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第9話 花舞う聖都

さあ手と手を取り合って

皆がやさしい心をもって

永遠に続く楽園を愛しましょう

神と人を愛し慈しみましょう

森の恵みを、澄み渡る空を、絶えることのない春風を













「バノン、港に着いたわ」

「そうだねミウ」


自動運転の船で数日航行し、マナウ海域から北東の街に行き着いたようだ。

どうやら大都市らしく、港の規模もマナウ海域が玩具に思えるほどに大きい。海岸線には果てが見えないほどたくさんの船が停まっている。

街の方を見ると、都市壁も城門もなく、色とりどりの花で彩られた家や商店が立ち並んでいる。

そしてその遥か奥には、巨大で豪奢な建造物が都市のすべてを見渡すように聳え立っている。





「あれはアレイルスェン教会さ!神様の声に導かれた教祖様があそこから常に恵みをもたらしてくれるから、この聖都ラウフデルは百年は平和なままなのさ!」

私とバノンがその建物を見上げていると、通行人が声をかけてくる。


「おっ?これはこれは。神様ですか?それならよりいっそうこの街はお気に召すと思いますよ。良かったらご案内します」

「結構よ。ここは通過点だもの」

「そうですか。旅の疲れをゆっくり癒してくださいね!」



人の良さそうな笑みを浮かべたまま、その人は去って行く。

人が多い場所は苦手だ。のどかな雰囲気、活気があるが治安が保たれた街。

典型的な「良い街」ではあるのだろうが、なんとなく落ち着かない。周りに自然以外何もないという点では、燃料もギリギリのしょぼい船上の方がまだ気が休まったかもしれない。






バノンの様子はこれまでと何ら変わりない。ただ、街や港でなく、私の方を見て微笑んでいる。


「どうかした?バノン」

「ミウ、怒るかと思った」

「ああ、教祖がどうの聖都がどうのってやつ?怒りはしないわよ、愚かだなって思ってるだけ。どうせエズみたいな感じの支配欲をこじらせた神が適当な人間を傀儡にしてるんでしょ」

