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1話 入学式、それは終わりの始まり

 友だちは全員、県外に行ってしまった。

 中学卒業と共に『彼』の友だちは都会の高校に通った方が有名大学に合格できるからと隣県、或いは日本の首都、東京に引っ越してしまった。本当に、『彼』の学年全員が。

 それでもそのことに関して中学校の教師たちは一切驚いてもいなかった。むしろ市内の高校に進学する『彼』がいたことに驚いているほどだった。

 その高校の名前は『晴田せいでん高校』。鶴岡市のとある田園のど真ん中にどんよりと佇んでいる晴田高校はもはや廃墟そのものだ。全校生徒が20人にも満たない晴田高校を進学先として捉える者は異端者として卒業するまでそう扱われるほどだった。

 学校として死んでいる晴田高校。その高校には樹齢が150年を超える大きな桜の老木が校門の脇で今年も咲き誇っている。

 春の陽気が心地良い4月の某日。晴田高校の入学式が細々と執り行われようとしていた。


 ○○○


 一週間の始まりで、入学式の日の朝。『彼』は車の往来がほとんど無い小道をまったりと歩いていた

 紺色のブレザーの胸元には晴田高校の頭文字のSを崩したような文字が縫われている。水色のペンシルストライプのワイシャツ。首に巻かれたクリムゾンレッドのネクタイを上まであげ、しっかりと着こなしている。防寒対策のため、ねずみ色のコートを羽織ってポケットに手を突っ込んで地面を見ながら歩いている。ズボンは至ってシンプルな紺一色だ。

 『彼』の容姿はというと、長くも短くもない中途半端な茶髪で、やる気なく開かれた目の色も髪と同様茶色。背だけはやや高く、それ以外は至って平凡な男子高校生だ。

 『彼』の家から晴田高校まではそう遠くないので自転車でもよかったが一瞬で着いてしまうのも勿体無いので歩きで登校することにしていた。

 差し掛かった分かれ道。右に続く道の脇には家々がぎっしりと並んでおり、とても窮屈な印象を抱かせる。逆に左に行くと、土と草の匂いが漂ってくる。周りは田んぼだらけでとても開放的だ。

 『彼』が来た方向から見るとその真ん中にはお地蔵さんが薄暗く佇んでいる。これから3年間このお地蔵さんを見ることになるのだ。初日くらい手を合わせないと悪い気がしたので『彼』はお地蔵さんの前まで行き、ポケットの財布から10円を取り出してそれを納めて手を合わせた。

 たっぷりと時間をかけ、『彼』は分かれ道を左に進んだ。こっちの道は近隣に住んでいる人でさえ利用しない、晴田高校に行くためだけの道だ。当然、車も一台も通らないので道を占拠できる。

 既に遠くに晴田高校の校門が見えているので何気なく歩いていればすぐに着くだろう。


 ○○○


 校門を入ってすぐ左に、立派な桜の木が鎮座している。その木についた花々は今、満開の時を迎えているようだ。

 鶴岡の春は田植えも盛んだが、この桜の咲き誇り具合もまた素晴らしく、花見も盛んだ。鶴岡公園などに行くと人でごった返している。──昔の話だが。

 ふと、視線を木の根元に移すと、腰の曲がった愛想のいいお爺さんが『彼』を見つめていた。

「おやおや、新入生くんかの?だとしたらきみが一番じゃな。わしはこの高校の校長を務めている砂枝森さえもりのぶじゃ。よろしくの」

 自然な流れで自己紹介を済ませた老人、砂枝森校長はにこやかに笑った。

「おはようございます。自己紹介ありがとうございます。僕の名前は──」

 そこで『彼』は一つ深呼吸した。これから始まる学校生活の始まりの一歩。その相手が校長先生となれば尚更なおさらだ。

 一度桜の老木を見てから、視線を戻した。

吉木よしき 蒼士そうしです。これからよろしくお願いします」

 決意のこもった、それでもどこかやる気なさげな自己紹介をした。


 ○○○


 事前に知らされていた1-A教室に行くと、黒板にでかでかと、

『入学おめでとう!!在校生一同歓迎します!!』

と書かれていた。その右下には申し訳なさそうに重要なことが書かれていた。

『新入生の皆さんは体育館へ来てください』

 蒼士はカバンを持ったまま体育館へと続く長い廊下に出た。その廊下は老いのせいか一歩歩くたびギシギシと悲鳴をあげていた。そんなのお構い無しに蒼士は体育館へと向かった。

