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第99話 悪魔のようなあなた

「おとうさん、セルシオルが、エフィが」

「……ああ。先生達は『あれを選んだ』」

「死んじゃったのが?」

「勘違いするな。優先すべきことは他にあった。どちらも失敗したから、より悪い結果を避けた。彼等にとってはそれだけだ」

「……おとうさん。Dreaming World って何なの?目的とかじゃなくて、実際は一体何なの?」

「私も断片的にしか理解していない。奴に聞かせる気もない」


向かい合うパパとおかあさんから目を離さないまま小声でこそこそ話してはいたけど、動きがないはずなのに熱気が伝わってくるから緊張する。おとうさんも銃を構えてはいるけれど、闇雲に撃っていい雰囲気じゃない。背中に隠れるように静かに後ろに下がる。




「――」

おかあさんが剣を引いて口を開く。

それが交渉の言葉ではなく、次の技の予備動作として呼吸を整えたんだと私が気付く頃にはパパがその腕を捻り上げようとしていたし、その手の位置を私が視認するより速くおかあさんは動作を中断して後ずさり、別の構えで剣を突き出したんだなとわかった時にはもうパパは横に移動してからおかあさんに肉薄するけど拳は躱される。


起こっていることの何もかもが、私が認識する頃には既に終わっている。ただ速いだけじゃない。動きを読み合って、お互いが正解し続けている、そんな感じだ。

それに加えて奇妙な感覚があった。


「本気を出してない」

「……」

おとうさんの沈黙は肯定だと思った。

私ですら追い付けないような高い次元で、少しでも間違えば命がなくなるようなやり取りをしていながらも決着をつけようとする気迫がまるでない。


やがて二人は互いに距離を取り構えを解く。

「……」

「……」


一言も発されない。この空間の中で言葉が口から出そうなのは私だけなのかもしれない。

少なくともパパの正体はこの十数秒のうちに察することができたし、そのことを指摘したくなった。どうして教えてくれなかったの、どうしてここにいるの。

だけどそれを言うには空気が張り詰め過ぎていたし、たぶん私以外の三人にとっては今更わかりきっていることだし、私に状況を理解させるより三人には「優先すべきこと」がある。


悔しい。私のおかあさんで、パパで、おとうさんのくせに。

おかあさんはパパのことしか見てないし、パパはおとうさんのことしか信じてないし、おとうさんはおかあさんから目線を切らない。


共通の背景も過去も私にはない。だから理解なんかできるはすがない。

彼等にしかわからない視線で、表情で、態度で、考えを読み取り合っている。ううん、伝え合っているのかもしれない。



「やっぱ邪魔だわ」

唐突にパパが口を開くとともに記憶媒体を後ろに投げ捨てる。それはちょうど私がキャッチできる方向に。

目線を手元から前に戻そうとするけど、強制的に視点が上に移動する。

「えっ」

おとうさんに持ち上げられ、廊下にあったストレッチャーの上に座らされたことを把握する。


「ミルフィアリス」

「……いや」

どうしてそんなことをされたのか、今から何が起こるのか、予測できない程にぼんやりとは生きていない。手を離されてたまるか。おとうさんの肩に抱き着いて、確信できたことを耳元で囁く。

「パパは――ミナギは『オリジナル』なんでしょ?私とは違って。元から存在している人間なんでしょ?」

「ああ」

私にしか聞こえないくらい小さい声で肯定してくれる。私の考えをちゃんと伝えても良いと思えて、少しだけ安心する。






少し離れたところで再びおかあさんとパパが向き合っている。

でもさっきとは様子が違う。


「ミナギ。私にあなたまで失わせるつもりですか」

「勝つつもりなのウケる。ていうか君のものではないからな俺」

「その男から離れなさい。病気ですよ」

「おーこわ。ママにでもなったつもり?ああ『おかあさん』なんだっけ、この子達の。よくもそんな気色悪い呼び方させてるなー、センス最悪」

「あなたがそれを言うのですか。自分で言うのも変な話ですが、珍しく驚いていますよ」

「……なあユリシス、何回言わせる気だよ。俺は君のつがいになるために生きてるわけじゃないんだ。いい加減消えてくれ。帰れ帰れ!」

「愛するものを守ることは義務です」

「つまんねー奴。やっぱここで死んで」


短い会話の後、示し合わせたかのような沈黙が訪れる。だけど探り合うような空気はもうない。





おかあさんの目がかっと開かれる。剣が鞘に収められる。

パパの背中がすっと伸び、右足が後ろに引かれる。


「はああああああああ!」

「おおおおおおおおお!」



速さは完全に互角!

凍るほどに澄んだ細い刀身から繰り出される斬撃、雷を拳に宿しているかのような激しい打撃!

目にも留まらないどころか、人間同士の戦いであるとすら認識できない。火花でも飛んでいるかのような残像が視界の端に僅かに映るだけ。

この世で最も優れた人間は二人いる。そのうち一人のクローンである私はそう信じて生きてきた。そしてそれが間違いであると、家族と日々を過ごすことで思い直すことができた。

でも本当はそれこそが間違いなら?

地上最強の人間は確かにいる。嘘でも演出でもなく、目の前に存在している。

信じたことは正しい。そう、おかあさんはいつでも正しい。正しいから強いのだ。迷いなく選び取るから、少しでも選択肢の幅があるものは誰だって影響を受ける、そういう強さがある。

でもそれがたった一人に与えられた才ではなかったら?

世界を揺るがす程の強さがぶつかり合ったら?


