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3話
「…貸しを作るようで嫌、って顔してますね。ですが、ここは私に出させてください。私のわがままに付き合ってくださった女性に財布を出させるなんて、かっこう悪すぎます」
「…分かりました。ご馳走になります」
膨れっ面のむつだったが、ご馳走様ですと言うと、財布をしまった。それを見て酒井は、くすっと笑っただけだった。酒井が支払いをしている間に、むつはお手洗いに立ち、化粧が崩れてないかを確認して、冬四郎に手早くメッセージを送った。
むつがどこか不愉快そうな顔で戻ってくると、酒井は困りきったように眉尻を下げていた。だが、むつはそれには気付かないふりをして、鞄を持って酒井と共に店の出入り口に向かった。
預けていたコートを羽織り、廊下に出ると、まだコートを羽織るには早かったかもと思うくらいに、暖房が効いていた。