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3話
そこまで気になるものでもないのか、冬四郎はそう言うと、むつを連れてゆっくりと歩き出した。
「…京井さんの所が洋風ならこっちは和風だな。旅館ってわけじゃないけど」
「うん。こういう所は初めて」
「場所の雰囲気楽しむつもりで行けばいいんじゃないか?いい所だったら、俺と母さんを連れてってくれ」
「…偵察してくる」
そう言うと、むつは目を閉じて深呼吸をした。ゆっくりと目を開けた時には、これから大きな仕事でもするかのような、意気込みを感じられる目になっていた。冬四郎はそれに気付いて、これじゃどんなに装いを変えても、むつはむつでしかないと思っていた。
「では、行きましょうか?お嬢さん」
くつくつと笑いながら冬四郎が、少し声を低くして言うとむつは、真剣な目をしてこくりと頷いた。
完全に緊張して、仕事用の顔になってきている事は、むつには分かっていなかった。