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第103話 その時、私は

危害を加える気はない?生活は保障する?話を聞く?安心してほしい?

そんなの嘘だ。政府の職員に取り囲まれて、ハルカとアンソニーと別々の部屋に入れられて。

抵抗したら無理矢理たくさんの錠剤を飲まされて平衡感覚が失われて。

その部屋にいたまた別の職員に一方的に今の社会がどう正しいのか延々と聞かされて。

正しい人生、美しい街並み、理想的な世界の映像を見せられて。

「私ならこんなの一日で壊せるわ」

そう言ったらまた別の部屋に移されて。


手足を椅子に拘束されて。

額や手首足首にコードのついたパッドを貼られて。

延々と質問をされて。

「正解」を口にしなかったらーー




「私達のお母様は」

「もう死んだわよ」

「……『輝かしき不滅の創始者ユリシス』ですよ。不正解です」

「ぐ……あ、ぎぃああああ!!!」



こんな風に電流をくらわされる。

それが一日中……ううん。一日がいつ始まっていつ終わるのかもわからなくなっていた。

これを繰り返すうちにだんだん職員が求める正解もわかってきて、電流をくらう回数も減っていった。


ていうか訊かれるのはだいたいおかあさんとメガリカと政府のことだったし、子供の家でそういうのは一通り教えられてたから、そんなに難しいことじゃなかった。

むしろ質問に正しく答え続けることだけなら簡単だったと言っていい。


それよりも厄介だったのはこっち。


「セルスはどんな人物ですか?」

「どんなって……わがままだし雑だしクソゲーマーよ」

「『政府を裏切った愚かな反逆者に人格などありません』よ」

「は!?そんなのアリ……ぎゃああああ!!!」

「イグナーツについて知っていることを教えてください」

「ほんっと最悪!あれこそ裏切り者でしょ人格とかどうでもいいわ!」

「『政府に向かって武力行使をする人間など一度も存在しません』でしたよ」

「なによそれ……うがああああ!!!」

「『私達のお父様』については」

「そんなの存在しないしない!そうでしょ!?」

「何を言っているのです。『平和を見守るお父様は永遠に不滅』ですよ」

「こんなのずる……ひぎいいいいい!!!」



基準が、正解の基準がわかりづらい……!

どう答えたら電撃を免れるのか、どう答えたら正しいのか、睡眠も栄養も足りない状態で常に考え続けなければいけない。余計なことを考えていてはいけない。

脳波も測定されてるんだろう、短い休憩時間でも別のことを考えているとすぐに質問が飛んでくる。


こんなのおかしい、政府のやってることは欺瞞だ、洗脳されるんだ。気を確かに持てば大丈夫だ。最初の頃はそう思ってた。

でも、そういうことを考える余裕すら今の私にはなくなっていた。

そうだ、おとうさんと出会う前の私と変わらない。昔の私に戻るだけだ。昔だってお腹が空いて寒かった。それでも自分の不幸なんか嘆くことはなかった、怒りも悲しみもあんなに激しく抱くことはなかった。戻れるんだ、あの状態に。

その方がいいのかもしれない。


そんな風に思うようになったのはここに入ってから何日後のことだろう。


「三日ぶりだね」

たった三日なの。一生分の苦痛を与えられたのに。おとうさんとの任務中に骨が折れたり大腿部から出血したりもしてたし「あっこれ死ぬわ」みたいに思ったこともまあまああるけど、それを塗り替えるほどに酷い目に遭った気がするのに。

でもその驚きを抱く頃には頭の中は別の感情に塗り替えられていた。

拘束を解かれ、また別の部屋に移されたと思うと、小さい穴の空いたガラス越しに見覚えのある人物が座っているのが見えた。

「マセリア……あなた何しに来たの……」

「君との面会に来たんだけど……どうしてそんなにやつれているんだ?食事はしっかり摂らないといけないよ」

「どの面下げて……」

「君の面談は順調だと聞いてね。無事に市民として復帰できるらしいじゃないか、よかった」

「ふざけないでよ……」

叫んで殴りつけたかったけどガラスがそれを許さないし、背後に私と同じ顔の監視員もいる。武器の類は当然何から何まで没収されてるし、ここで何をしたってきっと意味はない。