奇跡なんかない。

戦いの裏で、傍で、すぐ足元で、その他のすべては踏み潰されるしかない。たった二人だけの戦闘なのに肌で感じる。

華奢な女の腕で金属の塊をリボンのように振り回すのも、武器を持った人間を生身で翻弄するのも、一撃一撃が並の人間なら致命傷であることも、それをお互い何発かは確実に食らいながらも全くパフォーマンスが落ちないことも、戦場に身を置く者として尊敬すべきだとわかっているのに、見ていると胸の奥に絶望感が押し寄せる。


「あはは、あはははは!楽しいです楽しいです楽しいです!」

「ふふ、はははははは!どうにでもなっちゃえよ、ほら!」

どっちが勝ってもだめだ、これ。

二人いれば十分すぎるくらいに、いつか世界を壊せる。





戦闘に気圧されながらも、体勢を変えずに言葉を続ける。

「パパはおかあさんと考えが合わなくなって、おとうさんを説得して二人で逃げたんでしょ?追い詰められたセルスみたいに。二人だけの場所で誰にも邪魔されずに死ぬために」

「違う」

「パパが私の首を絞めたのもおかあさんが憎かったからなんでしょ」

「それも違う」

私の背中に手が回される。

このまま体重を預けてしまいたいのにやんわりと押し戻される感覚がある。

「私だ。全部私がやったことだ」

「え?」

「ミナギを愛したのもユリシスを憎んだのもセルスを追い込んだのも私だ。あいつらの意志など関係ない。私が私の目的のためにそうした」

「……おとうさん」



私の頭の中で繋ぎ合わせた情報の断片。その塊が一瞬で崩壊し、全く別の一つの結論を形作る。私が今触れているのが本当はどんな人間かまるで理解していなかったことに気付き、内臓が冷えていくような感覚に襲われる。

「セルスのDreaming Worldを武器として利用する気でしょ。そのために味方を死なせてるのはあなたね」

「味方などいない。必要なだけだ。お前を保護したのも計画に必要だからだ」

「あなただって死ぬ気なのよね?」

「お前だけは最後まで生きろ。それ以外は許さない」

「私もあなたのこと許さない。どんな理由があっても次会ったらシバくわ」

「私達はお前を愛していた。忘れるな」

「いいえ。一発殴らせて、今!」


拳を握り締めて振りかぶろうと体を離したその一瞬、まずいと思った。隙だらけだ。

おとうさんがストレッチャーのタイヤロックを足で外す。そのまま割れた窓に向かって力一杯に蹴り飛ばされる。

もう本当に本当にふざけないでよ!



「ギャアアアアアアアアアおぼえてなさいこのクソ親父――――――――!!!!!!」



二階の窓から躍り出た体は空中で静止するような錯覚に襲われたけど、何か対処しなきゃと頭が考える頃には落下し始めてて、顔の皮膚が張り裂けそうだし内臓はヒュンってなってるし骨が折れる時の嫌な感触が着地する前からリアルに想像できるしそれより何よりめちゃくちゃ腹立つ!

とか思ってよく見たら下、植え込みじゃない!ラッキー!いやラッキーじゃない!あががががが痛い痛い痛いものすごい勢いで枝が、枝が、あと葉っぱがーー!!!ストレッチャーが真下にあるから生身100%で激突してないだけで普通に横から来る、横から刺さって来る!

絶対絶対許さないわ!



「だいじょうぶか!?」

下の方から声が聞こえる。どうにか落ちきった……というか、途中で引っ掛かった私の身体はひょいと持ち上げられる。

「ミウ、きずだらけ」

「アンソニー!」


無事だったのとか良かったとか言う前に、目の前にすごい速さで丸っこい小さな車が停められる。

「アントン、ミウ、はやく乗って!」

「ハルカ、ミウがなにかいってる」

「パパがおかあさんと戦ってて、おとうさんが!」

「うるさいよ!ややこしいこと言わないで、誰が誰だよ!ていうかそいつらには付き合ってられない!」



ハルカが思いっきりアクセルを踏み込んで、その図体に合わないような猛スピードで車は急発進する。

数秒後に後ろの方で凄まじい音がして、車が強い風に煽られる。ミラーから見えた病院からは煙と炎が上がり、あちこちが崩れかかっているのが見える。

「あ、ああ……」

窓を開けようとしたけど

「だめ!あぶない」

ってアンソニーに阻止された。後ろのリアガラスから見える病院はどんどん小さくなっていく。

巨大な蛇がのたうつように、建物を、周囲の木々を炎が呑み込んでいく。そこにある命はひとつも生存を許されないだろう。



この感情に私はどう向き合えばいいんだろう。

怖いのに走り寄りたい。

悲しいのが気持ち悪い。

悔しいのにざまあみろって思う。

イライラが止まらないのに安心してる部分がある。

なかったことにしたいけど起こったのならさっさと終わってほしい。

私はなんて不幸なんだろうと思うけど、そんなことはどうでもいいとも思ってる。

理解できないことばかりだけど、理解してもきっと気持ちは変わらないような気がする。




愛してる、愛してる、愛してる。

寂しい、寂しい、寂しい。

だけど死んじゃってよかった。

よかった、よかったんだこれで。

元々私が持ってるものじゃなかった、それだけだ。

ああもう頭の中で繰り返さないで、優しい言葉を、表情を、触れ方を。

知る前の私に戻して。

捨てられたんだ、私。

心から憎い。



「これで良いわけあるか!」

車のシートを思いっきり殴りつける。

頬を流れる涙の熱さで火傷しそうだった。

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