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1 伸びをしたらばファンタジー

ファンタジートリップ三作目です。


他のよりちょっと短め。


「……は?」


 一瞬で脳の限界を超えた事態に思考が止まる。



「……え、あ、は?」


 数回瞬きをし、ゆっくりと周囲を見渡す。頭に何も入って来ないけど、それでも体は情報を集めようとする。


「……いや。ここ、どこだよ」


 晴れ渡る青い空。少し日差しが強い気がする。

 行き交う人々の彫りは深く、その髪は金色だ。

 建物の壁は素焼きの煉瓦。とっても洋風。

 馬にロバに……ダチョウ? 車は無い。


 ……たまに頭から犬やら猫やらの耳が生えていたり、横方向に尖っていたり、そもそも頭が全部魚だったり。

 うん、こりゃアレだね。でもその前に一言。


「なんじゃこりゃぁあ!?」


 自分の部屋で伸びをしたらこんな天下の往来に立っていたんだから、これぐらい言っても良いよね?



「……夢、じゃないのか?」


 ひとしきり混乱して落ち着いた後、とりあえず手近な建物の壁に背中を預けて道端に座り込んだ。ただし相変わらず状況はサッパリ解らない。


「何と言うか……ファンタジー?」


 一度落ち着いて辺りを見回すと中世風ファンタジーと言えば良いのか、如何にも剣と魔法の世界といった光景だ。

 ヨーロッパ辺りに有りそうな煉瓦と漆喰の家と、大小様々な石を敷き詰めて作られた石畳の道。あ、煙突もある。まあここまでは良い。


 問題は、そこに行き交うヒトとモノだ。


 金や銀、果ては青やピンクなんて色の髪は当然のようにあり、そこにアクセントとして獣耳やら角やらが生えている事もある。

 大半は貫頭衣やブラウス等の普段着だけど、革鎧を身に着けて剣を佩いた戦士や、裾を引きずりそうなローブを着て節くれだった杖を持った魔法使いの姿もあるな。


 荷物に視線を動かせば内側に巻いた角を持つ牛が曳く荷車が通り、狩人から猫の顔した大型犬を買い取って乗せている所だった。

 他にも、まるで生きているように動く根菜やら羊が顔を出している木の実やらも確認できる。控えめに言ってもかなりファンタジーな光景だ。


「基本的にはヨーロッパな感じなのかな……あ、あの人ちょっとアラブっぽい顔してる」


 如何にも砂漠出身ですと主張しているターバンに見事な口髭のオッサンを見れば、ファンキーな黒人の兄ちゃんの露天を覗いているようだった。

 まあ、そんな日本では滅多に見られない光景もその向こうに居る二足歩行のドラゴンが大道芸やってる姿に比べれば遥かに現実的なんだけどね。


「……なんて、現実逃避してる場合じゃないよな」


 ため息と共にガックリと頭を落とす。正直言って、大道芸ドラゴンと同じぐらい周囲の視線を集めている自信がある。

 何故なら俺の恰好はジャージだから。明らかに周囲から浮いているから。醤油顔の黒髪黒目なのもそれに拍車をかけている。


「靴と言葉が何とかなっただけでもラッキーだったのかなぁ……」


 部屋の中からいきなりこんな状況になったから最初は靴下だけだったが、鞄に入れていた上履きがあって助かった。あとタオルと財布しか入ってないけど。

 言葉はどうやら問題なく解るようだった。周囲の会話も普通に日本語で聞こえてくる。元々公用語が日本語なのか御都合主義なのかは解らないけど、言葉が通じないより遥かにマシだ。