「よかったよ」

マセリアが噛み締めるように呟く。本当にふざけないでほしい。何がよかったというの。

「局中でもあの子達と君では管轄が違うからね。公正なメガリカ社会に間違いはないとはいえ、君の無事を確認しないとあの子は満足しないだろうから……せめて私が」


あの子っていうのはハルカかアンソニーかどっちかだと思う。ていうかそれしかない。管轄が違うっていうのもクローンかそうじゃないかってことだと思う。それより気になったことがある。

「マセリア、あなた二人の様子はわかるの?」

「詳しくは言えないよ、悪いけど」

つまり知ってるってことだ。

「あの二人もこんな目に遭ってるの?」

「こんな目、って?」

「こういうのよ」


手首にくっきり残る赤い痕をよく見せてやろうと袖をまくった瞬間。

「面会時間は終了です。立ってください」

監視員が不自然なくらい大きな声で話を遮った。

「……っ」

「ああ、お疲れ様。ミルフィアリス、また話そう」


そう言って微笑むマセリアに見送られる形で退室を余儀なくされた。

また話そう。そんなこと言われても訴えたい苦情はひとつとして伝わらなかった。知りたいことはひとつも教えてもらえなかった。

そして何より。


マセリアが面会に来る日は二度と訪れなかった。


そしてこの一回きりの面会の前に、世界にとってはとても小さくて、それでもとても重大な出来事が起こっていた。

その時の私はそうとはまだ知らなかったから、それからもたくさんの質問に答えた。何日も経ったと思う。


「愛」の存在も聞かされた。


私が今までやってきたことと真逆の概念。

今まで受けてきた「愛」と真逆の定義。

そしてきっと、セルスが強いられて逃げ出したのと同じもの。

全然理解できなかったけれど、それを繰り返し教え込まれる意味の方がより一層理解できなかった。

意味はわからなかったけど、私に正しく答えるようにさせることが彼等にとっての正しい行為だった。


治療。更正。矯正。支援。つまりは私の否定。

愛していた、忘れるな。最後にかけられた言葉を苦痛が容赦なく消し去っていく。

「愛」されたはずの「私」は世界に望まれた存在ではないことを思い知るだけだった。



おかあさんの死を否定した。

セルスの気持ちを否定した。

おとうさんの存在を否定した。

パパの底知れなさを否定した。

自然に口をついて出る言葉は、自然に頭の中に浮かぶようにもなっていた。


おかあさんはもしかしたら生き延びているのかもしれないし、セルスは悪いことをしてきたと言えるのかもしれない。言葉につられて考えが変わっていくのも感じた。

でもたったひとつ、繰り返す言葉にも塗り替えられることのできない事実がある。


炎に沈んで追うことすらできなかった人のこと。あの人が存在しなかったわけがない。疑いようがない。



「絶対、絶対許さない……」



誰に問われるまでもなく呟くと同時に、身体が椅子ごとひっくり返るほどの揺れが私を襲った。

職員達も慌てるほどの大きな揺れで、天井や壁が崩落し床は折れ曲がりながら傾いた。

拘束具のエネルギー供給も切れたようで、いとも簡単にロックが外れた。


自由になった手足で、割れた壁の隙間を抜けるように走り出した。どこへ行けばいいのかなんかひとつもわからない。

ただ、崩れゆく階段を上へ上へと駆け上がった。どうして上に向かってるんだろう、私。

この揺れはなんだろう。今まで経験したどの爆発とも違う。そういうのじゃなくて、世界がまるごと揺れているような。その感覚を疑う暇もなく、何かに突き動かされるように階段の一番上に辿り着く。


ガラス扉の奥は深い闇に包まれて、どこまでも広い空間が広がっているようだった。私を誘うように開く自動ドアの中に足を踏み入れる。



状況が把握できないままの行動。

選択肢であることすら気付けない選択。

塗り替えられつつある脳内と消えない記憶。

整理できないまま輪郭が曖昧にぼやけていく自己。

正反対の定義が対立したまま言葉として残されるだけの愛。



正しかったのか間違いだったのかすら、今でもわからない。



確実に言えるのは、そこに私が足を踏み入れたこと。

そしてそれが、世界が迎える終わりの始まりだったということ。

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