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3話
「では、酒井警視正…私と父は、そろそろ失礼します。むつ、失礼のないようにな」
「はぁい…」
冬四郎が父親を促して帰ろうとすると、むつは心細そうに冬四郎を見ていたが冬四郎は、さっさと父親と一緒に離れていく。むつがそれを見送っていてが、酒井は何も言わなかった。
「…むつさん」
「あ、はい…」
酒井に名前を呼ばれて、むつはぱっと振り向いた。酒井は柔和な笑みを浮かべながら、むつを見ていたがむつは気恥ずかしそうにきょろきょろをしていた。
「上で夜景を見ながら食事をと…ベタ過ぎるかもしれませんが、予約入れてありますから…行きませんか?」
行きましょう、と行くのが当然な言い方ではなくて、むつに伺うような言い方にむつは好感を持てたのか、はいと返事をした。だが、その声は喉に絡むような声だった。