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1話
きしっと忍ばせた足音がすぐ近くで聞こえた。むつは、ぎゅっと目を閉じてシャツをより一層強く握りしめた。だが、それと同時くらいに、とんとんっと玄関のドアがノックされた。
「むつー?上がるぞ」
がちゃっとドアを開けながら、聞き慣れた声が聞こえてきた。ぱたんっとドアが閉まり、かちゃんっと鍵をかける音。ごそごそと靴を脱いで、自分でスリッパを出したのか、ぱたっと音がした。
「むつ?」
ぱたぱたとスリッパの音がして、ダイニングへと続くドアがしっかりと開けられた。ひょこっと顔を覗かせたのは、兄である冬四郎だった。
「何だよ、居るなら返事くらいしなさい」
キッチンに居るにも関わらず、返事もしないむつがシャツを握りしめて立ち尽くしているのを見た冬四郎は、きょとんっとした顔をしている。