 1-A教室は職員室のすぐ隣で、昇降口から入って左に曲がってすぐのところだ。職員室を過ぎたところから順に2-A、3-Aとなっている。つまり職員室を通り過ぎるとそこはもう上級生のクラスで、普通なら今頃は教室で待機している時間のはずだ。しかし、二つの教室には誰もおらず、あるのは机の上に置かれたカバンだけだった。

 使用されている教室以外は空き教室となっており、物置のように使われていた。

 ちなみに特別教室は1-Aよりさらに奥にあり、順に美術室、調理室、被服室、音楽室となっている。必要最低限の特別教室しか存在しない高校だ。

 体育館は別にあり、そこへ行くには連絡通路を通らないといけない。体育館連絡通路に辿り着いた蒼士はそこから見える校門を見ると、そこには女子が二人校門を通った。その学生たちに校長は話しかけていたことから察するに蒼士にしたのと同じ自己紹介をしているのだろう。

 ──つまり、あれらは新しい同級生。

 蒼士は手を振るでもなくただため息をつき、体育館へと入っていった。


 ○○○


 体育館の壁は紅白幕で囲まれていた。ステージの上には大きな花があり、その上を見れば『晴田高校入学式』と書かれた横断幕が掲げられていた。一般的な入学式だ。

 誰もいない体育館にただ一人入場した蒼士はとりあえず適当な席に腰掛けた。その場所は彼の性格のせいか一番後ろの端を選んでいた。リュックをパイプ椅子の下に置き、座った。

 ──ただ静かに待ち続けていた。


 しばらくして、1人の生徒が入ってきた。男で背丈は蒼士と同じくらいのボサボサとした黒髪とおだやかな目つきが特徴的だ。荒々しそうな性格なのかそれとも温厚なのか判断が難しい。

 その人は──学生は蒼士を見つけると今まで不安だったのか肩の強ばりが解け、脱力しながら蒼士の元へと駆けた。

「よかったよ〜後者に誰もいなくてよ〜不安だったんだよ〜」

 体育館中に響く朗らかな声。蒼士はその声の方に視線を向け、特にこれといった感情を含まずに返事した。

「えと、あなたは?」

「おっとわりわりぃ、俺は春馬はるま みつる!1年の新入生だ!ひょっとしておまえもか?だとしたらこれから同級生として3年間よろしくな!」

 まだ何も口にしていないのにどんどんと話しを進められ、初対面のはずである蒼士は彼──充に嫌悪感を抱いた。


 ──なぜなら、こういう人物がクラスの中心になり、その周辺に囲いができ、終いにはクラスにカーストが出来上がってしまう。要は、同級生差別の根源ということだ。


 蒼士はこのことを知っていた。中心グループに属さない者は忌み嫌われ、そしていじめへと発展していく。彼の身にいじめこそなかったが、彼よりもさらに低いカースト(彼は全く意識していなかったが)の者は机の上に花瓶を置かれ亡き者にされ、下駄箱にゴミをたんまり詰め込まれ、椅子を廊下に出され、物を奪われ、金を盗られた。それまではクラスの学級委員などが片付けていたが次第に中心グループの矛先は彼を影ながらだが擁護する者へと向けられ、その者らは怖気づいて遂にはいじめを無視するようになってしまった。

 それでも彼は笑っていた。何気なく声をかけると、彼は必ず笑うのだ。笑顔が素敵な青年だった。


 ──この話にはまだ続きがあるがそれはまたの機会にしよう。


 その後、体育館には男子や女子がぱらぱらと入ってきた。彼ら彼女らは特に誰とも話すことなく適当なパイプ椅子に腰掛けた。充はというと──蒼士の隣で眠りこけていた。

 そして──

「えーこほん、新入生のみなさーん。おはようございまーす!」

 女性の柔らかくても元気のある声がスピーカー越しに流れてくる。ふと体育館の出入口を見ると、1人の髪が腰までもある女の先生が立っていた。その手にはマイクが握られている。

