1話
そして、山上の言葉に甘えるようにむつはさっさと事務処理を済ませると片付けてパーカーを羽織った。山上も帰るつもりなのか、固定電話を留守番電話に切り替えていた。自分が帰る口実に自分をだしにされた感もあったが、むつはそこは何も言わない。ただ、当たり前のように戸締まりやガスの元栓を閉めると、山上がコートを着込むのを待っていた。
「明るいうちに帰れるのって珍しいよね。ね、あたしらも買い物していかない?」
「俺とお前とでか?どこに何を買いに?」
「そうねぇ…服?」
提案したものの、特に欲しい物も必要な物もないむつは言いながら首を傾げていた。何となく、このまま帰るのは勿体ないかなっという感じだったのだ。
「お前の買い物に付き合うのか…まぁ悪くはないな、たまには。兄貴と朋枝さん以外のやつに服選ばせるのもいいかもしれないしな」
「…お兄ちゃんには選んで貰わないよ?いちにぃは勝手に決めるけど、しろにぃは何も言わないもん」
いちにぃもしろにぃも山上はよく知っているだけに、ふぅんと顎を擦りながら唸っただけだった。
「まぁいい、折角だし行くか」
「やったーっ‼」
嬉しそうな声をあげたむつは、鞄から鏡を取り出すと、いそいそとファンデーションを塗り直して、淡いピンク色のリップクリームを塗っていた。