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3話
冬四郎の側に行く前にと、むつは立ち止まると酒井に向かって深々と頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございます…お食事も、ご馳走さまでした」
もう冬四郎も居るし、帰るだけとなったからか、肩から力の抜けたような安心しきったようなむつの顔を見た酒井は、少しだけ眉間にシワを寄せた。
「ここで失礼します」
再び頭を下げたらむつが、くるっと背を向けて冬四郎の方に向かおうと歩き出すと、酒井がむつの腕を掴んで引き留めた。意外すぎる行動に、むつは驚いたような顔をして振り向いた。
「…むつさんの事は、むつさんが玉奥の家で過ごしていた頃から知ってます。宮前の家に養女として入った事も知っています…人とは違う能力…すぐる…お父さんから引き継いでる事も…私は、お父さんとは長いお付き合いでしたから」
酒井が吐き出すように言う言葉に、むつは驚くばかりで何も言えないでいた。ただ言葉の意味を理解するまでには、かなりの時間がかかっていた。