泡立つ黄金色 5
「スウェットと下着置いとくぞ」
「はいはーい。ありがとー」
お風呂場のすりガラス越しに声をかけると、何の気負いもない返答が返ってきた。本当に彼女は無防備だ。
20歳の誕生日から4年たった。未だに、俺は沙菜の『弟』のままだ。俺の心があの時どうだったかだなんて、彼女は知らないままだ。
あの時電話を掛けてきた彼は、行人さんだった。
『やあ、はじめまして。弟くん』
牽制ともとれる電話をかけてきた割に、次の日沙菜を迎えに来た実際の彼はだいぶ穏やかな人だった。
俺を信頼しているのか、それとも試しているのか。沙菜を迎えに来るときは、決まって次の日の昼間だ。
それはあの20歳の誕生日の次の朝から変わらない。
『いつもありがとう。面倒かけてすまないね』
沙菜を迎えに来るとき、行人さんは決まって笑顔を崩さない。
お前を信じている、そんな無言の重圧を感じるのは俺の穿ち過ぎなんだろうか。単純に疑われるよりずっと恐ろしい。
その信頼を裏切ることが躊躇われて、結局紗菜に想いを伝えることが出来なかった。
行人さんと別れたら、今度こそ。
そう思っていたけれど、そんなチャンスはついに訪れなかった。
「さっぱりしたー。お風呂ありがとう」
しばらくして、沙菜がリビングに戻ってきた。俺が用意したスウェットを着て、濡れた髪をタオルで拭いている。
酔いはもうすっかり醒めたらしい。
「私もう寝るね」
「ああ。ベッド貸す。寝室勝手に使っていいよ」
「ありがとう」
おやすみを互いに言い合って、沙菜は寝室に消えていった。
俺は1人、リビングに残った。
いつの間にか俺は手に沙菜から奪い取ったビールの缶を握りしめていた。ソファに深く腰掛け、手の中のそれを見つめる。
4年前のあの夜から、ビールは苦手だ。
あの夜の出来事を思い出すから。
手を出すどころか、想いを伝えられすらしなかった4年間を思い出すから。
そして、自分の不甲斐なさを思い知るから。
人差し指に力を込めてプルタブを起こすと、気の抜けた音がして、アルコール独特の匂いが鼻を刺激した。
手近なグラスにビールを注いで、泡たつ黄金色の液体がグラスを満たしていくさまをぼんやりと眺める。
4年前の俺には、魅惑の飲み物のように映ったことを思い出した。
今の俺にとっては、初恋と失恋の象徴だ。
「沙菜、愛してる」
誰にも伝わらない、何の意味もなさない、告白が口をついて出る。
グラスを傾けて、泡立つ黄金色を飲み干した。
悲しいような、切ないような。
全身の血が沸騰して、頭の方へ上っていくような。
目の前が弾けて、くらくらしだすような。
自分自身でも訳のわからない。嵐のようなこの感じ。
切実な苦さと苦しさ、甘さや酸っぱさのように、単純な言葉では決して言い表せない。
一口、二口。
飲むごとにそれらは俺の胸の奥を焦がしてゆく。
そして、思った。
「まるで初恋の味みたいだ」




