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1話
きしっきしっと廊下をゆっくりと進み、キッチンの方へと確実に近付いている足音。むつは無意識のうちに胸元に手を伸ばして、シャツをぎゅうっと握りしめていた。それで何かが変わるわけではないが、他にどうしようもない。
ダイニングへと続くドアが、かたんっと鳴るとむつは大声をあげようにも声が出せなくなっていた。口を開いても、ひゅうひゅうと空気が漏れるだけだった。
ゆっくりと静かにドアが開いてくると、むつはもうどうしようもなくなっていた。ただただ怖いだけだった。
仕事では何度となく危ない目にも怖い目にも遇ってきていたが、こういった恐怖は初めてだった。
泣き出してしまいそうなのを堪え、ドアからも目を背けてしまいたかったが、金縛りにあったかのように、身体はぴくりとも動いてはくれない。こんな状態では、逃げようにも逃げ切れない。せめて、声だけでも出てくれたらと焦れば焦るほどに、何も出来なくなっていた。




