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6話
階が上がるにつれて、人の声も気配もなくなっていくと、むつは心細くなっていた。階級が上になるという事は、現場から離れていく事なんだな、と思うと山上はまだ現場に出てくる方だな、いい社長だとむつは感心していた。そんなどうでもいい事を考えていると、案内役の警官が立ち止まった。ドアには部長室と書かれている。
ノックをすると、静かな返事があった。だが、内側からドアを開けたのは酒井ではなかった。秘書のような者なのか、むつを上から下までじろじろと見ていた。だが、どうぞと部屋に入るように促された。
「失礼します」
すでにむつの顔から笑顔というものは、微塵も残っていない。無表情のような顔で中に入ると、大きくどっしりとした机に向かって、何か書類を見ていたのか酒井が顔を上げて笑みを見せた。
「…まさか、いらして下さるとは思ってませんでした。どんな理由であれ、嬉しいものですね…どうぞ、おかけください」