 ……マシ、な、筈なんだけど。


「……あー、駄目だ。心折れそう」


 もう何なんだよこの状況は……だって俺、部屋で伸びしただけだぜ? なのにいきなり見知らぬ場所に立ってるとかさぁ……おかしいって絶対。

 っつーか夢ならさっさと醒めろ。さっきから抓り過ぎて手の甲真っ白になってるっちゅーねん。やばい。ホントきっつい。


 ……なんてやってても、どうしようもないよな。


「よし、まずは立って歩く! うん!」


 よいしょと立ち上がった時には、大道芸ドラゴンが撤収してるぐらい時間が経ってたのはご愛嬌。



「とりあえずは衣食住、だよな。特に食」


 異世界だろうが何だろうが食うもの食わなきゃ人は死ぬ。衣と住は……まあ、何とかするしかないか。それらを解決する方法と言えばやはりコレだ。


「ああ、それにしても金が欲しい……!」


 ……もとい、世の中ゼニやでと言う訳じゃないが実際問題異世界のお金なぞ持っていない。流石に泥棒して食べるのは気が引けるし、何とかして金を稼がないといけないだろう。


「ホホウ、お困りですかなお兄さん?」

「ええまあ少し即金が入用、で……?」


 一人でテンション維持のためにボケていた所に声をかけられ、思わずそれに返事をしてしまう。それに気付いてその声の主の方を見ると、そこには女の子が一人。


「それは大変ですねぇ。あ、働き口の紹介ぐらいならしますよ?」


 女の子はそう言ってニッコリと笑う。可愛い。あ、いやそうじゃない。何だこの子。可愛けりゃ全てが許されるとでも思ってんのか。俺は許す。

 無造作に伸びた髪を巨大な三つ編みにし、丸いレンズの眼鏡と頬に残ったそばかすが印象的な子だ。顔の造形も整っており、くりくりとした目が愛らしい。

 が、それは今は割とどうでも良い。


「いや、あの……どちら様で?」

「ああ、これは失敬。私はメリー。お節介焼きのメリーと人は呼びます。お困りのご様子でしたので声をかけさせて頂きました」


 半分は仕事ですけどねぇ、と目の前の少女ことメリーさんは言う。つまりもう半分は趣味か何かですか。怪しいってレベルじゃねーぞ。

 だが、何の伝手も無いこの世界でお節介を焼いてくれるのは非常にありがたい。山火事レベルで盛大に焼いてくれと言いたい。なんせ俺今無一文ですから。


「まあ、ちょっと金が無くて困ってたんですけど……」

「そりゃ切実な問題ですねぇ……因みに如何程必要で?」

「今日の昼飯が食えるぐらいは最低でも」

「そこですか!? ……まぁ、流石に昼は時間が足りませんけど、頑張れば晩御飯が食べられる仕事はありますよ? やってみますか?」


 チョー怪しい。全身黒タイツで犯行に及ぶ人ぐらい怪しい。怪しいが背に腹は代えられない。


「……是非、お願いします」

「解りました。ではついてきてください」


 言うが早いが、メリーさんはテクテクと歩き出す。俺も揺れる三つ編みを見ながらその後ろを歩き出した。

 で、名前とダメ元でここにいる理由を話した所、


「あぁ、世界の境界跨いじゃったんですねぇ。珍しいですけど、良くあると言えば良くある話です。神隠しの一種ですねぇ」


 何か予想外の反応が返って来たでゴザル。


「よ、良くある話……なんですか?」

「えぇ、文献とかには良く載ってますよ。それに見慣れない格好ですし、要の世界の方ですかねぇ?」

「え、えっと……よく解んないけど、こことは全然違う所ですかね」

