偽物の笑顔。

そんな満面の笑みで、彼は恭しく、というかわざとらしく、胸に手を当て、もう片方の手をビルの方に広げる。






「ハーフラビット新聞社にようこそ!」


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