第104話 ダイジェストにするって言ってるのに
ここからはダイジェストで思い出そう。
というのも頭に入ってくる情報が多すぎて、ただでさえ鈍らされた感情が反応しきれなくなったためだ。
というか今ある感情をもってしても、不愉快な記憶ばっかりなので情感たっぷりに振り返りたくないという気持ちもある。
結論から言おう。
私は新しいユリシスの器、旗を振る役目を担わされた。
部屋の中には前髪がぼさぼさに伸びて後ろの髪が短めの、目付きが悪い女の人がいた。名前はカトリーナ。この人が色々説明してきた。
彼女の周囲に脳が入った水槽がたくさん円柱状に床に刺さってたんだけど、その脳は私のものだった。
正確に言えばユリシスのもの。ユリシスっていうのは今や一人の人間ではなく、メガリカの情報処理システムすべてを指しているらしい。優れた演算ができる最初の「ユリシス」って人間の脳をコピーしまくって接続して、人が生きている世界全体を支えられるほどの超大規模コンピュータネットワークを作ったらしい。
世界が壊滅してる中で新たに機械のすごいコンピュータなんか作れないけど、ユリシスは普通の人間と変わらない生体でありながら、特殊な条件下で無限に分裂したらしい。こわ!
私の前に現れた「おかあさん」はユリシスネットワークからしたら下っ端の実働部隊のトップ。人間ユリシスがこの世に存在すると見せかけるためのハッタリで、これまでも死んだら他のボディに記憶データを上書きして交換してきた。
で、そのハッタリユリシス。仮に隊長とでも呼ぼう。隊長からしたら実働部隊の兵卒みんなの視界をハックして覗き込めるらしい。兵卒どころかクローンである一般市民も、隊長より上の「ネットワーク」からは見えるそうな。私も見られてたの?ってカトリーナに訊いたら、「誰か」が私の分だけ特別な薬品をかけてショートさせて、重ねて脳に特殊コマンドを入力して回線をグチャグチャにして接続を遮断したからよく見えなかったそうな。まあそれってパパが私にした色んなことが当てはまるんだろうな~って思った。
カトリーナが「あの男忌々しい」とかめちゃくちゃ機嫌悪くなってたし、思い返せばおかあさん隊長がパパのこと好き好き言ってたし、このへんの関係もややこしそうだった。
とにかく私を隊長にしなければいけないらしく、っていうのも今、実働部隊で多少の怪我があっても五体満足かつ回収しやすい場所にいるのが私しかいないらしい。
嘘でしょ!?さっき無限に分裂できるって言ったじゃん!ってつっこんだけど、あくまでそれは成長する前の胚の段階からだからいきなり出来上がった体はできないんだって。そういうもんなのか。
さて、なんでそんな切羽詰まってるのかっていうと攻撃されてるからに決まってる。
とにかく「余計」な思考を鈍らされた私はいともたやすくカトリーナの指示通りに椅子に座らされて電極っぽいのを繋がれてパソコンっぽいものを通じて色々入力された。
隊長ユリシスに与えられた権限の範囲のデータと、すごくたくさんの負傷した兵卒の五感で上書きされた。もうこの時点で私は私がミルフィアリスだってことを忘れてしまってた。というか、ミルフィアリスとしての自我が私の脳内を占める割合が極めて少なくなった、と言う方が正しい。
どこかで戦っている私ではない「私」の目に映ったのは、眼鏡をかけた大男。アンソニーはめちゃくちゃ暴れてた。もう手がつけられないほどに暴れて街を破壊しまくってた。「私」を殺しまくってた。
私にミルフィアリスの自我はほとんど残ってなかったとしても、それまで得てきた情報から一瞬で理解した。
ああ、ハルカ死んだんだ。
マセリア、前の面会の時それを伝えたかったのかなってちょっと思った。あるいは死にかけてたのかも。とりあえず死因は今入ってくる情報からは判断できなかったし、私はアンソニーを止めなければいけなかった。
そういう役割になってしまった。
ミルフィアリスはそれを絶対に望まないだろうけど、ミルフィアリスは私の1%にも満たない要素だ。99%以上の「私」がそうせよと言ったら、ユリシスのネットワークが命令したら、そうするのだ。
ねえ私。
ここから先は思い出したくない。思い出したくないのは今までの記憶すべてそうでしょうが。
違う、今までの記憶は忘れさせられていたけど、ここからは鮮明に残っていたからこそ思い出したくないの。
拒否する権限はありません。権限はありません。ありませんありませんありませんありませんありませんありません
うるさいな!
だまってろ死人。
いいえ私は潰されたって死んでなどいない。
思い出しなさい、私を。ミルフィアリスを。ミルフィアリスの感情ごと思い出しなさい。
ダイジェストなんて許さない。そんな風にさらりと流して自分の罪から目を背けるなんて許さない。自分自身から逃げたままミウなんて二度と名乗らないで。
五感すべてに残る記憶を辿り、そこに至った足取りを、自ら執った剣の重さを、それを握り締めた指先の鬱血した色を、頬を伝う返り血の温度を、この手で成したすべての裏切りを、私自身を殺そうとした理由を事細かに思い出しなさい。
あなたは。
私は。
アンソニーを殺した。
事実、世界は完成した。