「……要の世界は、世界の交錯点。全てに繋がる世界であり、最も特異な世界である。でしたかねぇ?」


 いや、ねぇ? って言われても知らんて。


「まぁ、知らない人は知らないような情報なんで笑い飛ばされるかもしれませんけどねぇ。あ、着きましたよ」

「ここが……」

「えぇ、冒険者ギルドはディストレインド店です。ようこそ、ヒロシ・イヌカイさん」


 しっかし、異世界来て冒険者とか……まるで小説だな。



 両開きのドアを押して開けると、そこにはいきなり階段があった。五段ほどバリアフルな階段を上り、靴を履いたままフローリングに立つ。

 まず目に入ったのは昔の銀行と言えば良いのか、正面のカウンターの上に柵がある。奥には事務用のスペースがあり、手続きの時は柵に付いた小窓を開けるようだ。


 階段からカウンターまでは三メートルほどの距離があり、入って右手には応接スペースらしき四人がけのテーブルセットが二組置いてある。

 左手にはこれまたカウンターがあるが、中の様子を見る限りは道具屋か何かのようだ。ナイフやロープが売っているのが解る。


「何か、思ったより静かなんですね。もっとうるさいのかと思ってました」

「盗賊紛いの荒くれ達が酒飲んで暴れてガハハハハーって言ってると思いましたか? ここは独立してやっている所ですからそんな事は有りません。

 ……まぁ、酒場が小遣い稼ぎに窓口登録してる所は大体そんな感じですけどねぇ。それにもうすぐお昼ですし、朝夕はもっと混んでますよ」


 確かにメリーさんの言う通り、廃退的と言うか粗暴な雰囲気は感じられない。どちらかと言うと銀行や郵便局のようだ。

 俺がぐるりと周りを見渡している間にメリーさんはカウンター横の扉から反対側に回り、カウンターに付いている小窓を一つ開けてくれた。


「ヒロシさん、こちらへどうぞ。冒険者として登録します」

「ああ、どうも」


 メリーさんは道具屋の向かいにある扉からカウンターの奥に回り、空いていた席に座る。混む時間じゃないせいか、幾つかある窓口も空席が多かった。


「登録名はヒロシ・イヌカイさんで宜しいですかねぇ?」

「あ、はい。ってか他の名前でも良いんですか?」

「ええ、特に規定はありませんよ。諸々の事情から偽名を使う方も多いですしねぇ」

「そうなんだ……まあ、俺は大丈夫です」


 特に憚る事も無いし、俺の名前自体が何かヤバい意味とかならメリーさんが教えてくれているだろう。あ、やっぱり変わった名前だとか言われるのかな。


「男性、年齢は……15歳ぐらいですか?」

「はい。凄いですね、見ただけで解るんですか?」

「伊達にギルド職員やってませんからねぇ。すっかり慣れましたよ」


 見た所メリーさんもまだ十代だと思うんだけど凄いな……いや、欧米系の顔は年上に見えるって言うし、もしかしたら同い年か年下かもしれない。


「何か得意な得物や流派はございますか?」

「え、得物?」

「はい。剣や槍、斧とかが多いですねぇ。後は魔法でしたら属性、射程等も大まかに教えて頂く決まりになってます。

 ……まあ、決まりなので聞いているだけですよ。体格や手を見ても武術をやってる様子はありませんしねぇ。要の世界では魔法も公表されていないらしいですし」


 いきなり訳の解らない事を言われて混乱したが、よく考えてみるとここはファンタジーの世界で冒険は危険と隣り合わせだ。そういう情報も必要なんだろう。

 それにしても魔法か……やっぱりあるんだ。流石ファンタジーって、え? 向こうの世界にもあんの?


