糞野郎とみかんの皮
糞野郎とみかんの皮の話。
電子レンジにみかんの皮を放り込み、バタンと勢いよくドアをしめる。
タイマーのダイアルを一分に合わせて加熱を開始したとき、私はふと、あの糞野郎のことを思い出す。
あの糞野郎はプログラマーとかいう糞みたいな仕事をしていた。
家に帰ってくるのは週に二回程で、数日分の着替えと、湯をたっぷり張ったお風呂が目的だった。
私が不機嫌な顔をしていると、いつも優しく微笑んでキスをする。
それでも顔を綻ばせない私を見て、今度は申し訳なさそうに二回目のキスをする。
あの糞野郎は私にとても優しい。私よりも労働を選ぶことに対して毎回、申し訳なさそうに謝る。
なんで? なんであの糞野郎は糞みたいな仕事をしているくせに糞みたいな優しさを私に向けられるのだろう。 なんで?
冬のある日、糞野郎は珍しく休みをもらって、家のこたつに入っていた。
私も一緒にそこに入ってみかんをむき、半分にして片割れを糞野郎に差し出した。
糞野郎はそれを受け取ると、少し間をあけてから「いつもありがとう」とつぶやいた。
その声は少し震えていて、私はどうしても糞野郎の顔を見ることができなかった。
「ねぇ、今の仕事やめて、もうちょっとゆっくりできる仕事探そうよ」
「無理だよ、僕にはキーボードを叩くぐらいしかできることがないし」
「寂しい」「ごめん」「なんですぐ謝るの」「怒ってる気がして」
「確かに怒ってるけど私はあなたに怒ってるわけじゃないんだから謝らないで」
糞野郎はみかんを丸ごとほおばると、私をそっと抱きしめた。
「そういえば、みかんの皮をレンジでチンすると、レンジ内の嫌な臭いを消すことができるらしいよ」
私の耳元でみかんをムシャムシャ租借しながら糞みたいな豆知識をささやいた糞野郎は、泣いていた。
その一週間後のこと。
三日連続の徹夜の末、ついに「異世界転生」という糞ゲーをマスターアップさせた糞野郎は、
そのテンションのまま、ビルの屋上まで駆け上がり、そして、糞異世界へと旅立った。
糞だ。糞すぎる。あの糞野郎。あの大糞野郎。
私はあのボケ糞野郎に、もっと糞みたいな優しさを求めていたってのに。
私はあの大ボケカス糞野郎に、私の糞みたいな愛情をまだまだ全然伝えきれていないってのに。
結局、大ボケチンカス糞野郎なのは、私なんだ。
チーン。
電子レンジのドアを開けると、柑橘系のいい匂いがした。