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3話
エレベータを降りてロビーを歩いていくと、ガラス張りの窓の向こう側。出入り口の外に、コートを羽織った冬四郎がこちらに背を向けるようにして立っている。それが見えると、むつはやっと終わったと言わんばかりに、ほっとしていた。
「…あの、酒井さん…今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ…ありがとうございます」
むつが気まずそうに言っても、酒井は大人の対応なのか、笑みを浮かべていた。そんな風にされると、悪い事をしている気分になって、ますます気まずくなる。
「…お兄さん来てますね」
「はい…」
冬四郎の前まで送ってくれるつもりなのか、酒井はむつと共にホテルから出た。ドアボーイがお気をつけてと声をかけるのが聞こえてか、冬四郎がゆっくりと振り向いた。ほんの数時間、知らない人と食事をしただけとは言えど緊張と共に不信感を抱く結果となり、張り詰めていた糸が切れたのか、むつはふにゃっと表情を緩めた。