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3話
むつが驚くばかりで何も言えないでいると、酒井は冬四郎の方に向かって頭を下げると、むつから手を離した。そして、逃げるように背を向けて歩き出していた。
「ま…待ってっ‼」
詳しく聞きたいと、むつは酒井をおいかけて走り出そうとしたが、タイルでひーるが滑ったのか、前のめりに転びそうになった。
「むつっ!!」
冬四郎は声がしただけで、顔からタイルに落ちると思ったむつは、ぎゅっと目をつむった。だが、どさっと落ちた感じはあっても顔を打ち付けた感じもなければ、タイルの冷たさもない。
「…見た目と中身はみずきさん譲りですか」
耳元で声がすると、むつはばっと顔をあげた。みずきという名前は、もうずいぶんと前に聞いた事のある名で、その時は顔が似てると性格まで似るのか、と言われた事をすぐに思い出した。
「お母さんも知ってる…?」
「ですから、むつさんが玉奥の家で過ごしていた時から知ってるんですよ。みずきさんの事もすぐるの事もよく知ってますよ」
「な、何で…ですか?酒井さんは…何?」