第100話 キレるしかない若者達
「うわーーん!私、私捨てられたんだー!これからどうやって生きてけばいいのよお!こんなの自爆っていうかやり逃げじゃないー!絶対絶対許さないんだから!」
「イグナーツあいつおかしいと思ってたんだよ!全然しゃべんないし笑わないし話合わないし!ミナギの方がまだ数ミリ程度は可愛げがある!もうほんっとばかみたい、あんなのと暮らしてたなんてきっっしょくわる!」
「パパだって私の首絞めたりペンキかけたり街の人に私を襲わせたりしてきたけど裏切りはしなかったのにー!おとうさんのバカバカバカ!!」
「えっちょっと待ってミナギそんなことしてたの!?ごめん今の発言ナシ、どっちもカスのクズのゴミじゃん!さいってー!いなくなった奴のことはとっとと忘れよ!ほらレタスこぼさないの掃除大変なんだから!」
世界の指導者とその半身と元右腕が派手に爆死したことを世界は知っているだろうか。知らないかもしれないし、知っていても大して変わらないかもしれない。二日か三日経ってるけど追手らしい追手も来ず、それなのにただ逃げてるっていう変な状況だ。
もっとも、私を産み出した存在と守ってくれた人達の両方を失くしてもお腹が空いて車の中でハンバーガーを普通にモシャモシャ食べてる私も「大して変わってない」と言えばそう。
アイス屋のワゴンも任務用の装甲車も拠点の病院もなくなった今の私達にとっては、この丸っこくてせまい車が家みたいなものだ。
運転してるのはハルカだからいつも速くてピコピコした音楽が流れてる。
「とか思ってるんでしょ。今のが『いかなご隊』でさっきのが『パピヨンハピヨン』で、その前が『hop step berserker』。いい加減覚えなよミウ」
「どれも同じじゃない」
「それ言ったら怒られるよ」
「誰に」
「私に」
その聞き慣れない音楽をぼーっと聴きながら助手席の窓の外を眺めるけど知らない景色ばっかり。
「こういうのって映画みたいだよね」
「映画?」
「ヒーローも敵も仲間もみんな死んじゃって戦場ごと爆発して跡も残らなくて、モブの車がただ走ってるだけの映像がエンドロールの下とか横で流れてるの。まあまあありそうじゃない?」
「わからない。映画とか観たことないわ。だって私」
「ミラクル・ヘヴンリー・スカイブルーしか観てないんだから、でしょ?私も子供の頃はそんな感じ」
ハルカはおとうさんやパパほどは難しい言葉を使わないし、エフィみたいな遠回しな言い方もしない。リアナみたいに怒ることもあんまりない。ただ、言おうとしてることを先回りされることがあるから返事しづらいことがたまにある。
そういう時、なくなりかけのコーラをすすりながら運転してる顔を眺めてみる。夏でもないのに「雰囲気が出るから」って運転中だけかけてるサングラスの向こうの緑の瞳は欠伸で細められた。私みたいなおかあさんのクローンが「一般的な人間」なんだから、そうじゃない人でしかも若いのって本当に珍しい。
アンソニーは普段から眼鏡だから今は二人して眼鏡をかけているわけだ。今朝そう言うと、羨ましかったわけでもないのにハルカに
「はいこれ」
って眼鏡を渡された。度が入ってなくて、赤と青のしましまでラメが入ってるやたら派手なフレームが「2100」って文字になってて、数字のゼロのところがレンズになってるやつ。別にいらないけどせっかくなので今かけてる。どうせ誰も見てないし。
私が返事しなくてもハルカは淡々と話し続ける。
「ヒーローがさ、退場すると映画って終わっちゃうんだよ。ハッピーエンドでもバッドエンドでも。でも大抵の人はヒーローじゃないし、現実は物語じゃないからさ」
「終わらないのね」
「そうそう。敵も障害物もなんにもない、パサパサしたごはんとバキバキに凝った身体があって、ただ走るだけ。これからしばらくずっとね。つまんないよ?」
「つまんないのはいい」
「そ」
つまんないのは別にいい。そんなのはよかったのに。
やっぱり絶対許せない。大きな穴が胸に空いたようで、もし許したらその穴から体が崩れ落ちてしまう気がした。
そんなこと考えてると後ろから声がかけられる。
「よく、ねたのかもしれない。あんまりよくわからないけどミウもねたらいい」
狭くても後ろのシートを倒せば寝転ぶくらいはできるけど、アンソニーは体が大きいからいつも丸まってて窮屈そうだ。
移動中に私とアンソニーが交代で寝て、停車中にハルカが寝るって感じの生活サイクルなので、今私達がメガリカのどこにいるのか正確にはわからない。