「ようこそ、晴田高校へ!」

 続いて女教師の後ろからぞろぞろと蒼士たちと同じ制服を着た男子、女子が入ってきた。先生を除いて総勢12人。あれが晴田高校の全生徒らしい。

 彼らはステージに登壇して横一列に並んだ。

「生徒会長の福谷ふくや 正樹まさきです。この日を待ち遠しく感じていました。新入生の皆さんを歓迎します!」

 太陽の如く明るい表情で語るあの男がこの晴田高校の生徒会長らしい。しっかりと制服を着こなし、寝癖一つない整った短髪で細々とした目でも彼の思っていることは伝わってくる。平均的な身長でスリムな体型は運動にはもってこいのスタイルだ。

「どうも。生徒会副会長の白井はくい 真弦まつるです。分からないことなどあったら気軽に尋ねてください」

 生徒会長の印象が陽なら副会長は陰の文字が相応しい。黒縁のメガネをかけ、そろそろ切り頃の長い茶髪。意思のない虚しい瞳は見るものをその虚無へ呑み込んでしまいそうなほどだ。

 他にも登壇した生徒はいたが、そこで紹介は終わり、全員降壇して体育館を後にした。代わりに今まで出入口にいた若い女教師が登壇した。

「えーと、これで入学式を終わります。この学校の入学式ってこんな感じで自由だから、混乱してたらごめんね」

 自由というより適当なのでは、と思ったのは蒼士だけでない。

 晴田高校の入学式は、疾風の如く幕が下りた。


 ○○○


 場所は変わり、1-1教室。蒼士のホームルームとなる場所だ。

 職員室の真横に位置するため、少しでも大きな声を出せば筒抜け状態だ。式直後のため、1-1の担任になる先生は職員室でこのあとの予定の確認や準備などをしていて教室には生徒しかいない。

 いつの間にか黒板に貼り出されていた座席表の通り席につくと、蒼士は一番後ろの窓側だった。そもそも名字が『吉木』のため、一度も最後尾を譲ったことがない。そして蒼士の前には茶髪でショートボブの少女が座っており、隣にはさっきから声が耳障りな充が座っていた。

 座席配置は縦に二人、横に三人という並びだ。

 ──それはつまり、クラスメイトは自分含め六人しかいないということだ。

 なのに今座っている人数は五人しかいなかった。それを蒼士は特に気にかけていなかった。

 むしろ今は別のことで疲れている。

「いやーまさかこんなに少ないとはなー」

「そういやおまえはどこ中出身なの?」

「あっそうそう、さっき校長から聞いた話なんだけど、このクラスもう一人いるらしいぜ。ほら、あそこの空いてる席」

 そろそろ嫌味でも言おうかと迷っている時に先生が入ってきた。

「お待たせー」

 かごを持って入ってきた女教師はさっき体育館にいた先生と同一人物だった。黒板の前に立つと、生徒の面々を見渡した。

「私がこの教室の担任になりました、金子かねこ 智子ともこです。明るくい楽しくきましょー!」

 元気いっぱいな先生は大きく右手を宙に突き出した。それに呼応する者は──

「おー!」

 蒼士の隣に座っている充ただ一人だけだった。


 その後は今週中に終わらせる課題や明日からの時間割などのプリントを貰い午前中に下校となった。既に昇降口付近からは上級生たちの話し声が聞こえる。

「はいっ、それでは今日はここまでー。また明日、元気に会いましょうね!」

 金子先生はまるでこれから長期休業でも入るかのような文句を口にしたが、生憎明日も登校日だ。──何せ今日は入学式で月曜日なのだから当然だ。

「それではーきりーつ。さようならー」

 やはり金子先生の挨拶に応えるものはただ一人を除いて誰一人としていなかった。一礼すると固まって話をするでもなく、一緒に帰るでもなく、各々が勝手に行動し、一人になっていた。それは蒼士も例外ではなく、彼の場合、すぐに教室を出て学校を後にした。


 残雪残る春の小道。左右どちらを見ても田、田、田。虚しさのにじむ光景だ。

 それを何とも思わず、黙々と歩き続ける蒼士。

 明日からの学校生活を思うと無意識にため息が出た。

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