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初恋の味  作者: 珠樹
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泡立つ黄金色 4

 あれは俺が20になった夜のこと。沙菜はその日も当然のように家にやってきた。


『お誕生日でしょ?パーティーしよう。お姉ちゃんが大人の仲間入りをした梨紅くんのことを祝ってあげる』


 口では冗談交じりにそう言っていたが、お祝いの言葉もそこそこに沙菜はビールを飲みだした。

 今にして思えば、単に酒が飲みたかっただけなのかもしれなかった。


『ハタチなんだから、ビールくらい飲まなきゃ』


 沙菜に(あお)られて口にした黄金色の飲み物は、大人の味がした。


 すぐに酔った俺は、飲む度に増す心地よい浮遊感がすっかり気に入ってしまった。


 20歳になったばかりで、酒の飲み方もわからない。ただ沙菜が勧めるままに飲み続けて、気づけば二人して眠ってしまっていた。


 次に目を覚ました時、俺と沙菜はベッドの上だった。月明かりの下、目を閉じて眠る沙菜を見ても、俺は一瞬誰だかわからなかった。


 紗菜の肌はこんなに白かっただろうか。

 髪はこんなに滑らかだっただろうか。

 どこもかしこもが細くしなやかで、服がはだけてチラリと見えるお腹が、やけに色っぽかった。


 まるで知らない女のようで、ひどく動揺した。

 昔から、彼女のことはよく知っているつもりだった。

 だけど、年を経るごとに会う頻度も減っていて。こんな風に二人並んで眠ることなど、もう何年もする機会が無かった。


 当たり前といえば当たり前だ。俺は沙菜の弟でもなんでもない、ただの幼なじみだったのだから。


 あの肌に触れたい。

 沙菜を手に入れたい。


 突然、そんな感情が沸き上がってきた。


『紗菜に追いつきたい』


 幼い頃抱いた、そんな未熟な感情とは違う。切実な独占欲と、生々しい支配欲。


 それは、紛れもなく『恋』だった。


 今まで自覚しなかったのが不思議なくらい、それは俺の心を大きく揺らした。


『沙菜は僕のお姉ちゃんだもん』


 無邪気に言った昔の俺の言葉を思い出した。


 恋心を封じていたのは、その言葉だったのかもしれない。

 無意識に沙菜への恋心をタブーにしていた。もちろん、今までだってわかっていた。けれど本当の意味で彼女への想いを自覚したのは、多分あの時が初めてだ。


『沙菜は俺の姉ちゃんじゃないもんな。手を出したって悪くない』


 彼女の薄く開いた唇。やけに艶かしいそこに、少しずつ顔を近づける。

 言い訳をするように、低く呟きながら。


 あと数センチ。あと数ミリ。顔を近づけるのに合わせて、俺の手も沙菜の柔らかな肌に近づけていった。

 触れてしまえば、戻れない。それは十分わかっていた、と思う。


 ただ、沙菜を俺だけのものにしたかった。どこにもいかないように、閉じ込めてしまいたかった。


『いつまでも弟じゃないんだよ』


 あと本当に少し。紙1枚ほどまで近づいたその時。動きが止まった。

 沙菜のポケットが微かに振動していたのだ。


 探ってみると、それは沙菜の携帯だった。着信を告げ続けるそれをぼんやりと眺めた。

 無視を決め込むつもりだった。けれど、なかなか電話は切れなくて。思い切って出てしまうことにした。


 女である沙菜の携帯に男の俺が出れば、相手は勝手に自己解釈して切ってくれると思ったのだ。

 夜が明ければ、俺は沙菜を手に入れる。

 自信があった。勝手な自己解釈も間違いではなくなる。


『はい、もしもし』

『あれ?これ沙菜の携帯だよね?沙菜は?』


 電話の相手は男だった。


『今俺の部屋で寝てます』


 一瞬の沈黙。

 思った通りの反応に、俺はほくそ笑んだ。

 それでいい。このまま電話を切ってくれ。

 けれど、相手はそうしなかった。


『そうか。沙菜寝ちゃったか。もうちょっと早く電話すればよかったな。…ねぇ君、沙菜の弟さんでしょ?』

『いえ、俺は弟じゃ…』


 いいよどんだ俺に、相手は続けた。


『ごめんごめん。弟じゃないよね。沙菜がまるで弟を自慢するみたいに君の話をするもんだから、つい。今日沙菜が君の家に行くって聞いて、心配してたんだ。沙菜って浮かれるとすぐ飲み過ぎるから』

『そうですか』


 大人の男だった。

 少なくとも、自分の知らない彼女の話に狼狽える俺よりは、ずっと。


『悪いね。迷惑かけたろう。明日沙菜を迎えに行きたいから、住所教えてくれるかな?』

『…わかりました』


 そう、答えるしかなかった。住所を教え、電話を切った後、俺は呆然(ぼうぜん)とした。俺の後ろでは、相変わらず沙菜がぐっすり眠っていた。むき出しの腕が、白くて柔らかそうだった。


 あの肌に触れてしまえば、全てが変わる。

 そう思っていたのに、見知らぬ彼によってその思いは打ち砕かれた。


 あの彼は誰なんだろう。

 沙菜とはどういう関係なんだろう。


 余計なことばかり考えるうち、すっかり酔いも醒めてしまった。


『もう一度、酔えば』


 そう思って手を伸ばしたビールのグラス。一気に喉に流し込んだそれからは、とっくに息は抜けていて。


 アルコールも思ったようには作用してくれなかった。

 結局そのまま一睡もしないうちに夜が明けてしまった。



 沙菜は、俺のものにはならなかった。



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