障害物も対向車もあんまりない道をひたすら走り続けて何日経っただろう。一面の畑の間とか、砂埃がやたら舞う場所とか、崖すれすれの山道とか、いろいろ抜けた先には重い色した塊みたいな水がどこまでもどこまでも左側に広がっていた。
海だ。
「行ってみるか」
「え?」
ハルカが急にハンドルを切って車を端の方に寄せる。
車を降りるとリュックを背負ってサングラスをかけたまま、だだっ広くて周りになんにもなければ誰もいない砂浜をフラフラ歩き出す。
「アントン、ミウ。来なよ」
唐突な誘いだけど断る理由もない。ていうかアンソニーはもう追いかけてるから私も続くことにした。
足が沈みこんで靴に砂が入る感触が気持ち悪い。
「うへ、つべたっ」
しゃがみこんで指先を水に浸けたハルカが手をぶらぶら振る。冬の海なんだから冷たいのは当たり前だ。しかも日が沈みかけてて、ことさら寒いのに意味もなくはしゃぐ気分にはなれなかった。アンソニーも文句は言わないけど風が吹く度に小刻みに震えてる。
ハルカはそんな私達のことを気にせずに、しみじみ感じ入るように呟く。
「遠くまで来ちゃったなあ」
「ここどこなのよハルカ」
「場所じゃなくて生命の進化の話してるの。みんな海から来て何万も、何百万も、いやもっともっとたくさんの種の命になるなんて不思議ではあるけどそれ以上にね。今の人間のこと、昔の人は想像できたかもしれないけど絶対無理って思ってただろうね」
「クローンの話?」
「それは100年前からとっくに研究進んでたでしょ。私が言ってるのはDreaming World の方」
「おとうさんはあれを兵器にするって言ってたけど、人間とどう関係あるの」
「うーん。セル姐の妄想とセルシオルの技術については知ってるんだっけ。経緯は置いといて、エフィが監修みたいな形で関わってたことも、リアナが物理的に三人を守ってたこともだいたい想像つくでしょ。あの四人は何かのきっかけで出会って、なし崩し的に親しくなった感じがあるんだよね」
「ええ」
「でもミナギとイグナーツはきっと創作や物語なんかには興味ないし、セル姐と親しくなってるわけでもない。偶然出会った関係でもない。でもセル姐も彼等を必要とした。正直私とアントンもつるむようになったの最近だから、確かなことは言えない。だけど推測はできるよ、何しようとしてたのか」
「……!」
「うーん、そうだね。原理とか根拠とか歴史は省いていいか、たぶんつまんないし、そもそも仮説だし。大事なことは二つくらいでしょ」
いちいちこっちの理解に合わせようとしてくるの、ちょっとむずがゆい。でもそんなの気にしてる場合でもないから黙って続きを聞くことにする。
「ひとつめ、『ユリシスとミナギの身体は自然な人間のそれじゃない。ものすごい規模の演算ができるように改造されている』。ふたつめ、『Dreaming World の特定のコマンドのパスワードは、予め設定された人間の遺伝子情報そのもの』」
「……?」
「ユリシスは人の形をしてるけど半分、いや半分以上コンピュータみたいなもんだよ。脳がこの世界を支配するネットワークっていうか、なんていうか社会そのものと繋がってる。それを攻撃して破壊するプログラムとしてイグナーツはDreaming Worldを転用しようとしてる。わかる?」
「なんとなくは……」
「どうせ私とアントンの遺伝子情報も抜かれて何かのパスワードとして設定されてるんだろうな。政府は私達のこと処分したがってるだろうし、イグナーツにも私達を死なせない理由なんかない。絶対に逃げられない。誰も助けてくれない。確実に殺される」
「タチ悪!」
「ムカついてる場合じゃないよ。あんたが一番やばいんだよミウ」
「え?」
「たくさんいるクローンは『予備』にできる。また新しい素体を改造して、機能を移して記録を複製すればいいんだよ。個々の記憶みたいな些細な記録は上書きしてさ。ユリシスが死んだって次のユリシスが出てくる」
「えっと、つまり」
「イグナーツの目的が果たされたらユリシスのクローンが生きられる世界にはならない。そんでもって生き残ったらユリシスの器にされる。ただ殺されるだけの私達とは違うよ。どっちみちミウっていう存在そのものがなくなる」
「……でも私、私は」
「そんなわけだからさあ」
ハルカがリュックをごそごそ漁って何かを取り出した。色とりどりの棒が入った袋だ。
「とりあえず花火やろうよ!」
なんて?
黙って聞いていたアンソニーが口を開く。
「わかった、ハルカ」
なんて!?