「百年だってさ」

「 Dreaming world の運営はどうなってるのかしら。長年好き放題やってる神にペナルティとかないの?」



肉体がデータ化された私達、神には成長も老化もない。

好きなタイミングで生命活動を永久停止できるし、元の世界の肉体との違和感はデメリットでしかない。

全ての神はログインした時の身体年齢を保っているはずだ。



とはいえ百年も生きてたら飽きるはずだし、そもそも死ぬためにこの世界に来たのなら明らかに本末転倒だ。決意を覆してまで生きたい意味も目的も私には理解できない。






「ウワーー!」

「きゃああ!!」

港のどこかからにわかに悲鳴が上がる。





「領主様!もうこれ以上は支払えません!」

「口答えすんじゃねえ!やっちまいな!」

「ヒャッハー!下等民族はこの斧の錆になっちまいなー!」

「どうか、どうか命だけは!」


声の方を見ると、漁師と地主、そして領主が雇った傭兵とおぼしき人々が言い争っていた。

言い争うというか、漁師達が虐げられているように見える。





「ミウ、何かする?」

「しないわ」



どれだけ理不尽でも可哀想でも、人と人の間の争いに神が介入すべきではない。私は神だから強いのだ。正しくなくても、誰の言い分も聞かなくても人相手なら圧勝できる。

人は人で、人工知能とはいえ既に、元の世界の人間と同じくらいのクオリティで人格や個性を獲得し、社会を形成している。


神の存在なんかそれ自体が急に湧いて出た暴力みたいなものなんだから、徒に正義を振りかざして影響を与えてはいけない。

まあ、神が噛んでくるなら話は別だけど。

たぶん私のせいで南の大陸もマナウ海域も今頃パニックだろうけど、それはリガルタとエズが悪い。私が悪くないかと言われたら違うけれど、私は正当な権利を守っただけだ。




だから、あの争いに手は出さない。

善良そうな漁師がごろつき同然の傭兵になぶり殺されていたとしても、私は何もすべきではない。

聞こえてくる地主らしき声が法外な税率を主張していたとしても、干渉してはいけない。

快活そうな子供が啖呵を切っていても、傭兵に首を絞められていても、止めようとなんか思ってはいけない。





「ミウ、大丈夫?」

「何が?」

「気分が悪そう」

「変わらないわよ」



水面に映る自分の表情は今日も変わったりしない。変わることなんかないはずだ。

退屈な水面から目を逸らすと、争いの現場の全貌が見えた。

信じられないものが視界に入った。




「……何よあれ」

「どうしたのミウ?」

「バノンついてきて!走るわよ!」




説明は後だ。

バノンを連れて、全速力で現場に駆け寄る。そして、傭兵に捕らえられていた一人の人物に飛び掛かる。



「!?」

「うわ何だ!?」

「人が急にものすごい速さで!?」




傭兵の腕から抜け出せたその人物の身体を、バノンと繋いでない方の手で抱え上げて走る。とにかく走る。

「逃げたぞ!追え!」





路地裏に入り込んだが、傭兵達が追ってくる。二人も抱えてどこまで走れるだろう。いや、抱えるというよりはどちらかというと……。




「そこまでだ」




その時。大通りの方から低い女性の声が聞こえる。

追っ手がもう来ないことを確認して、集団がいた場所から死角になるであろう建物の外階段に上って様子を伺う。




現れたのは、日光を浴びて煌めく銀色の鎧を纏った集団。一目見てそれが騎士団だと理解した。




「港の所有者が民を搾取しているとは聞いたが……ここまでとはな。よくも聖都を汚してくれたな。貴様等の狼藉は今日この時を以て終わる」

騎士団の前方中心にいる人物が厳かに告げる。


「なんだテメエら!!」

戦い慣れた風貌の傭兵達が斬りかかるが、話していた人物の左右の騎士達の槍によっていとも簡単に切り伏せられていく。




その光景を眺めながらバノンが話し掛けてくる。

「ミウ、あれって聖遺物(レリック)じゃない?」

「確かに鎧や武器からは僅かな(リソース)を感じるわ。あの金属の鋳造に遺物が使われているような気がする。だけど……」








「他の奴は倒せても俺様は一味違うぜ!跪いて許しを乞うなら今のうちだぜクソ女!高値で売り飛ばしてやるよ!」


一番身体も武器も大きい傭兵が、周囲の物を破壊しようがお構い無しに暴れ回っている。

漁師達が悲鳴を上げて逃げ惑っている。




でも、一瞬で勝負が着くに違いない。私は確信している。


中心の騎士が歩み出る。静かに、花を摘むように。

花束を差し出すようにふわりと、その槍が前方に向かって伸ばされる。



薔薇のようだ。

この港は今、薔薇園に変わった。

鮮血が飛び散り、花弁のように舞っている。

傭兵は息をしていないどころか、頭部がもう失われていた。



完全に戦力を失った地主は、その呆気なさに言葉を失い、抵抗することもなく騎士団に連行されて行った。



中心の騎士が槍を下ろし、漁師達に向かって歩みを進める。

あまりにも簡単に人の生命を奪った騎士が接近してきたため、漁師達はびくりと身体を震わせる。

しかし。



その騎士が兜を取り、顔が露になる。

ウェーブのかかった黒髪を顔の横で纏めた、化粧っ気のない成人女性。目付きは鋭く唇は血のように赤い。

胸には薔薇の紋章、返り血を浴びてもなお輝き続ける鎧、派手ではあるが洗練されたデザインの槍。


その壮麗さと厳格さを併せ持った佇まいには不釣り合いな、歯が見える程の清々しい笑顔。



「皆様もう心配ありません!我々にお任せください。神の御許で長い間耐え忍ばれたこと、痛み入ります。聖都を守る者として、皆様の生活は我々アレイルスェン教会が保障いたします」



わっと歓声が上がる。

先程傭兵に締め上げられていた子供が騎士に駆け寄って花を手渡している。

「おや、ありがとう」

「ゼクスレーゼさま!ずっとここにいてください!」

「ふふ、聖都にいる限りいつでも会えるさ。それに、今度は君が強くなって皆を守ってあげる番だよ」



アレイルスェン教会、ばんざい!

教祖マレグリットさま、ばんざい!

ゼクスレーゼ騎士団長、ばんざい!





歓声はしばらく止むことはないだろう。


「あの槍は所有物(ポゼッション)ね」

「聖遺物じゃなくて?じゃああの騎士は神なんだね」

「そういうわけでもないみたい。彼女からは何も感じないもの。でも遺物と言うには神の力が濃すぎる」

「所有者である神が他にいるってこと?」

「そうとしか考えられないわ」




私がバノンと愛の語らいをしていると、ぱたぱたと下から音が聞こえる。





そういえばさっき連れてきた人物がいた。

猿轡を噛まされていたし、手を縛られているから、状況が落ち着くまでは静かな方が良いと思って転がしておいたんだった。

でもあんまり意味なかったかもね。この人、いや、人?わからない。神じゃないけど、人かどうかわからない。





だって、手を縛られていても、全身の拘束さえ解かれれば飛べるんだもの。


頭部から触角のような長い髪が二筋伸びている。若草のような色をした背中まで伸びる長い髪に赤茶色の大きい瞳、長い睫毛。

膝丈のワンピースに長いブーツを身に着けている。

背中には妖精のような、光を浴びて何色にも輝く妖精のような羽根が生えている。

何より、神やバノンほどの量ではないが、(リソース)を持っているのを感じる。




猿轡を外してあげた瞬間、彼女は気の抜けた声でぺらぺらと喋り出す。


「もぉ~~!!最悪ですよお!せっかく大都市にたどりついたと思ったら怖い人たちにつかまって売り飛ばされそうになって!もういやですこんな街!こんなんじゃお役目果たせません~!森に帰ります!」



手足と羽根と触角をばたばたさせてわめくその女性は……いや、少女かな?背は高めだが全く落ち着きがない。

煩い、とても。


「あなたたち!助けてくれてありがとーございましたー!なんにもできないけどお礼言わせてください!あとできたら今夜泊めてください!」



感謝と共に宿をせびられている。ものすごく無邪気な笑顔で。

こいつ一体何なのかしら。人とか神とか置いといても、本当に何!?



「あっ、自己紹介しますね!」



彼女はダンスでも踊っているかのようにくるりとその場で一回転してから、スカートの裾を摘まんで一礼しウインクする。




「わたしはキエル!キエル・セルスウォッチ!音の神、セルスさまの子孫なのです!」



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