「では他に特技等ございますか? 目や耳が良いとかで構いません。ああ、あと知識も重要ですねぇ」

「あー……いや、特に無いです。正直何が必要なのかもよく解らないんで」

「でしょうねぇ。まあ、この情報は追々追加も出来ますんでお気軽にこちらまでお越し下さい。

 尚、これらの情報は当方で依頼斡旋やパーティー勧誘等の判断材料として扱わせて頂きます。どなたかの情報を知りたい時は我々にご相談下さいねぇ」

「え……そういうのって教えちゃっていいんですか?」


 プライバシーとか無いのかよ。って言うかそういう大事な事は先に言いませんか、普通。


「ああ、情報は立派な売り物ですからねぇ。重要と判断されればかなり高額になりますよ。

 ……それに、幾ら鷹でも爪を隠す能も無いなら大成しませんしねぇ。冒険者に限らず、ですけどねぇ」

「な、成程……」


 馬鹿正直に全部答えては駄目。かと言ってハッタリを効かせ過ぎても身を滅ぼすだろう。そういう部分の匙加減も生きる上では必要な能力だ。

 まあ、俺の場合何ができるのか自分でもよく解らなかったりするけど。


「とりあえず備考欄は空白ですねぇ。色々と追加できるように頑張って下さい」

「あ、はい。それで仕事は……」

「そうですねぇ、討伐は任せられませんし……配達も駄目ですね。となるとやはり採取系の依頼になりますかねぇ」

「え、配達も駄目なんですか?」


 こういうのってお使いクエストで物を運んでけとか最初に有るんじゃないの!? 戦闘になりそうなのはこっちも願い下げだけど。


「流石にヒロシさんがギルドとして信用できるか不明ですからねぇ。万が一持ち逃げされるとこちらの信用問題になります。こういう依頼は結構信頼されてる証なんですよ?」

「あー、そうだったんだ……確かに言われてみればそうですね」

「ああ、そうそう。依頼は基本的に討伐、配達、採取、特殊の四種類に分類されます。詳しい説明は必要ですかねぇ?」

「いえ、大体解るので大丈夫です。でも特殊って……?」


 他の三つは名前を聞けば大体解る。まるでゲームみたいな分類だけど、こっちとしては使いやすくて良いな。


「これは他三つに当てはまらない依頼全てが含まれます。事務や清掃の手伝い、地質や生態等の各種調査なんかもこれになりますねぇ。

 変わった所では絵のモデルに呑み比べ、屋台をどう繁盛させるかの相談なんてのも有りますよ。冒険者と言っても結局は何でも屋ですからねぇ」

「成程、そういうのもあるんですね。でも今の俺だとそういうのは受けられない……んですよね?」

「はい。特殊な依頼は基本的にこちらで備考欄を確認して仕事を斡旋する形になりますからねぇ。

 まぁ、今はコツコツ仕事をこなして下さい……っと、あったあった。コレなんかどうですかねぇ」


 仕事の説明を一通り受けると、メリーさんはカウンターの下から一冊の本と一本の草を取り出した。開かれたページに目を通すと、エイザブと書いてある。

 ……あ、こっちの文字普通に読めてる!


「その様子だと文字も読めてるみたいですねぇ。これはエイザブと言ってコレ一本で様々な効能が得られる薬草です」

「花粉が切り傷や火傷、葉が止血、茎は煮出して腹痛に効いて、乾燥させた根は解熱剤……花弁はお茶に使える、と。

 何ですかコレ」

「捨てる所が無い奇跡のような草ですからねぇ。お陰で常に需要があって駆け出し冒険者の友とも言われてるんですよ。

 ただ一つ問題があって、栽培だけはどうしても不可能なんです。まあ、水辺を探せば結構生えてるんでワザワザ栽培する必要も無いんですけどねぇ」

「つまりこれを採って来いと」


 俺の問い掛けにメリーさんはコクリと頷く。確かに図鑑を見ると水辺ならどこでも生えていると書いてあった。スケッチも隣に置かれた草にソックリだ。


「農村では子供に採りに行かせるぐらいですし、ここの東門から出てすぐ南に群生地のある川が有りますから、そこで採れるだけ採って来て下さいねぇ。

 ただ、幾ら需要があると言っても安い物なのでそれなりに量は必要になりますから気を付けてくださいねぇ」

「解りました。この鞄に入るぐらいで大丈夫ですかね?」

「ええ、根っこから掘り返して採って来て下さい。あ、無理に鞄に入れ過ぎて圧縮すると質が下がるので気を付けてくださいねぇ」

「はい……行ってきます」

「頑張って下さいねぇ」


 メリーさんが図鑑を片付け、俺もギルドの外へと歩き出した。何が何だかまだあんまり解ってないが、こうなったらやってやるよコンチクショウ!



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