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初恋の味  作者: 珠樹
2/6

泡立つ黄金色 1

 「梨紅、慰めて!」


 その一言と共に、沙菜(さな)が俺の部屋に乗り込んできたのは、土曜日の夕方だった。沙菜の手には大きなスーパーの袋。中には缶ビールとおつまみがぎっしり入っている。

 足取りはしっかりしているが、顔はほんのり桜色だ。

 ほろ酔いは確実。


「どうしたの?」

行人(ゆきと)が浮気したの!」


 俺はまたか、と呆れるほかない。

 沙菜はまるで自分の家のように我が物顔で上がり込むと、ローテーブルの上にどんどんと酒とおつまみを並べだす。ビール、ビール、柿の種、あたりめ、チーズ、エトセトラエトセトラ。おつまみが乾きものばかりなのを見て、俺はため息をついて立ち上がった。


「ビールに乾きものばっかじゃ、体が冷えて気持ち悪いだろ?なんか作ってやるから」

「さっすが!気が利くね、梨紅(りく)は」


 愛してるー。


 フラフラとほろ酔い状態で適当なことを叫ぶ沙菜を尻目に、俺は台所に立った。

 さて、この酔いどれに何を作ってやろうか。


 冷蔵庫を覗き込んでいると、スウェットの後ろポケットに入れていたスマホが震え出した。

 一旦冷蔵庫の扉を閉めて、ポケットからスマホを取り出した。画面に表示された名前は、俺の予想通りの名前『佐々木行人(ささきゆきと)』。


 『ごめん、梨紅。沙菜はそっちに行った?』

 「ああ、行人さん。ええ、来てますよ。『行人が浮気したから慰めろ』って言って、丁度俺の部屋で酒盛りを始めようとしているところです」


 通話ボタンを押すと、焦った男の声がした。このやり取りも、何度も繰り返した覚えがある。

 俺の返答にほっとしたのか、電話の向こうで息を吐く音がする。沙菜の逃げる場所は十中八九俺の家だ、と想像はつくのだろうが、確認するまでは安心できないのだろう。


 素面(しらふ)の時でさえ沙菜は危なっかしいのに、沙菜は酒が入ると何をしでかすかわからないのだ。最近は何かと物騒な世の中だから心配にもなる。


 『ああ、やっぱり。この前付き合いで行った合コンで、女の子が俺のポケットに電話番号書いた紙を入れてたみたいでさ。沙菜に見つかっちゃって』

 「それはそれは…。災難ですね」

 『それで言い争いになって…俺は電話してないって言い張ったんだけどね。タイミング悪くその女の子から電話が掛かってきちゃって。…どこから俺の電話番号調べたんだろう』


 気色悪い。


 口汚く毒づく彼に苦笑が漏れる。

 行人さんは沙菜の恋人だ。顔立ちは正統派イケメン風なさわやかな人。性格も誠実で、感じのいい真面目な人だ。


 何より沙菜のことを理解してくれていて、深く愛してくれていることが雰囲気から伝わってくる。

 ただ、少し押しに弱いのが困ったところだ。会社の付き合いだ、と言われては時折キャバクラや合コンに駆り出される。


 もちろんただの人数合わせであることには間違いないのだけれど、肉食なオンナノコ達はそうそう行人さんを放っておかない。電話番号を調べて掛けてきたり、家を調べて押しかけて来たり。沙菜に電話を掛けて別れるように迫った、なんて人も中にはいたらしい。

 どうも強引に押せば落とせる人だと思われているようだ。


 もちろん、そんなことは無い。


 『俺には沙菜が一番だ』


 その言葉通り、行人さんは沙菜以外眼中にない。

 だけど、沙菜が女の子達を気にしない訳もなく。こうして時々『行人が浮気した』って大騒ぎしては、俺の部屋に押しかけて酒盛りを始める羽目になるのだ。


『本当申し訳ない。こうも度々沙菜が入り浸ってたんじゃ彼女も連れ込めないよな』

「いいですよ。今は彼女いないですし、今のところいい出会いも無いですから」

『そうか、じゃあいつも通り沙菜を頼む』

「了解です。明日の13時にお迎え、ですよね。ついでに遅めのお昼でもおごってください」

『はいはい、じゃあ本当によろしく』


 通話の切れたスマホをポケットにねじ込んで、冷蔵庫にもう一度頭を突っ込む。昨日スーパーに行ったばかりだったから、食材は豊富だ。


「さな、白菜と豚バラの蒸し鍋とかどう?」

「いいねぇ、お肉大好きぃ!」

「おっけーおっけー。すぐ作ってやるから、酒のピッチあげんじゃねーぞ」

「了解しましたっ!」


 敬礼のように手を斜めにかざして調子よく答えた沙菜は、言葉とは裏腹に早くも2本目のビールに手を伸ばしている。


 しかも買ってきた缶ビールはどれも500ミリリットルのビッグ缶ばかりだから、余計心配だ。沙菜は酒に弱い方ではないけれど、それにしたって限度がある。

 一言、二言、文句を言ってやろうかと口を開きかけたがやめておいた。

 仕方ない。酒が入ると沙菜は誰にも止められないのだ。人様の家に迷惑をかけず、まっすぐ俺の部屋に来ただけでも良しとしよう。


「さて、長い夜になりそうだ」


 火にかけた鍋の影で、こっそりとため息をついた。


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