3話
母親は何食わぬ顔で食事を続けているが、耳はしっかりとむつの方に向けられている。冬四郎の避難めいた視線も気になってか、むつは箸を置いてビールを飲み干した。自分でグラスに足している動作でさえ、冬四郎の険しいような視線はぴったりとついてきている。
「…たぶん、行く」
「はぁ!?お前何考えてんだよ。夜だぞ?しかも、相手の顔も分からないで…見合いって言いながら誰も付き添いないんだぞ?」
「………」
ちびちびとビールを呑みながら、むつはうつ向いているばかりで何も言おうとはしない。冬四郎は不機嫌になってきたのか、箸を置くとビールを飲み干した。
「冬四郎さん。むつなりに考えての事なのよ?そんなに責めなくてもいいじゃないの」
「母さんも反対なんじゃなかったのかよ」
「お見合い自体は問題じゃないのよ。お父さんとむつにお見合いを何て話は前にしてたもの。勿論、冬四郎さんたちにもですけど。私が反対なのは、どこの馬の骨とも分からないのと勝手に進めてる事。むつが行くなら、止めはしませんよ。ただし、日付が変わる前には帰って来る事」
静かに食事を続けながら母親が言うと、冬四郎は舌打ちをした。だが、それは小さくても聞こえたのか、母親にぱしっと足を叩かれていた。