8/1084
1話
「あの人?」
両手に紙袋を持ちスーツにコートを羽織り、しっかりとマフラーを巻いている男が、火車とむつの方を見ている。人見知りなのか、むつの視線に気付くとぱっと顔を背けてしまった。
「あぁ…」
「人見知りなのかしら?ご挨拶しようと思ったのに…止めといた方が良さそうね」
「…悪いな。むつ、偶然とは言えど元気そうな顔見れて良かった。それに話し相手してくれて助かった」
「ん、あたしも火車と会えて良かった。人に気付かれないように、気を付けてね」
「そうするよ」
むつがひらひらと手を振ると、火車は軽く頷いて下駄を鳴らして、男の方へと向かって行った。男は、ちらっと振り返るとむつに会釈をしてみせた。むつも軽く頭を下げ、2人が歩いていくのを見送った。