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3話
冬四郎と共にむつはドアボーイにドアを開けて貰い、ホテルの中に足を踏み入れた。分厚い絨毯にヒールが、沈むと歩きにくくて仕方ない。むつはこういった高級感のあるホテルで、男性が女性に腕を貸しているのは、こういう事なんだろうなと、余裕にも思っていた。
「…さて、顔が分からないから探せないな。遅刻したし、お相手も帰ったか?」
腕時計を見て10分ほどの遅刻だな、と冬四郎は呟いた。もっと遅刻しているかと思ったが、まだそこまでだったんだとむつは意外に思っていた。
「お兄ちゃんは酒井さんの顔は知ってるんじゃないの?調べたんだし」
「うるさい」
ぼそぼそと話ながら、むつの歩幅に合わせるようにゆっくり絨毯を踏んでいく。むつの言う通り、冬四郎は事前に少し相手の酒井の事を調べて、顔は分かっていた。だからといって、自分が見付けてやる気にはなれなかった。